藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

輦丹前くるまたんぜん

荻江節  本名題『御所風俗輦丹前』  作詞者・作曲者・初演年不詳

輦丹前 冬の朝の御所車
冬の朝の御所車

名所の梅も桜も冬籠りという季から起こし、まず咲き初める梅が枝の匂いを顔見世の華やぎに重ねる。文字謎の口説き、富士の化粧顔、三国一の男山、雪見酒に吉野の花吹雪と続き、氏神も留守という頼りなさを言う。後半は「薄は露と寝た」「露は薄と寝た」の問答を対にして、寝たればこそ薄は穂に出るという当意即妙に納め、霜の花咲く野路山路を、君に引かれて行く輦丹前で結ぶ。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。

あらすじ

名所の梅も桜も冬籠り。春待つ木々のかわゆらしさよ。早咲きの梅の花。「兄」と言われて憎からぬ、それ、なぜに。まず冬木より咲き初むる梅が枝の、匂い来る、来る。花の姿や、花の顔見世に来て、お恥ずかしながら、さる方へ。「ほ」の字、「と」「れ」の字の謎かけて、解けてうれしさ。惚れたげなやら、相惚れに。人の噂も七十五日。化粧顔なる富士のお山、三国一の男山。今を盛りの照り映え、色いろ冬木立。四方の景色を見ゆ。面白、妙の雪見酒。吉野の山を雪かと見れば、雪ではあらで花の吹雪か。袖や小褄へ散りかかる、落葉時。氏神様もお留守ゆえ、頼む方なきわしが身を。かわい、かわいと思い草。露の情けも殿さんへ言うてくれない、奴さん、合点じゃ。これ旦那、この恋叶えて、御乗りあれとすがる袂を振り切れば。ならぬぞいな、しやせぬ、しやせぬ。夕べの文見て腹が立つ。憎い仕方が、わしゃなお可愛と、女心のひとすじに、貴船祈るも理りや。浮かれて、浮かれて。あんまり踊れば浮名も立つに。いざや御庭にしばしとて。「薄は露と寝たというはいな」「露は薄と寝たというはいな」。かわい仲じゃないかいな。寝ぬという、寝たという。寝たりゃこそ、やれ、薄は種を宿りて穂にや出でぬらん。返し。野路も山路も霜の花、咲いたり、咲いたり。大小さすが武士も、君に引かれて輦丹前。

