花がたみはながたみ
作詞者・作曲者・初演年不詳 原典の本文の題名「華がた見」

曽我物。花の名所は晴れてゆくのに、思いは晴れぬまま文を書く女。涙に化粧の剥げる「けはい」に化粧坂を掛け、雨の夜の思い出をたどって、結びに「曽我を御無事と祈りまゐらせ候かしく」と、兄弟の無事を祈る文の体で納める。
あらすじ
花曇りののちは晴れてゆく、その名所の花は咲くけれど、わたしの思いのほうは真澄鏡のように曇りがち。心は二つに割れて、身はひとつきり。それゆえ言い訳を書きつける墨に筆の命毛を浸し、今宵かぎりと悟りはするけれど、涙に化粧も剥げてしまう——その「けはい」に化粧坂を掛けて。少将の、あの夜の雨。雨の降る夜はひとしお懐かしい。風の便りに聞く曽我の里を案じ暮らして、夜が明けても言葉には出せぬ思いのまま——返す返すも、曽我のお方がご無事であるようにと祈り申しあげます。かしく。
詞章と現代語訳
花曇りの後は晴れ行く名所の、花は咲けども、わしや思ひの真澄鏡、曇りがちなるをんなぎの、心は二つ身は一つ
花曇りののちは晴れてゆく——その名所の花は咲くけれど、わたしの思いのほうは真澄鏡のように曇りがち。心は二つに割れて、身はひとつきりよ。
なれば言ひ訳する墨に、筆の命毛今宵限りと悟れども
それゆえ、言い訳を書きつける墨に筆の命毛を浸して、今宵かぎりと悟りはするけれど。
涙に剥げし化粧坂、少将の夜の雨、降る夜はひとしほ懐かしや
涙に化粧も剥げてしまう——その「けはい」に化粧坂を掛けて。少将の、あの夜の雨。雨の降る夜は、ひとしお懐かしいことよ。
風の便りに曽我の里、案じ暮らしてゐるさの障子、明けて言はれぬ言の葉に
風の便りに聞く曽我の里。案じ暮らしている、その障子のうち。夜が明けても、言葉には出せぬ思いのままに。
返す返すも曽我を御無事と祈りまゐらせ候ふかしく
返す返すも、曽我のお方がご無事であるようにと祈り申しあげます。かしく。
詞章は『徳川文芸類聚』第十 俗曲下 所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。原典は目次の題名を「花がたみ」、本文の題名を「華がた見」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
「花筐」は花を摘んで入れる籠。
「真澄鏡」は曇りのない澄んだ鏡。ここは「曇りがち」と続けて、心の晴れぬさまをいう。
「命毛」は筆の穂先の中心にある、いちばん長い毛。
「涙に剥げし」は涙で化粧が剥げること。その「けはい」に地名の化粧坂を掛ける。原典は「はげし」「けはひ坂」と総かなで書く。
「少将」は化粧坂の少将。曽我五郎の恋人とされる遊女で、前句の化粧坂と続けて読める。
結びの「かしく」は女文(女性の手紙)の結語。この曲は曽我の身を案じて書き送る文の体をとって納める。
「をんなぎ」「ゐるさの障子」は語義が定かでないため原典のままとした。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。