角兵衛かくべえ
長唄 本名題『后の月酒宴島台』 作詞者・作曲者・初演年不詳

角兵衛獅子は越後から江戸へ出て、獅子頭をかぶり門付けして歩いた子どもの芸人。その姿を借りて、成駒屋・浜村屋・高麗屋と役者の家号を織り込み、顔見世の口上のように運ぶ。中ほどは越後訛りの女と江戸の男の掛け合いになり、山の奥でも離れ島でも二人暮らせば都も同じ、と言い交わす。後半は新潟通い、ねまり地蔵、稗団子、沖の題目と越後の風物を綴り、米山三里の乗り合いから国訛りの笑い草へ転じて、八百八丁の御贔屓を願う舞台の寿で納める。
あらすじ
神楽囃して町々巡る。同じ世渡りの梅咲くや。笠の中さえ覗かれて、人も見送る愛嬌は、天から落ちた天人か。「わっちゃ嫌やの、何、馬鹿らしい。とても色にはこんな身で。成駒屋ならそれこそは」「こちらも首たけ浜村屋。なぶらしゃんすな、世は情け。旅じゃなけれど道連れに」。えっちら越後の山坂越えて、来て見りゃほんに江戸の花。花に浮かれりゃ喉さえ渇く。獅子の洞入り、洞返り。岩木ならねば恥かしの、森の烏か鷺なら、せめてひとつ塒の、おお、うれし。町々御贔屓の若者育てる通り者、捌くは年の高麗屋。宵の媒人、花に酒。「蟻の思いも天とやら。どうで女房にゃなられぬけれど、せめて優しいお言葉に甘えた女子じゃないかいな」「田舎者じゃとお嬲りか。浅間の煙と煙草の煙、矢庭に惚れた正直男」。「ほんに、そうなら山の奥」「千尋の海の離れ島」「二人暮らさば都も同じ」「うれしい世帯であるぞいな」。木賃銭さえまだ取れぬ、遊び過ごして風邪ひいた。籬の清掻、掻き廻したる、とんだ間夫と客。仇な恋路の色里通い、夜は軒端に立ち尽くす。恋には粋も愚痴になる。気さく悪性が浮世にゃ徳で、ねまり地蔵へ色の願、跣足参りの土踏まず。さのせ、さのせ。黄粉の稗団子、搗いてほし。沖の題目、波に浮んで風に揺れて。朝日に輝く、夕日がたなびく。南無妙法蓮華経。米山三里を乗るものか。八つ目のある鰻の性で、ぬらりくらりと気が多い。国の訛りの笑い草。身の過ぎわいと八百八品、八百八丁御贔屓の、お恵み願う、お取り立て。仰ぐ舞台ぞ、千代の寿。
詞章と現代語訳
神楽囃して町々巡る、同じ世渡りの梅さくや
神楽囃して町々巡る。同じ世渡りの梅咲くや。
笠の中さへ覗かれて、人も見送る愛嬌は、てんとおてんと、天から落ちた天人か
笠の中さえ覗かれて、人も見送る愛嬌は。てんと、お天道、天から落ちた天人か。
わつちや嫌やの何馬鹿らしい、とても色にはこんな身で、成駒屋ならそれこそは
「わっちゃ嫌やの、何、馬鹿らしい。とても色にはこんな身で。成駒屋ならそれこそは」。
此方も首たけ浜村屋、なぶらしやんすな世は情、旅ぢやなけれど道連に、なるとはなしの後や先
「こちらも首たけ浜村屋。なぶらしゃんすな、世は情け。旅じゃなけれど道連れに、なるとはなしの後や先」。
えつちら越後の山坂超えて来て見りやほんに江戸の花、いつも黄金の真盛り
えっちら越後の山坂越えて、来て見りゃほんに江戸の花。いつも黄金の真盛り。
花に浮れりや喉さへかはく、酒がなほしやさりとては、まだまだイヤハよいとなよいとな獅子の洞入洞返り、すめじや互の思ふこと
花に浮かれりゃ喉さえ渇く。酒がなおしゃ、さりとては。まだまだ、いやはあ、よいとな、よいとな。獅子の洞入り、洞返り。「すめ」じゃ、互いの思うこと。
岩木ならねば恥かしの、森の烏か鷺ならせめて、ひとつ塒のオヽ嬉し
岩木ならねば恥かしの。森の烏か鷺なら、せめて、ひとつ塒の——おお、うれし。
待な町々御贔負の、若者そだてる通りもの、さばくは年の高麗屋、宵の媒人花に酒、持せて奥へ走り行く
待ちな。町々御贔屓の、若者育てる通り者。捌くは年の高麗屋。宵の媒人、花に酒、持たせて奥へ走り行く。
こんな無様の真実は、お前のお気に入りたさの、蟻の思も天とやら、どうで女房にやなられぬけれど、せめて優しいお言葉に、あまへた女子ぢやないかいな
「こんな無様の真実は、お前のお気に入りたさの、蟻の思いも天とやら。どうで女房にゃなられぬけれど、せめて優しいお言葉に、甘えた女子じゃないかいな」。
云ふてもお呉れた月がたの、田舎者ぢやとお嬲か、思ひ比べをせうならば、浅間の煙と煙草のけむり、矢庭に惚れた正直男
「言うてもお呉れた月がたの、田舎者じゃとお嬲りか。思い比べをしょうならば、浅間の煙と煙草の煙。矢庭に惚れた正直男」。
また嘯らしい真顔で人をたまさかも
