藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

袖浦誓中偕そでがうらちかいのなかなか

清元  別題『袖浦誓仲偕』  桜田治助 述(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

袖浦誓中偕 海辺の縁台の棕櫚の馬と麦藁細工
海辺の縁台の棕櫚の馬と麦藁細工

白木屋のお駒と、手代に身をやつしていた侍尾花甚三(次郎兵衛)の、晴れて夫婦となった道行。「添われまいとて苦にすまいもの、命あればこそ花が咲く」と起こし、死ぬ覚悟から一転、紛失の刀も手に入り、甚三が元の侍に立ち返って、二人は川崎・雑色・蒲田・大森と東海道を下り、大師河原へ願ほどきのお礼参りに向かう。鈴が森の浜で、甚三が八百屋お七を引き合いに「今の女はまさかのときはさらば」とわざとじらすと、お駒はすがりついて、お屋敷の正月、若菜の祝儀の夜に百人一首の総踊りのあと恋文を交わした日からの仲を恨み、甚三はあやまって二人は抱き合う。めでたい道行だが、心中を思いとどまった二人の曲で、お七の処刑の地鈴が森にも触れる。

あらすじ

添われまいと苦にすることはない、命あればこそ花が咲く。お駒と次郎兵衛は死ぬ覚悟から一転して、今日は浮き立つ夫婦連れ。晴れてめでたい仲となり、川崎、雑色、蒲田の梅、大森の枕橋と、人目をはばかりながらも冷やかしを聞き流して、子持ちのしるしの数珠を襟に、麦藁細工や棕櫚の馬を土産に、いそいそと道行する。お屋敷勤めのころから言い交わし、子まである仲に持ち込まれた聟取りの話は、振り替わって二人の祝言となり、紛失の刀が手に入って、次郎兵衛は元の侍尾花甚三に立ち返った。これも願をかけたおかげと、大師河原へ参り、息災延命を祈る。川端のお祖師さまへ日に千遍の題目を唱えたお駒の願も叶った。大井、荒井が崎を過ぎて鈴が森、甚三はお七の話を引いて、ゆうべまで逢えずにいたら聟を桐ヶ谷へ送って噂になったろう、だが今の女はいざとなればさらばだ、とわざとじらす。お駒はすがりついて、お屋敷の正月、若菜の祝儀の夜の百人一首の総踊り、酒宴の紛れに恋のいろはを袖から袖へ言い交わし、二世も三世もと誓った仲ではないかと涙する。甚三はちょっとじらしただけと詫び、二人は差し障りのなくなった契りを喜び合う。

詞章と現代語訳

添そはれまいとて苦くにせまいもの、命いのちありやこそ花はなが咲さく、しよんがへ、そでにお駒こまと次郎兵衛じろべゑが、死しぬる覚悟かくごに引ひきかへて、今日けふは浮うきたる女夫めうと連づれ

〽添われまいとて苦にすまいもの、命あればこそ花が咲く、しょんがえ——。お駒と次郎兵衛は、死ぬ覚悟とは引き換えて、今日は浮き立つ夫婦連れ。

心こゝろも空そらもいつの間まに、はれて目出度めでたき中なかとなり、結句けつく手てに手ても引ひかねて、跡あとや川崎かはさきざうしきを、過すぎて蒲田かまたに待またるゝ梅うめも、やがて笑顔ゑがほで大森おほもりの、名なさへ嬉うれしき枕橋まくらばし〔合〕

心も空もいつの間にか晴れて、晴れてめでたい仲となり、かえって手に手も引きかねて、あとにする川崎、雑色を過ぎて、蒲田に待たれる梅も、やがて笑顔でほころぶ大森の、名さえ嬉しい枕橋——

水みづに二人ふたりが寐姿ねすがたの、陽炎かげろふまだき竹火縄たけひなは、吸付すひつけ煙草たばこも憚はゞかりと、岩井いはゐでそれと〔合〕三津五郎みつごらう〔合〕イヨ大和屋やまとやに大和屋やまとやと、行ゆきかふ人ひとの仇口あだぐちも、聞きかぬふりして黄八丈きはちぢやう、

水に映る二人の寝姿のような影、陽炎の立つにはまだ早い竹火縄。吸い付け煙草も人目をはばかると、言わずにそれと見つ(岩井・三津五郎)。「いよ大和屋、大和屋」と行き交う人の冷やかしも、聞かぬふりして黄八丈、

襟えりにかけたる水晶すゐしやうの〔合〕数珠じゆずも子持こもちと〔合〕数々かずかずの、麦藁むぎわら細工ざいくしゆろの馬うまほんにおみやによいとや申まをす、よい此この春はるは何なに一ひとつ、ふさぐことなき道行みちゆきに、いそいそとして来きたりける

襟に掛けた水晶の数珠も子持ちのしるしと、数々の麦藁細工、棕櫚の馬——ほんにお土産によいと申す。よいこの春は何ひとつふさぐことのない道行に、いそいそとやって来た。

モシ次郎兵衛じろべゑさん、互たがひにひとつお屋敷やしきに、勤つとめるうちから言いひかはし、子こまであるその中なかへ、問とひ談合だんかふもある事ことか、私わたしへ聟むこの相談さうだんも、ふりかはつてのお前まへと女夫めうと

