藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

鳥羽絵(清元)とばえ

清元  変化物としての題『御名残押絵交張』  桜田治助 述 作曲者・初演年不詳

鳥羽絵(清元) 月夜の枡と鼠
月夜の枡と鼠

手足の細長い人物がおどける戯画「鳥羽絵」を、そのまま踊りにした滑稽な曲。変化物『御名残押絵交張』の一段で、桜田治助 述。擂粉木を振り回して鼠を追う男が、くしゃみの拍子に「ひく物」尽くしを並べ、羽根の生えた擂粉木を見て目を丸くする。膝に飛びついた鼠は、娘の姿で「猫や鼬の目を忍んでお前を思い初めた」と恋を打ち明けて泣きつく。後半は夜更けの物売りや火の用心の声、四つ手駕籠の掛け声から、頭の黒い溝鼠(人の盗人)を枡で押さえる地口へ転じ、逃げる鼠を追って幕となる。当ライブラリの長唄『鳥羽絵』(瓢箪で鯰を押さえる趣向の曲)とは別の曲である。

あらすじ

「しめたぞ」と鼠を捕らえかけた男。三味線はかじらず、戸棚の飯をつつき、女房の鼻柱までかじる憎い鼠である。くしゃみをして風邪をひいたと言い、「ひく」ものを並べ立てる。擂粉木を取るあいだに鼠は逃げ、見れば擂粉木に羽根が生えて鳥のように飛んでいく。鳥羽絵とはこのことかと捕らえようとすれば、鳥はついと逃げ去る。振り向けば逃げた鼠が膝に飛びつき、「藁や紙屑の巣を出て、流しの下や膳棚でいたずらを覚えたころから、あなたを思い初めた。木枕をかじったのも、せめてもの気晴らし」と、山椒の粒のような目に涙を浮かべて恋をかこつ。夜更けには、恋しい人の声は聞こえず、蕎麦屋や按摩、おでん屋、火の用心の声ばかり。四つ手駕籠の掛け声に、中の旦那は空寝入りして落っこちる。最後は頭の黒い溝鼠を枡で押さえようとし、地口で逃げる鼠を追いかけてゆく。

詞章と現代語訳

しめたぞしめた、オツトどつこい逃にがしてなろか〔合〕おのれ噛かぢらば〔合〕三味線しやみせんは噛かぢらいで、戸棚とだな飯めしつき挙句あげくの果はてにや、可愛かはい女房にようばうの鼻柱はなばしら、それで憎にくさが枡落ますおとし

しめたぞ、しめた。おっと、どっこい、逃がしてなるものか。おのれ、かじるなら三味線はかじらずに、戸棚の飯をつつき、挙句の果てには可愛い女房の鼻柱まで——それで憎さが増す、枡落とし。

ハヽハツクサミとこ万歳まんざい、見みおれお蔭かげで風邪かぜひいた〔合〕ほかにひく物ものは何なんであろ、ちりんちりん〔合〕跛びつこに〔合〕船ふね〔合〕鉄棒かなぼう〔合〕酒さけがあとひく女郎ぢよらうがお茶ちやひく、夜鷹よたかが眉まゆひく、畑はたぢや大根だいこうつい姉あねへ袖褄そでつまひく手て〔合〕数多あまたであろぞいな

は、は、はっくしょん、とこ万歳。見ろ、おかげで風邪をひいた。ほかに「ひく」ものは何であろう。ちりんちりん、足を引く人に、船を引く、鉄棒を引く。酒はあとを引く、女郎はお茶をひく、夜鷹は眉を引く、畑では大根を引く。美しい姉さんへ袖や褄を引く手は、あまたであろうぞいな。

はづみに南無三なむさん畜生ちくしやうめ〔合〕摺小木すりこぎとる間まにちよいと逃にげた、めうめうめうめうめうめう、鼠ねずみに起おきて月見つきみかな、

はずみに、南無三、畜生め。擂粉木を取るあいだに、ちょいと逃げた。みょうみょうみょう、みょうみょうみょう。鼠に起きて、月見かな。

アヽラ怪あやし〔合〕あやしゝの十六文じふろくもんで九官鳥きうくわんてうは見みたれども、摺小木すりこぎに羽根はねが生はえて、鳥羽絵とばゑはほんに我われながら、見みるは始はじめておやおやおや〔合〕いでや捕とらえて友九ともくにと、足あしをのばしつ手てを上あげつ、とらんとすれば鳥とりはついと飛とんで逃にげた、

ああら怪し。見世物の十六文で九官鳥は見たけれど、擂粉木に羽根が生えて——鳥羽絵とは、ほんに我ながら見るのは初めて、おやおやおや。いでや捕らえて九官鳥の友にと、足を伸ばし手を上げて捕らえようとすれば、鳥はついと飛んで逃げた。