また嘯らしい真顔で、人をたまさかも。
ほんにさうなら山の奥
「ほんに、そうなら山の奥」。
千尋の海の離れ島
「千尋の海の離れ島」。
二人暮さば都も同じ
「二人暮らさば都も同じ」。
嬉しい世帯で有るぞいな
「うれしい世帯であるぞいな」。
あるは厭なり思ふはならの
あるは厭なり、思うはならの。
木賃銭さへまだ取れぬ、遊び過して
木賃銭さえまだ取れぬ。遊び過ごして——
風邪ひいた、うつかりのろさのお恥かし
風邪ひいた。うっかり、のろさのお恥かし。
ほんに茶かした獅子舞さん、わつちもそんなら地廻の、伝法肌で素見の、
「ほんに茶かした獅子舞さん。わっちもそんなら地廻りの、伝法肌で素見の——」
聞たやうだよ
「聞いたようだよ」。
籬の清掻せつかいで、掻き廻したるてんてつとんだ間夫と客
籬の清掻、せっかいで、掻き廻したる、てんてつ——とんだ間夫と客。
仇な恋路の色里通ひ、夜は軒端に立つくす、エヽ待はいなお部屋の目顔があるわいな、無理な首尾して逢ふたが憎いかへ、去とては恋には粋も愚痴になる、是は五色の色のほか
仇な恋路の色里通い。夜は軒端に立ち尽くす。「ええ、待ちはいな。お部屋の目顔があるわいな。無理な首尾して逢うたが憎いかえ」。さりとては、恋には粋も愚痴になる。これは五色の色のほか。
新潟通ひがやめらりが
「新潟通いがやめらりが」。
きさく悪性が浮世にや徳で、ねまり地蔵へ色の願跣足参りの土踏ず
気さく悪性が浮世にゃ徳で。ねまり地蔵へ色の願、跣足参りの土踏まず。
内の嬶殿疳癪おさへて、夜まも昼まも三度ぐり
内の嬶殿、疳癪おさえて、夜まも昼まも三度ぐり。
さのせさのせさのせつせのせ、せつたら黄粉の稗団子搗てほし
さのせ、さのせ、さのせつせのせ。「せったら」黄粉の稗団子、搗いてほし。
沖のへ沖の題目波に浮んで風に揺れて
沖のえ、沖の題目、波に浮んで風に揺れて。
朝日にかゞやく夕日がたなびく
朝日に輝く、夕日がたなびく。
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経。
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経。
あじよだか当世ひねりが流行る、客が女郎衆の機嫌さづまも逆さ竹
「あじょだか」当世、ひねりが流行る。客が女郎衆の機嫌、「さづま」も逆さ竹。
さいばま三里をのるとても
「さいばま三里を乗るとても」。
米山三里を乗るものか
「米山三里を乗るものか」。
さまはナヘ八ツ目のある鰻の性で
「さまはなえ、八つ目のある鰻の性で」。
ぬらりくらりと気が多い
ぬらりくらりと気が多い。
国の訛の笑ひ草
国の訛りの笑い草。
身のすぎはいと八百八品
身の過ぎわいと八百八品。
八百八丁御贔負の
八百八丁、御贔屓の。
お恵願ふ
お恵み願う。
お取立
お取り立て。
仰ぐ舞台ぞ千代の寿
仰ぐ舞台ぞ、千代の寿。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開した。
本名題は『后の月酒宴島台』(のちのつきしゆえんのしまだい)。
「角兵衛」は角兵衛獅子。越後の月潟村から出て、小さな獅子頭をかぶり門付けして歩いた子どもの芸人。越後獅子ともいう。
「成駒屋」「浜村屋」「高麗屋」は歌舞伎役者の家号。顔見世の口上のように織り込んである。
「獅子の洞入洞返り」は獅子舞の型の名。「清掻」は遊里で弾く三味線の手。「素見」はひやかし。
「岩木ならねば」は「岩木ならぬ身」——木石ではない人の情の意。
「ねまり地蔵」は越後に多い坐像の地蔵。「跣足参り」は裸足で神仏に日参する願掛け。
「米山三里」は柏崎の米山峠。越後の馬子唄・盆唄によく出る。「八ツ目のある鰻」は八目鰻で、ぬらりくらりに掛ける。
「八百八丁」は江戸八百八町。前の「八百八品」と数を揃えてある。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「すめじや」、「せつかいで」「てんてつ」、「新潟通ひがやめらりが」、「三度ぐり」、「さのせつせのせ」「せつたら」、「あじよだか」、「さづま」、「さいばま三里」、「さまはナヘ」。越後訛りの詞かと見られるが断じきれない。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。