もし次郎兵衛さん、互いに同じお屋敷に勤めているうちから言い交わし、子まである仲へ、相談もなしにわたしへ聟取りの話——それが振り替わって、あなたと夫婦に。

サア白木屋しろきやの手代てだい分ぶんも、紛失ふんじつの刀かたなが手てに入いつたれば、此この身みも元もとの侍さむらひに、立たちかへつた尾花をばな甚三じんざ

さあ、白木屋の手代という身分も、なくした刀が手に入ったので、この身も元の侍に立ち返った尾花甚三。

ほんにもうもう何なにもかも、一度いちどにすんで此この様やうな、目出度めでたい嬉うれしい事ことは御座ござんせぬ、これと言いふのも御願ごぐわんをかけた

ほんにもう、何もかも一度に片がついて、こんなにめでたく嬉しいことはございません。これというのも願をかけた——

サアそのお蔭かげぢやと思おもふ故ゆゑ、そなたと倶ともに二人ふたり連づれ

さあ、そのおかげと思うので、そなたと一緒に二人連れで。

大師だいし河原がはらも有難ありがたき、光明くわうみやう真言しんごん真実しんじつに、女房にようばう大事だいじと〔合〕今いまも尚なほ、拝をがむは夜よの厄難やくなんに、まけず息災そくさい延命えんめいと〔合〕祈いのるも廿六郷にじふろくがうの〔合〕

大師河原もありがたい。光明真言をまことに唱え、女房大事と今もなお拝むのは、夜の厄難に負けず息災延命と——祈るも二十六夜、六郷の——

私わたしは色いろに堅かたぼつけ、あの川端かはばたの祖師そしさんへ、日ひに千遍せんべんのお題目だいもく、唱となへて無理むりにお願ぐわんを〔合〕かけしや袖そでの濡ぬれた同士どうし、思おもふた通とほりこの様やうに、夫婦ふうふになつたも御利益ごりやくと、

わたしは色恋には一途で、あの川端のお祖師さまへ、日に千遍のお題目を唱えて、無理にお願をかけたのも、袖の濡れた者どうし。思った通りこのように夫婦になれたのもご利益と、

お礼れい参まゐりに又またよくな、御願ごぐわんを結むすんだその足あしで、外ほかへ参まゐるはほうぼうと、定さだめしお叱しかりなされうが、片時かたとき傍そばを離はなるゝが、厭身いやみな奴やつと男気をとこぎに〔合〕

お礼参りに、また欲深な——願をほどいたその足でほかへ参るのは、あちこちと浮気なと、きっとお叱りなさろうが、片時もそばを離れるのが嫌な奴と、男気に、

うるさからうが一所いつしよにと、思おもひ大井おほゐの中々なかなかに〔合〕深ふかくも見みゆる〔合〕白浪しらなみの、荒井あらゐが崎さきを横よこになし、粗朶そだまだ寒さむき浜風はまかぜも、松まつに音おとする鈴すゞが森もり、

うるさかろうが一緒にと、思いは大井の、かえって深くも見える白波。荒井が崎を横に見て、粗朶にまだ寒い浜風も松に音を立てる鈴が森。

ほんに是これまで此この磯いそへ、なき名なを流ながせし其その内うちに、八百屋やほやお七しちは恋こひ故ゆゑに、莟つぼみの花はなを夜桜よざくらと、こがれて散ちらし果敢はかなさを、此この身みに比くらべゆふべまで、可愛かはい人丸ひとまる桜ざくらにも、あひたきざくら逢あはれずは〔合〕

ほんに、これまでこの磯へ無き名を流した人の中でも、八百屋お七は恋ゆえに、蕾の花を夜桜と焦がれて散らしたはかなさ。それをこの身に比べれば、ゆうべまで、かわいい人——人丸桜にも、逢いたい桜に逢えなかったなら、

どう塩竃しほがまと其その聟むこを、桐ヶ谷きりがやでもあらうなら、白木屋しろきや駒こまと江戸中えどぢゆうへ、ひよんな噂うはさの仇名草あだなぐさ、

どうしようと、塩竈桜ならぬその聟を、桐ヶ谷へでも送るようなことになったら、白木屋お駒と江戸中に、とんだ噂のあだ名が立ったろう。

エヽ何なにをいはれぬ御親切ごしんせつ、それは昔むかしの伊達だて娘むすめ、今いまの女をんなはどのやうな〔合〕義理ぎり約束やくそくがあらうとも、まさかの時ときはおいさらば、いかに戸とざゝぬ御代みよぢやとて、心こゝろにまでも情なさけなしと、わざとじらしに乗のせられて、

ええ、何を言われぬご親切——それは昔の伊達娘。今の女は、どんな義理や約束があろうとも、いざというときは「はい、さようなら」。いくら戸を閉ざさない泰平の御代だからといって、心にまで情けがないとは——と、わざとじらすのに乗せられて、