詞章と現代語訳

〔二上り〕

どころの〔カン〕むめもさくらふゆごもりはるまつきぎのかわゆらしさよはやざきの

名所の梅も桜も冬籠り。春待つ木々のかわゆらしさよ。早咲きの——

〔カン〕

うめはな

梅の花。

あにといはれてにくからぬそれなぜに

「兄」と言われて憎からぬ。それ、なぜに。

まづふゆよりさきそむるうめがえの

まず冬木より咲き初むる、梅が枝の。

にほひくるくる

匂い来る、来る。

はなのすがたやはなのかほみせにきて

花の姿や、花の顔見世に来て。

おはもじながらさるかたへ

お恥ずかしながら、さる方へ。

ほのじとれのじのなぞかけてとけてうれしさ

「ほ」の字、「と」「れ」の字の謎かけて、解けてうれしさ。

〔カン〕

ほれたげなやらあひぼれにひとのうわさも七十五日しちじふごにちやんれそれはへそれはへけしやうがほなるふじのおやま

惚れたげなやら、相惚れに。人の噂も七十五日。やんれ、それはえ、それはえ。化粧顔なる富士のお山。

さんごくいちのおとこやま

三国一の男山。

いまをさかりのてりはいろいろふゆこだち

今を盛りの照り映え、色いろ冬木立。

よものけしきを

四方の景色を見ゆ。

おもしろたえの雪見酒ゆきみざけ

面白、妙の雪見酒。

よしののやまをゆきかとみればゆきではあらではなのふぶきか

吉野の山を雪かと見れば、雪ではあらで花の吹雪か。

そでやこづまへちりかゝる

袖や小褄へ散りかかる。

をちばどき

落葉時。

〔カン〕

うぢがみさまもおるすゆへたのむかたなきわしがみを

氏神様もお留守ゆえ、頼む方なきわしが身を。

かわいかわいとおもひぐさつゆのなさけもとのさんへいふてくれないやつこさんがてんじや

かわい、かわいと思い草。露の情けも、殿さんへ言うてくれない、奴さん、合点じゃ。

がてんじやがてんじやこれだんなこのこひかなへてたまごのふはとおんのりあれとすがるたもとをふりきれば

合点じゃ、合点じゃ。これ旦那、この恋叶えて、玉子のふわと、御乗りあれと、すがる袂を振り切れば。

〔カン〕

ならぬぞいなしやせぬしやせぬさいわいでゆかふとは

ならぬぞいな。しやせぬ、しやせぬ。幸いで行こうとは。

かほどれどんなかほゆふべのふみてはらがたつ

「行かぬぞいな」。どんな顔、夕べの文見て腹が立つ。

またにしへゆかふでのふよふしるとおもはんせにくいしかたがわしやなをかわいと女心をんなごゝろのひとすぢにきぶねいのるもことわりや「おくがだんなとあねさまがいもせごとなさるゝはこれさつてもおかしなことでござんすよの

「また西へ行こうでのう」。よう知ると思わんせ。憎い仕方が、わしゃなお可愛と、女心のひとすじに、貴船祈るも理りや。「奥が旦那と姉様が妹背事なさるるは、これ、さっても可笑しなことでござんすよの」。

おらもやんがてげんぷくしててんもくざけいろとはこれさつてもおかしなことでござんすよの

「おらもやんがて元服して、天目酒、色とは、これ、さっても可笑しなことでござんすよの」。

うかれてうかれてうかれてうかれてうかれてあんまりおどればうきなもたつにいざやおにはにしばしとて

浮かれて、浮かれて、浮かれて、浮かれて、浮かれて。あんまり踊れば浮名も立つに。いざや、御庭にしばしとて。

〔カン〕

すゝきはつゆとねたといふはいな

「薄は露と寝たというはいな」。

つゆはすゝきとねたといふはいな

「露は薄と寝たというはいな」。

かわいなかじやないかいな

かわい仲じゃないかいな。

ねぬといふねたといふ

寝ぬという、寝たという。

ねたりやこそやれすゝきはたねをやどりてほにやいでぬらんほにいでて

寝たりゃこそ、やれ、薄は種を宿りて穂にや出でぬらん。穂に出でて。

かへし

返し。

ぢもやまもしものはなさいたりさいたりさいたりさいたり大小だいせうさすがものゝふも

野路も山路も霜の花。咲いたり、咲いたり、咲いたり、咲いたり。大小さすが武士も。

きみにひかれてくるまたんぜん

君に引かれて——輦丹前。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

本名題は『御所風俗輦丹前』(ごしよふうぞくくるまたんぜん)。「丹前」は湯女風呂の丹前風呂に通った伊達者の風俗で、その伊達な足取りを丹前六方という。「輦」は牛車・車のこと。

「ほのじとれのじ」は文字謎。「ほ」の字と「と」「れ」の字で「惚れた」を言う。

「三ごく一のおとこ山」は男山(石清水八幡宮の山)に、三国一の男を掛ける。前の「富士のお山」と対にしてある。

「すゝきはつゆとねた」「露はすゝきとねた」の問答は、寝たからこそ薄は種を宿して穂に出るのだ、と受ける当意即妙。

「きぶね」は貴船神社。縁結び・縁切りの祈願で知られる。

「てんもく酒」は天目茶碗で飲む酒。元服の祝いの席を言う。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「あにといはれてにくからぬ」、「やんれそれはへ」、「たまごのふはとおんのりあれ」、「さいわいでゆかふとは」、「またにしへゆかふでのふ」、「かへし」(段名か囃子詞か決めがたい)。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。