袖の時雨そでのしぐれ
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

初時雨の定めなさを浮雲に重ね、心の闇に迷う身のつらさを煙草の煙に託す。ひとり思いを枕に語れば、床の浦端の敷波、浜風に冴えて鳴く千鳥。揺られ揺らるる捨小舟のような、かいのない今の身を嘆く小品。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
初時雨——定めないことよ、浮雲の。心の闇に迷う身は、いよいよ思いのつらさが胸に。煙草の煙。ひとり思いを枕に語り、床の浦端の敷波の、浜風に冴えて鳴く千鳥。揺られ揺らるる捨小舟。かいのない今の身ぞ、つらや。ああ、ままならぬ。さりとは、さりとは、苦の世界。
詞章と現代語訳
はつしぐれ、定めなきかなうきぐもの
初時雨——定めないことよ、浮雲の。
こゝろのやみにまよふ身は、いとゞ思ひのつらさはむねに
心の闇に迷う身は、いよいよ思いのつらさが胸に。
けむりぐさ
煙草の煙。
ひとりおもひを
ひとり思いを。
まくらにかたり、床のうらはのしきなみの、はまかぜさへてなくちどり
枕に語り、床の浦端の敷波の、浜風に冴えて鳴く千鳥。
ゆられゆらるゝすてをぶね、かひなきいまの身ぞつらや、あゝまゝならぬ、さりとはさりとは苦のせかい
揺られ揺らるる捨小舟。かいのない今の身ぞ、つらや。ああ、ままならぬ。さりとは、さりとは、苦の世界。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「袖の時雨」は袖にかかる時雨に涙を重ねた言いまわし。曲名にあたる。
「煙草」は原典「けむりぐさ」。思いのくすぶるさまを煙に託す。
「床の浦端」は寝床に浦を掛けた言い掛けと読んだ。「敷波」は次々に寄せる波で、「敷く」の縁から寝床へ続く。
「かひなき」は舟の櫂と甲斐の掛詞。当ライブラリの「浜千どり」にも同じ言い掛けがある。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。