藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

風流廓万歳ふうりうくるわまんざい

荻江節  作詞者・作曲者・初演年不詳

風流廓万歳 万歳の小鼓と扇
万歳の小鼓と扇

太夫と才蔵の万歳の掛合いを、そのまま吉原に移した曲。万歳の祝言「徳若に御万歳」を「御全盛」と言い換えて起こし、仲之町を歩く花魁の姿を寿ぐ。中ほどは女郎の名寄せ歌、太夫という名の起こり(秦の始皇の雨宿り)、太夫の涙は大涙で「大雨」と書いて太夫と読ますという地口と、洒落を継いでゆく。隅田川から浅草・今戸の道行、廓の由来、禿の由来を説き、身請けの相談は神仏頼みと笑わせて、最後は鎌倉の地名を寄せた寿で「ほう、うやまって申す」と万歳らしく納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。

あらすじ

徳若に御全盛と、女郎も栄え候ひける。愛敬ありて、立ち帰る朝には客を送り、大門口。朝日輝く玉の簪、つむりに挿いて、しゃなら、しゃならと仲之町を歩きしは、まことにめでたう候ひける。「この頃、五丁町を七種の囃子に合わせて女郎の名寄せ歌を唄うて通るが、知らずかや」「そりゃまた、何を」「喜瀬川、亀菊、舞鶴、若竹、若紫、名も高を」。「太夫というわけは、秦の始皇の雨宿り」「その時つけた名というは、大きなる嘘八百」。「傾城は馴染まぬ客も思うふり。新造などは中涙、ただ、めそめそと泣くばかり」「太夫の涙は大涙。大きな雨の降るごとし。『大雨』と書き並べて『太夫』と読ますかな遣い」。二挺の小舟、花川戸、浅草の観世音、三社権現うち過ぎて、今戸の橋をくぐるは夢。土手の提灯、闇の夜は吉原ばかり月夜かな。さても、廓ということはいかに。親の意見もわざくれと、ままよ通い編笠。夜も日も分かず、さまに迷うて、それで廓というはいな。さても、禿というはいかに。野暮な客衆をしこなし振りの、しなの悪しきを、わしが禿というはいな。「太夫が身請けの相談はどうじゃいの」「かようなことの相談には神仏を頼むがよい」。芝愛宕、上野元三大師、並びに笠森稲荷。百日参り、家内安全、裸参りの濡れ坊主。「おお、才若、でかした。万歳」。「万歳、万歳。これ、太夫殿、万歳を囃しかけてどこへ行くのだ」「はて、奥へ行て打つはいな」「打つとは、鼓か」。七里ヶ浜のどうどうと音高きやつ。鶴が岡の、松葉が谷に、笹目が谷、亀が谷なる寿は、百万年の御祝いと、ほう、うやまって申す。

