藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

蜘蛛拍子舞くものひやうしまい

長唄  本名題『我背子恋相槌』  桜田左交 述 作曲者・初演年不詳

蜘蛛拍子舞 朧月と笹の蜘蛛の巣
朧月と笹の蜘蛛の巣

土蜘蛛物に刀尽くしを合わせた曲。代々の帝に伝わる鍛冶の道から起こし、名工・名刀の名を廓通いのことばに詠み込む名寄せへ——天国、神息、当麻、月山、行平、長船、則宗、三条宗近、島田義助、兼光、長光、青江、一文字、仁王三郎、左文字、安綱、友成。中ほどは結い綿・重ね扇・笹竜胆に抱き柏と紋尽くしの拍子舞になり、「離れぬ仲じゃないかいな」と華やぐところへ、不思議や火炎烈々。女の正体は葛城山に年を経た女郎蜘蛛。衣通姫の「我が背子が来べき宵なり」の古歌を引いて正体を現し、瞋恚の斧鉞、伐木丁々と荒れに荒れて、すさまじかりける次第なり、と納める。

あらすじ

それより代々の帝に至り、伝わる鍛冶の道は広く。天国、天の座、神息が、太平地国の霊験に、治まる御世の神宝。千早振る神代の昔より、恋に片端の片思い。浮き寝の鳥も寝覚めして、氷に映る剣の刃は、冴えた仲ごと、よい金性を。枕詞に真金吹く吉備の中山、なかなかに、千束にあまる文ではなくて、とめて留木の移り香も。昨日の夢を袖だたみ、二人寝る夜は帯解いて、屏風に掛けた「さままいる」。二人が仲へ「参らせ候」の寝姿に、ひぞりながらも夜着を着せて、宵の笑いは暁の、涙の露の起き別れ。謹上再拝、謹上再拝。鞴は陰陽和合をかたどり、五行五体を固めの槌。文の直ぐ焼き、武の乱れ焼き、文武二通りに二柱。さあ、ちょっと姿を垣間見に。ひがきやすりはてんがいしげとし。さて薙刀は当麻の少将、こんおうまさえだ力王一王。これらは名に負う大和鍛冶。利剣宝剣、名作名物、六百九十四振りである。九十四振りは九十九夜、ある夜その夜の廓通い。色に乱れた業物と名乗って、和泉の加賀四郎、さてまた相模の新造五郎。新造五人引き連れて、紋日物日は月参り。月山、もりふさ、くもがしら。初雪の行平を眺めようと、猪牙舟で長船、四つ手駕籠に「乗りむね」。ようよう三条宗近と。客は女郎に寸延びて、よそで口舌を島田の義助。座敷も新身の付け焼き刃。文殊四郎の知恵勝って、内外の手前を兼光が。まだ居続けか、さりとは長光。大酒に青江の四郎が捻じ上戸。ちょっと祐光、一文字。腹立ち上戸は仁王三郎。相手に長門の左利き、左文字。やかたがたよあいと、石見の酒盛り、盛綱。心安——安綱。友成が。君万歳とぞ打ったのである。打ち収まった床の山、締めて音締めのひと節に。様に逢う夜は月影に。丸に「い」の字を結い綿に、重ね扇の比翼紋。離れぬ仲じゃないかいな。さいな、そんれもよう言うた、よう言うた。様とひと夜の契りさえ、笹竜胆に抱き柏。誰の睦言を菊蝶の、離れぬ仲じゃないかいな。さいな、そんれもよう言うた、よう言うた。離れぬ仲のかこちごと。不思議や、火炎烈々と空中に翻り、落ちると思えばたちまちに、身は笹蟹の、いと凄まじい、一身六臂のその姿。朧のなかに立ち迷う。「我が背子が来べき宵なり、ささがにの蜘蛛のふるまい、かねて知る」。わが身の上ぞやる瀬ないと、葛城山に年を経た、世にも名を知られた女郎蜘蛛。尽きぬ怨みは心の錆よ。怨念の力の張弓に、射て落とされよう連理の枝。瞋恚邪慳の斧鉞、打ち立て打ち立て、しっていしってい、伐木とうとうとう。枝も梢も打ち切り打ち切り、打ち折り打ち折り、打ち払い。魔道に沈んで浮かぶ瀬もないわが眷属、末長い家来にしようものと、また引き立てれば恐ろしや。渦巻く炎、漲る白波。庭の梢もさっさ、さっさ。池の水音、どうどうどう。天地返って逆のぼり、高天砕けて落ちるのを見れば、妙火盛んに燃え上がり、電光激して霹靂神。すさまじかりける次第である。

