雪咲心の花ゆきにさくこころのはな
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

降り積もる雪の眺めが、やがて解けて流れる——その移ろいに人心の定めなさを重ねて起こす。暁を告げる鶏がまだきに鳴き、憂き世の義理を峰の松に、緑の縁をひとすじにと願う。中ほどは是非もない涙のうちに暮れの鐘を聞き、胸の関の戸さえ開くならこの戒めも何のそのと言い、言っても甲斐なく立つのは名ばかりと嘆く。結びは筆に託した別れの文で、絶えぬ思いを君は待っていようかと納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
降り積もる雪の眺めの、その末は、解けて、流れて。くだかけの、まだきに鳴きて人心。憂き世の義理を峰の松、緑の縁ひとすじに。願う誓いは我が清き流れの末を、今ここに。是非も涙に暮れの鐘。胸の関の戸開くなら、この戒めは何のその。言うても言うても甲斐なく、立たん名のみぞと、袖に涙を遠近の。別れは筆の命。げに絶えぬ思いを、君や待つらん。
詞章と現代語訳
ふりつもる。〔二ノギン〕雪のながめのそのすへはとけて。ながれて。くだかけの。〔カンモツ〕まだきになきてひとごころ。〔ウク三ノギン〕うきよのぎりをみねの松。〔二中ギン〕みどりのゑにしひとすぢに
降り積もる。雪の眺めの、その末は、解けて、流れて。「くだかけ」の、まだきに鳴きて人心。憂き世の義理を峰の松。緑の縁、ひとすじに。
ねがふ〔文七ガカり〕ちかひはわがきよき〔ウク三ノギン〕ながれのすへをいまこゝに。ぜひもなみだに〔中ギン〕くれのかね。むねのせきのとひらくなら此いましめはなんのそのいふてもいふてもかひなくたゝん名のみぞと。袖になみだを。をちこちの
願う誓いは、我が清き流れの末を、今ここに。是非も涙に、暮れの鐘。胸の関の戸、開くなら、この戒めは何のその。言うても言うても甲斐なく、立たん名のみぞと。袖に涙を、遠近の。
わかれは筆の〔二ノ中ギン〕いのちげにたへぬおもひを。きみやまつらん
別れは筆の命。げに、絶えぬ思いを、君や待つらん。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残した。
原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「くだかけ」は鶏の異名。「まだきに鳴きて」は、まだ夜が明けないうちに鳴くこと。後朝の別れを急がせる鶏を言う。
「みねの松」は峰の松に「見ね」を掛ける。「緑のゑにし」は変わらぬ縁のこと。
「むねのせきのと」は胸の関の戸。心を閉ざす関所のたとえ。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「いのちげに」(前の「筆の」に続けて筆の命とも、次の「絶へぬ思ひ」にかかるとも読めるため切らずに置いた)。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。