詞章と現代語訳

〔あやめ〕

とくわかにぜんせいと女郎ぢよらうもさかへさふらひける

徳若に御全盛と、女郎も栄え候ひける。

〔伝九郎〕

あいきやうありてぼつとりものとしたちかへるあしたにはきやくをおくりおほもんぐち

愛敬ありて、ぼっとりものと。立ち帰る朝には客を送り、大門口。

〔あやめ〕

あさひかゞやくたまのかんざしつむりにさいて

朝日輝く玉の簪、つむりに挿いて。

〔伝〕

しやならしやならとなかちやうをあるきしはまことにめでたふさふらひける

しゃなら、しゃならと仲之町を歩きしは、まことにめでたう候ひける。

〔京五郎〕

こりやほうゐんをちややもちやにしたな

「こりゃ、法印を茶や茶やにしたな」。

〔伝〕

小林こばやしはさぶらひそれだによつてじやまになるぼうずめをばまことにめでたふさふらひけるけるけるはやい

「小林は侍。それだによって邪魔になる坊主めをば」——まことにめでたう候ひける、ける、ける、はやい。

〔あ〕

これさいわか此ごろてうちやう七種ななくさのひやうしにあはせて女郎ぢよらうよせうたをうたふてとをるがしらずかや

「これ、才若。この頃、五丁町を、七種の囃子に合わせて女郎の名寄せ歌を唄うて通るが、知らずかや」。

〔伝〕

そりやまた何を

「そりゃまた、何を」。

〔あ〕

そもそも女郎のなよせ歌きせがはかめぎく

「そもそも女郎の名寄せ歌。喜瀬川、亀菊——」

〔伝〕

まひづる若竹わかたけわかむらさきたか

「舞鶴、若竹、若紫、名も高を——」

〔あ〕

さてまた太夫たいふといふわけはしんのしくわうのあまやどり

「さてまた、太夫というわけは、秦の始皇の雨宿り」。

〔伝〕

そのときつけたといふはこれおほきなるうそ八百はつぴやく

「その時つけた名というは、これ、大きなる嘘八百」。

〔あ〕

第一だいいちにけいせいはなじまぬきやくもおもふふり

「第一に、傾城は馴染まぬ客も思うふり」。

〔伝〕

おほかたなみだでやるうちにしんぞうなどはちゆうなみだたゞめそめそめそめそめそとなくばかり

「大方、涙でやるうちに。新造などは中涙、ただ、めそめそ、めそめそ、めそと泣くばかり」。

〔あ〕

太夫たいふのなみだはおほなみだおほきなあめのふるごとしさらによつて大雨おほあめとかきならべて太夫たいふとよますかなづかひ

「太夫の涙は大涙。大きな雨の降るごとし。さらによって『大雨』と書き並べて『太夫』と読ますかな遣い」。

〔伝〕

そのうそなみだをほんにしててうのをぶねなにしおふおせやれおのこしひじやしちやつぼはんぶんじやはららつほういたなみとや花川はなかはどこゝ浅草あさくさのくはんぜをん三社さんじやごんげんうちすぎて今戸いまどはしをくゞるはゆめ

「その嘘涙を本にして、二挺の小舟。名にし負う、押せやれ、男。椎の木じゃ。『しちゃつぼ半分じゃ』。『はららつほう』、板波とや。花川戸、ここ浅草の観世音、三社権現うち過ぎて、今戸の橋をくぐるは夢」。

〔あ〕

どてのてうちんやみのよはよしはらばかり月夜つきよかなまいらせそろのちはぶみをまがきにのぞいてこれたゆふかほがたさにまたきたはいのふみさんそのやうにござんしてもおやごさんのしゆびはよいかへばんとうさんのしゆびはよいかへよふてもわるふてもくるはづじやはいやい

「土手の提灯。『闇の夜は吉原ばかり月夜かな』。参らせ候の『ちはぶみ』を、籬に覗いて。『これ、太夫、顔が見たさにまた来たはいの』。『文さん、そのようにござんしても、親御さんの首尾はよいかえ、番頭さんの首尾はよいかえ』。よふても悪ふても来るはずじゃはいやい」。