お駒こまはその儘まゝすがりつき合あひいそりや〔合〕聞きこえませぬ甚三じんざさん〔合〕お前まへと私わたしがその中なかは、昨日きのふや今日けふの事ことかいな〔合〕

お駒はそのまますがりついて、「そりゃ聞こえませぬ、甚三さん。あなたとわたしのその仲は、昨日や今日のことかいな。

まだお屋敷やしきの奥勤おくづとめ、忘わすれもやらぬ正月しやうぐわつの、しかも若菜わかなの祝儀しうぎの夜よ、御ごぜんがすぐに節ふし付つけて、小倉をぐらの歌うたの総踊そうをどり〔合〕

まだお屋敷で奥勤めのころ、忘れもしない正月の、しかも若菜の祝儀の夜。奥方さまがすぐに節をつけて、小倉百人一首の歌の総踊り。

天智てんぢ天皇てんわう秋あきの田たの〔合〕刈穂かりほの庵いほの苫とまをあらみ我わが衣手ころもでは露つゆに濡ぬれつゝ〔合〕

〽天智天皇、秋の田の、刈穂の庵の苫をあらみ、わが衣手は露に濡れつつ——

それから跡あとが御酒宴ごしゆえんの、入乱いりみだれたを幸さいはひに〔合〕恋こひのいろはを袂たもとから、袖そでへ頼たのんで言いひかはし〔合〕二世にせも三世さんぜも先さきの世よかけて、誓ちかひし中なかぢやないかいな〔合〕

それからあとはご酒宴で、入り乱れたのを幸いに、恋のいろはを袂から袖へと頼んで言い交わし、二世も三世も先の世かけて誓った仲じゃないかいな。

それに今更いまさら気きを知しらぬ、常つねの女夫めうとか何なにぞそのやうに、そんな事ことを言いひさして、かこち涙なみだぞ誠まことなれ

それに今さら、気心も知れない並みの夫婦か何かのように、そんなことを言いかけて」と、恨み言の涙こそまことである。

アヽコレコレあやまつたあやまつた、今いまのは一寸ちよつとじらしたもの、腹はらが立たつたら堪忍かんにんしや堪忍かんにんしや

ああこれこれ、あやまった、あやまった。今のはちょっとじらしたまで。腹が立ったら堪忍しや、堪忍しや。

そんなら今いま言いはしやんしたは

それでは、今おっしゃったのは——

嘘うそでなうてよいものかいの

嘘でなくてよいものかいの。

エヽ嬉うれしう御座ござんす

ええ、嬉しゅうございます。

互たがひに抱だき月代つきしろも、はやさし合あひの隈くまもなく、よみぢの契ちぎりぞ面白おもしろき

互いに抱き合う月代も、もう差し障りの陰もなく、よみじの契りぞ面白い。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典に「桜田治助述」とある。原典の見出しに別題『袖浦誓仲偕』とある。

原典の長い行は、読みやすさのため読点や合方の切れ目で段に分けた(字句は同じ)。「心も空も」の行を三段、「私は色に堅ぼつけ」から「かこち涙ぞ誠なれ」までの一行を十一段にした。

白木屋お駒と才三郎(ここでは尾花甚三)の話は、享保年間の白子屋お熊の事件をもとにした芝居の筋として知られる。この曲では二人は晴れて夫婦となり、死の場はない。

「川崎」「ざうしき(雑色)」「蒲田」「大森」「大井」「荒井が崎」「鈴が森」と東海道の地名を連ね、「大師河原」は川崎大師。「鈴が森」は八百屋お七が処刑された刑場で、「桐ヶ谷」は火葬場があった地。甚三はそれを引いてわざとじらす。

「岩井でそれと三津五郎」は「言はいでそれと見つ」に役者の岩井(半四郎)と(坂東)三津五郎を、「大和屋」はその屋号を掛けたと見た。初演の配役を詠み込んだものかは確かめられない。「廿六郷」は二十六夜と六郷を掛けたと見た。「人丸桜」「塩竃」は桜の名を掛ける。

「いかに戸ざゝぬ御代ぢやとて」「情なし」は、当ライブラリの清元「時鳥霽間の雲色」にもほとんど同じ形で出る。

台詞の話し手は原典に記されていない。呼びかけと受け答えから、お駒と甚三の詞を見分けて訳した。

語義を定めがたい箇所は原典のまま残した。「すがりつき合いそりや」(「合」は合方の記号の写し誤りかと見えるが、原典のまま)、「堅ぼつけ」(一途の意と見た)、「又よくな」(欲な、と見た)、「よみぢの契」(黄泉路の意とも読めるが、ここでは定めない)。

繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(いそ/\、もう/\、ほう/゛\→ほうぼう、コレ/\、あやまつた/\、堪忍しや/\)。

原典の用字「添れ」「浮たる」「寐姿」「厭身」「入乱た」はそのまま残した。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。