あつたらものをと見送みおくる後あとに逃にげたる鼠ねずみ〔合〕ふりむく途端とたん見付みつけてうぬと駆寄かけよるを、その儘まゝ膝ひざに飛とび付ついて、何故なぜそのやうに腹はらたてゝ〔合〕私わたしを〔合〕なんとさしつけに〔合〕言いふも恥はづかしそもや又また〔合〕藁わら紙屑かみくづの巣すをはなれ〔合〕流ながしの下したや〔合〕膳棚ぜんだなで、

惜しいものをと見送る後ろに、逃げた鼠。振り向いたとたんに見つけて、うぬと駆け寄れば、そのまま膝に飛びついて——「なぜそのように腹を立てて、私をなんと……言うも恥ずかしい。そもそもまた、藁や紙屑の巣を離れ、流しの下や膳棚で、

徒戯いたづら習ならふた時分じぶんから、ふつと心こゝろで思おもひそめ、猫ねこや鼬いたちの目めをしのび、どうぞ抱だかれて鼠ねずみとは、及およばぬ恋こひの身みの願ねがひ、知しらぬお前まへの木枕きまくらを、せめて噛かぢつて念晴ねんばらし、それにきこえぬ胴欲どうよくと、山椒さんしよのやうな目めに涙なみだ、泣ないてくひつきかこつにぞ

いたずらを覚えた時分から、ふと心で思い初め、猫や鼬の目を忍んで、どうぞ抱かれて寝よう(鼠)とは、及ばぬ恋の身の願い。知らぬお前の木枕を、せめてかじって気晴らしをしたのに、それをひどい仕打ちと」——山椒の粒のような目に涙を浮かべ、泣いて食いついてかこつので——

エヽ畜生ちくしやう奴め〔合〕

ええ、畜生め。

可愛かはいお方かたのお声こゑはせいで、あがるお客きやくの面憎つらにくや、悪洒落わるじやれかねびらいき過すぎた、蕎麦屋そばや按摩あんまの声こゑばかり、その外ほかおでんに正月屋しやうぐわつや、わり竹だけ鉄棒かなぼう火ひの用心ようじん、夜よあけ烏がらすの四よツ手で駕籠かご

かわいいお方のお声はせずに、上がるお客の面憎さ。悪洒落か、金びらを切り過ぎたか——聞こえるのは蕎麦屋と按摩の声ばかり。そのほか、おでんに正月屋、割り竹・鉄棒の火の用心、夜明け烏の四つ手駕籠。

アヽカゴ

ああ、駕籠。

アヽカゴ

ああ、駕籠。

アヽアかけ声ごゑに旦那だんなはなかで空寝入そらねいり、おつこちた〔合〕それには困こまり入いりやした〔合〕そこらでとつこい引ひいて来くる、頭あたまの黒くろい溝鼠どぶねずみ〔合〕枡ますで押おさへりやチウチウチウ、チユチユらのちゆいとはね返かへし、鳥羽絵とばゑのごむりは御ごもつとも、地口ぢぐちで逃にげるを追おふ鼠ねずみ、あとを慕したふて

ああ、あ、という掛け声に、旦那は駕籠の中で空寝入り——落っこちた。それには困り入りました。そこらでとっこい引いて来る、頭の黒い溝鼠(人の盗人)。枡で押さえれば、ちゅうちゅうちゅう、ちゅちゅらのちゅいと跳ね返し、鳥羽絵のご無理はごもっとも。地口で逃げるのを追う鼠、あとを慕うて——

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。原典の三つめの長い行は、読みやすさを考えて四つの段に分けた。字句は改めていない。

変化物としての題は『御名残押絵交張』(おんなごりおしえのまぜはり)。原典に「桜田治助述」とある。当ライブラリには長唄の『鳥羽絵』もあるが、詞章の異なる別の曲なので、曲名に(清元)を添えて区別した。

「ひく物」尽くしのなかの「跛」は原典のまま残した。訳では「足を引く人」とした。

洒落の多い曲である。「枡落」は鼠捕りの仕掛けと「(憎さが)増す」を掛ける。「どうぞ抱れて鼠とは」は鼠に「寝ず(寝よう)」を掛けたものと見た。「頭の黒い溝鼠」は人の盗人をいう言い回し。「めうめう」は猫の鳴き声と見て訳した。「正月屋」は汁粉売りの呼び名と見た。

語義を定めがたい語は原典のまま残した。「とこ万歳」、「うつい姉へ」(美しい姉さんへ、と見て訳した)、「友九」(九官鳥の友、と見て訳した)、「なんとさしつけに」、「かねびらいき過た」、「チユチユらのちゆい」。

原典の本文は「あとを慕ふて」で終わっている。原典の用字「始めて」「捕えて」「ごむり」はそのまま残した。