〔京〕

なぜにへ

「なぜにえ」。

〔歌〕

さてもくるはといふことはいかにおやのいけんもわざくれとまゝよかよひあみがさよるもわかずさまに迷ふてそれでくるはといふはいな

さても、廓ということはいかに。親の意見もわざくれと、ままよ通い編笠。夜も日も分かず、さまに迷うて、それで廓というはいな。

〔伝〕

ゑゝだんなだいじんさまらいりんお出のほどをまちかねやまのちいちいだもさ

「ええ、旦那、大尽様の御来臨。お出のほどを待ちかね山の、『ちいちいだもさ』」。

〔あ〕

こりやていしゆそうたい太夫たいふがかぶろがきてんがきかぬぞやじたいかぶろといふもののおこりをしらぬによつてきてんがきかぬぞやそのわけをなぜといや

「こりゃ亭主。総体、太夫が禿が気転が利かぬぞや。自体、禿というもののおこりを知らぬによって気転が利かぬぞや。そのわけをなぜと言や」。

〔京〕

どふじやいな

「どうじゃいな」。

〔歌〕

さてもかぶろといふはいかに女郎ぢよらうさんたちのまぶぐるひはまゝよやぼなきやくしゆをしこなしぶりのしなのあしきをわしがかぶろといふはいな

さても、禿というはいかに。女郎さんたちの間夫狂いはままよ。野暮な客衆をしこなし振りの、しなの悪しきを、わしが禿というはいな。

〔伝〕

かぶろのいわれをもしろいと中々かんぜねものこそなかりけれ

「禿のいわれをもしろい」と、なかなか感ぜぬものこそなかりけれ。

〔あ〕

ていしゆ此間このあひだたのんでおいた太夫たいふ身請みうけのさうだんはどうじやいのてんとぶせいじやぞや

「亭主、この間頼んでおいた太夫が身請けの相談はどうじゃいの。てんと無勢じゃぞや」。

〔伝〕

ちかごろこれはめいわくか様な事のさうだんにはかみほとけをたのむがよいとりんおつ取てだいぐはんしたてまつるしばあたご上野うへのぐわんざんだいじならびにかさもりいなり百日ひやくにちまゐりかないあんぜんはだかまいりのぬれぼうずあゝつめたかろ

「近頃これは御迷惑。かようなことの相談には、神仏を頼むがよい」と、輪を押っ取って大願したてまつる。芝愛宕、上野元三大師、並びに笠森稲荷。百日参り、家内安全、裸参りの濡れ坊主。ああ、冷たかろ。

〔あ/伝〕

おゝさいわかでかしたでかしたまんざい

「おお、才若、でかした、でかした。万歳」。

〔伝〕

まんざいまんざいまんざいこれ太夫たいふどのまんざいをはやしかけてどこへゆくのだ

「万歳、万歳、万歳。これ、太夫殿、万歳を囃しかけてどこへ行くのだ」。

〔あ〕

はておくへいてうつはいな

「はて、奥へ行て打つはいな」。

〔伝〕

うつとはつゞみか

「打つとは、鼓か」。

〔あ/伝〕

波のゞみかしちりがはまのどうどうどうとおとたかきやつしちごうのほうらいざんつるがをかのはをのしてまつばがやつにさゝめがやつかめがやつなる寿ことぶきひやくまんねんのいはひとほゝうやまつてまう

「波の——のみか。七里ヶ浜のどうどうどうと音高きやつ。七郷の蓬莱山。鶴が岡の、羽を伸して、松葉が谷に、笹目が谷、亀が谷なる寿は、百万年の御祝いと、ほう、うやまって申す」。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

万歳は太夫と才蔵の二人組で家々を回り、祝言を述べて舞う門付け芸。この曲はその掛合いを吉原に移してある。段の頭の〔あやめ〕〔伝九郎〕〔京五郎〕は原典のままで、演者の受け持ちを示すものと見られる。

冒頭の「とくわかに御ぜんせい」は、万歳の祝言「徳若に御万歳(とくわかにごまんざい)」を「御全盛」(廓の全盛)に言い換えた洒落。

「大もん口」は吉原の大門口、「中の町」は仲之町、「五てう町」は吉原の五丁町。

「しんのしくわうのあまやどり」は秦の始皇帝が雨宿りをした松に大夫の位を授けたという故事(五大夫の松)。遊女の位「太夫」の名の起こりに言い立てる。

「やみのよはよしはら計月夜かな」は「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」の句による。

「新ぞう」は新造、太夫に次ぐ位の遊女。「かぶろ」は禿、遊女に仕える少女。「まぶ」は情夫。

結びは鎌倉の地名を寄せる。七里ヶ浜・鶴が岡・松葉が谷・笹目が谷・亀が谷。「鶴」「亀」を出して寿としてある。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ほうゐんをちややもちやにしたな」、「小林はさぶらひ」、「名も高を」、「しちやつぼはんぶんじや」「はららつほう」「いたなみ」、「まいらせそろのちはぶみ」、「まちかね山のちいちいだもさ」、「かぶろのいわれをもしろい」、「七ごうのほうらい山」、「はをのして」。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。