詞章と現代語訳

〔本調子〕

れより代々よよみかどいたり、つたはる鍛冶かぢみちひろく、天国あまくにあめしんそくが、太平たいへい地国ちこく霊験れいげんに、をさまる御世みよ神宝しんぽう

それより代々の帝に至り、伝わる鍛冶の道は広く。天国、天の座、神息が、太平地国の霊験に、治まる御世の神宝。

千早振ちはやふるにしむかしより、こひ片輪かたわ片思かたおもひ、浮寐うきねとり寐覚ねざめして、こほりにうつる剣刃つるぎばえたなかごとよい金性かねしやうを、枕詞まくらことば真金吹まがねふく、きびの中山なかやまなかなかに、千束ちつかにあまるふみならで、とめて留木とめぎうつも、昨日きのふゆめそでだたみ、二人ふたりぬるおびといて、屏風びやうぶにかけしさままゐる、二人ふたりがなかへまゐらせさうらふ寐姿ねすがたに、ひぞりながらも夜着よぎきせて、よひわらひあかつきの、なみだつゆわか

千早振る神代の昔より、恋に片端の片思い。浮き寝の鳥も寝覚めして、氷に映る剣の刃は、冴えた仲ごと、よい金性を。枕詞に真金吹く吉備の中山、なかなかに。千束にあまる文ではなくて、とめて留木の移り香も。昨日の夢を袖だたみ、二人寝る夜は帯解いて、屏風に掛けた「さままいる」。二人が仲へ「参らせ候」の寝姿に、ひぞりながらも夜着を着せて。宵の笑いは暁の、涙の露の起き別れ。

謹上再拝きんじやうさいはい謹上再拝きんじやうさいはいふいご陰陽和合いんやうわがふをかたどり五行五体ごぎやうごたいをかためのつちぶんぐやきみだれ、文武ぶんぶ二通ふたとほりはしら

謹上再拝、謹上再拝。鞴は陰陽和合をかたどり、五行五体を固めの槌。文の直ぐ焼き、武の乱れ焼き、文武二通りに二柱。

サアちよつと姿すがた垣間見かいまみに、ひがきやすりはてんがいしげとし、

さあ、ちょっと姿を垣間見に。ひがきやすりはてんがいしげとし。

さて薙刀なぎなた当麻たいま少将せうしやう、こんわうまさえだ力王りきわう一王いちわう

さて薙刀は当麻の少将。こんおうまさえだ、力王一王。

これふやまと鍛冶かぢ

これらは名に負う大和鍛冶。

利剣宝剣りけんはうけん名作名物めいさくめいぶつ六百九十四振ろつぴやくくじふしふりなり

利剣宝剣、名作名物、六百九十四振りである。

九十四くじふしふりは九十九夜くじふくや或夜あるよその廓通くるわがよひ、いろみだれし業物わざものと、名乗なのりて和泉いづみ加賀四郎かがしらう扨又さてまた相模さがみ新造五郎しんざうごらう新造五人しんざうごにんひきつれて、紋日物日もんびものび月参つきまゐ

