雷かみなり
常磐津 西沢一鳳 述 変化物『四季写土佐絵拙』の一段 作曲者・初演年不詳

夕立を連れて田を見まわる雷神が、雲の上から下界の舟遊びを見おろす。屋根舟の三味線がうらやましく、自分も太鼓で一踊りするうち、うっかり太鼓を落としてしまう。短い滑稽な一段。
あらすじ
夕立とともに田を見まわる雷神も、富士と筑波を右左に、晴れわたった雲の上。気楽に洒落て鼻唄まじりである。下界の遊びがうらやましく、ちょっと遠見をしようと火打ちを擦れば、雲と見まがう煙草の煙。はるかに下界を見わたせば、木の間木の間に茶船が見え、艪を押す声のえいさっさ。さっと通る屋根舟で弾く三味線、その中で唄う小唄の主の顔が見たい。差しつ押さえつ天目の酒、無理酒を重ねて——ええ、畜生めが洒落のめす。こちらも負けじと持ち前の太鼓拍子で一踊り。鐘と念仏で暮らすくらいなら、雲にまかせて渡ろうものを。うかつなことに太鼓を落としてしまった。こんな錨で引き上げようか。三千余町の成田屋の、その稲妻のような芸の光。音も高島屋と鳴りひびいて、雲間雲間を駆けてゆく。
詞章と現代語訳
夕立や田を見廻りの神鳴も、富士と筑波を右左、晴渡りたる雲の上、平気で洒落て鼻唄で
夕立を連れて田を見まわる雷も、富士と筑波を右左に見て、晴れわたった雲の上。気楽に洒落を言い、鼻唄まじりである。
下の遊びの羨まし、チト遠見と摺火打、雲と見紛ふ煙かな
下界の遊びがうらやましい。ちょっと遠見をしようと火打ち石を擦って一服つければ、雲と見まがうばかりの煙草の煙よ。
下界遥に見渡せば
下界をはるかに見わたせば。
木の間この間に茶船が見ゆる、艪を押す声のええさつさ
木の間木の間に茶船が見える。艪を押す声の、えいさっさ。
さつと屋根舟で弾く三味線の、中の小唄の顔見たや
さっと通る屋根舟で弾く三味線——その中で唄う小唄の、主の顔が見たいものだ。
さへつ押へつ天目酒に、さんなんよつの無理酒は、エエ畜生奴が洒落のめす、此方も負じと持前の、太鼓拍子で一踊り
差しつ押さえつ、天目茶碗の酒。さんなんよつの無理酒を重ねて——ええ、畜生めが洒落のめす。こちらも負けじと持ち前の太鼓拍子で、ひと踊り。
鐘と念仏でわしや暮すなら、雲とまかせてわたりやせん、鈍な事して太鼓を落した、こんな錨で引上げよか
鐘と念仏で暮らすくらいなら、雲にまかせて渡りもしようものを。うかつなことに太鼓を落としてしまった。こんな錨で引き上げようか。
三千余町成田屋の、其稲妻の師の光り、音も高島屋と鳴響き、雲間くもまと駆り行く駆り行く
三千余町の成田山——その成田屋の、稲妻のような芸の光。音も高く高島屋と鳴りひびいて、雲間を雲間をと駆けてゆく、駆けてゆく。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
詞は西沢一鳳。変化物『四季写土佐絵拙』の一段で、原典では同じ変化物のもう一段とあわせ『四季写土佐図拙』として載る。作曲者・初演年は原典に記載がない。
「摺火打」は火打ち石を擦って煙草に火をつけること。
「茶船」は小さな荷足舟、「屋根舟」は屋根をかけた遊山舟。いずれも隅田川の舟遊びの景。
「天目酒」は天目茶碗で酌み交わす酒。
「鐘と念仏でわしや暮すなら」は当時の端唄の文句を取り込んだもの。
雷神が太鼓を落とすのは俗謡や絵によくある趣向。落ちた太鼓を錨で引き上げようか、というのが眼目の洒落。
結びの「成田屋」は市川團十郎、「高島屋」は市川小團次の屋号。役者の名を詠みこんで褒める、変化物の結びの型にならっている。「音も高い」に「高島屋」を掛ける。
「さんなんよつの無理酒」の「さんなんよつ」は語義が定めがたく、推測で補わず原典のまま残した。数を取って飲む酒の言い方かと思われる。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。