九十四振りは九十九夜。ある夜その夜の廓通い。色に乱れた業物と名乗って、和泉の加賀四郎、さてまた相模の新造五郎。新造五人引き連れて、紋日物日は月参り。

月山ぐわつさんもりふさくもがしら

月山、もりふさ、くもがしら。

はつゆきひらながめんと、猪牙ちよき長船をさふねにのりむね

初雪の行平を眺めようと、猪牙舟で長船、四つ手駕籠に「乗りむね」——則宗。

ようよう三条宗親さんでうむねちか

ようよう三条宗近と。

きやく女郎ぢよらう寸延すんのびて、余所よそ口舌くぜつをしまだの義祐よしすけ

客は女郎に寸延びて、よそで口舌を——島田の義助。

座敷ざしき新身あらみ付焼刃つけやきば

座敷も新身の付け焼き刃。

文殊四郎もんじゆしらうのちゑかつて、内外うちそと手前てまへ兼光かねみつが、まだ居続ゐつづけかさりとは長光ながみつおほざけに青江あをえ四郎しらう上戸じやうご

文殊四郎の知恵勝って、内外の手前を兼光が。まだ居続けか、さりとは長光。大酒に青江の四郎が捻じ上戸。

ちよつと祐光すけみつ一文字いちもんじ腹立上戸はらだちじやうご仁王三郎にわうさぶらう

ちょっと祐光、一文字。腹立ち上戸は仁王三郎。

相手あひて長門ながと左利ひだりきき、左文字さもんじやかたがたよあいと石見いはみ酒盛綱さかもりつな

相手に長門の左利き、左文字。やかたがたよあいと、石見の酒盛り——盛綱。

こゝろやすつな

心安——安綱。

友成ともなり

友成が。

君万歳きみばんぜいとぞたりけり

君万歳とぞ打ったのである。

うちおさまりしとこやま、しめてねじめのふし

打ち収まった床の山。締めて音締めのひと節に。

さまに月影つきかげ

様に逢う夜は月影に。

まるにいの綿わたに、かさあふぎ比翼紋ひよくもんはなれぬなかぢやないかいな、さいなそんれもようふたようふた

丸に「い」の字を結い綿に、重ね扇の比翼紋。離れぬ仲じゃないかいな。さいな、そんれもよう言うた、よう言うた。

さまとちぎりさへ、笹龍胆ささりんだうがしは睦言むつごと菊蝶きくてふの、はなれぬなかぢやないかいな、さいなそんれもようふたようふた、はなれぬなかのかこちごと

様とひと夜の契りさえ、笹竜胆に抱き柏。誰の睦言を菊蝶の。離れぬ仲じゃないかいな。さいな、そんれもよう言うた、よう言うた。離れぬ仲のかこちごと。

不思議ふしぎ火炎烈々くわえんれつれつと、空中くうちゆう翩翻へんぽんし、おつるとおもへばたちまちに、はさゝがにのいとすごき、一人六臂いちにんろつぴ姿すがたおぼろなかまよう、背子せこべきよひなりさゝがにの蜘蛛くも振舞ふるまひかねる、うへぞやるなや、葛城山かづらきやまとしにもをしる女郎蜘蛛ぢよらうぐも

不思議や、火炎烈々と空中に翻り、落ちると思えばたちまちに、身は笹蟹の、いと凄まじい、一身六臂のその姿。朧のなかに立ち迷う。「我が背子が来べき宵なり、ささがにの蜘蛛のふるまい、かねて知る」。わが身の上ぞやる瀬ないと、葛城山に年を経た、世にも名を知られた女郎蜘蛛。

きぬうらみこゝろのさびや、怨念力をんねんりき張弓はりゆみおとされん連理れんりえだ

尽きぬ怨みは心の錆よ。怨念の力の張弓に、射て落とされよう連理の枝。

辛恚邪慳しんいじやけん斧鉞ふゑつてしつていしつてい、伐木ばつぼくとうとうとう

瞋恚邪慳の斧鉞、打ち立て打ち立て、しっていしってい、伐木とうとうとう。

えだこずゑ

枝も梢も打ち切り、打ち切り。

はら

打ち折り、打ち折り、打ち払い。

魔道まだうしづんでうかもなき眷属けんぞくながきやつことせんものと、またつればおそろしや

魔道に沈んで浮かぶ瀬もないわが眷属、末長い家来にしてやろうと、また引き立てれば恐ろしや。

渦巻うづまほのほみなぎ白波しらなみ、にはのこずゑもさつささつさ、いけ水音みづおとどうどうどう、天地てんちかへつてさかのぼり、高天たかまくだけてつるをれば、めうくわさかんにあがり、電光激でんくわうげきしてはたゝがみ、すさましかりける次第しだいなり

渦巻く炎、漲る白波。庭の梢もさっさ、さっさ。池の水音、どうどうどう。天地返って逆のぼり、高天砕けて落ちるのを見れば、妙火盛んに燃え上がり、電光激して霹靂神。すさまじかりける次第である。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。濁点つきの繰り返し記号は「やかたがた」と展開した。

本名題は『我背子恋相槌』(わがせここひのあひづち)。桜田左交 述。作曲者・初演年は原典に記載がない。資料の題名読みは「くもひょうしまい」。

翻刻の本文には「抱き柏」のあとに星印と数字の記号が一つ入っているが、意味を確かめられないため本文からは省き、その旨をここに記す(繰り返しの指示とも見られる)。

前半は刀工・名刀の名を廓のことばに詠み込む名寄せ。天国・天の座・神息は神代の刀工の名、当麻・月山・長船・三条・島田・兼光・長光・青江・一文字・左文字・安綱・友成・仁王・祐光もいずれも刀工・刀の名にあたる。「初ゆき平」は行平、「のりむね」は則宗、「新造五郎」は相模の五郎入道正宗、「宗親」は三条宗近の意と見られるが、字はいずれも原典のまま残した。

「さままゐる」(様参る)は女の手紙の宛名書き、「参らせ候」は同じく結びの言葉。「金性」は刀の地金の性質のことで、相性のよい仲に言い掛ける。「真金吹く」は吉備にかかる枕詞。

「丸にいの字」「結い綿」「重ね扇」「笹竜胆」「抱き柏」「菊蝶」は紋の名。比翼紋は男女の紋を並べた紋。

「我が背子に来べき宵なり…」は衣通姫の古歌「我が背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも」による。蜘蛛が巣を掛けるのは人の来る前触れとされた。「伐木とうとう」は『詩経』の「伐木丁丁」の言い回し。

土蜘蛛の曲は当ライブラリでは「土蜘」とこの曲の二つ。あちらは頼光の病床の場、こちらは廓の拍子舞から正体を現す場で、趣が異なる。

語義・読みの定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ひがきやすりはてんがいしげとし」「こんわうまさえだ力王一王」「月山もりふさくもがしら」(いずれも名の連なりと見られるが切り方が定めがたい)、「やかたがたよあい」「しつてい」「床の山」。「辛恚」は瞋恚の当て字と見られるが字はそのまま。「力王一王」「六百九十四振」などの読みは当てるほかなく推定を含む。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。