粂太郎石橋くめたらうしやつきやう
長唄 作詞者・作曲者・初演年不詳

石橋物。天地開闢・妹背の国の祝言に起こし、いざなみ・いざなぎを波と渚に言い掛けて、比翼の鳥の妹背ごとへ。中ほどは謡曲『松風』の汐汲みの段を取り込み、桶に月を汲む哀れから、一転して難波東堀のお染久松の祭文、忍び車・車井戸の車尽くし、班女が閨の花扇の扇尽くしと廓の口説きになる。さらに雁金文七と傾城清川の掛け合いから雁金五人男の名寄せ、壬生や千本の花の盛りと進み、結びは謡曲『石橋』により、獅子団乱旋の舞楽、牡丹芳牡丹芳と囃す獅子の狂いで、獅子の座にこそ直りけれ、と納める取り合わせ物。
あらすじ
天地の開けて妹背の国。とつじをしらす関もいや。いざなみ——いざ波が寄れば、いざなぎ——いざ渚。道を教えの神の国、山川草木、海山も。鉾の滴りは恋の種、迷う輪廻も恋ぞかし。浜の真砂にひらりひらり、さっと引く波、浮洲の岩に羽を休める、比翼の鳥の妹背ごと。げにや、浮世の業ながら、ことに拙い海人小舟。渡りかねる夢の世に住むと言おうか。泡沫の汐汲み車、寄る辺ない身は海人の袖、ともに思いを干そうよ、この心。よしそれとても、女車で灘の潮を汲む憂き身よと、人には誰か——黄楊の小櫛、さし来る潮を汲み分けて、見れば月こそ桶にある。これにも月が入っているよ。うれしや、これにも月がある。月は一つ、影は二つ、満つ潮の。夜の車に月を載せて、憂しとも言わぬ潮路であるよ。これは、なつかしい君がここに。須磨の浦曲の松の行平。立ち帰って来たなら、わたしも木蔭に。いざ立ち寄って、磯馴松のなつかしや。(祭文)所は難波の東堀。聞いて噂もその昔。一人娘にお染とて、年も二八の細眉に、店の子飼いの久松と、忍び忍びの「ねあぶら」に、親たちは夢にも「しらしぼり」。今日生玉へ参るのも、そなたに話すことがあるから。わしも嫁入りが腹が立つ。これ、人が聞こうに、気を静めや。思い合うた星のふち。おれとそなたは忍び車や松風車。風に香のある梅見の車。くんくんくん、車井戸。どちらも深い、つんつん釣瓶の、濡れ濡れ初めし、やるかたもない小車の。今宵、扇のナア、要の契り。手にくるくると日照り傘。笠を召そうなら加賀の扇笠。扇車や、班女が閨の花扇。風にひらひら散るか、桜の嵐。木枯らしは避けて吹け。日ごろはよそに見たまま止むのだろうか、葛城の神の誓いよ。見事見事へ。(文七節)好いた喧嘩にゃ夜も日も分かぬ。阿波座烏の声もろともに、渡る雁金文七こそは。清川連れて出小舟、出入りする気も、色には繋ぐ。一度死んだらままよ、さあ。(清川)申し、文様。いつぞはわしが、祝おう祝おうと思うていたが。(文七)はて、かしましい。そりゃ何じゃ。(清川)そもそも、喧嘩は人間のする業か。(文七)また、くどくどと、聞きとうもない。(清川)やめてくだんせ、文様と、女心のはかなさは。連れ添う夫の身の行方、案じわずらう気配りは、流れの身には類のない。強い強いと褒めそやされて。差した尺八、大脇差の男一流、雁金文七。いかな夜も日も雷庄九郎。いつの喧嘩も相槌打ちの千右衛門。安の仁王が平右衛門。笑う笑顔は布袋次右衛門。五人男と名の立つに、さあ。綾取るな、綾取るな。壬生や千本の花の盛りはござんせ。花の盛りはナア、盛りは花の、おてひきようて。嵐山、かざいとはできた山。吉野初瀬の花の吹雪が、散るは散るは、散り来るの。如月弥生も花の袖、袖を連ねて。押せ押せ、よいよいよい、させんとひ。色めく花の面白や。しばらく待たせ給えや。影向の時節も今幾ほどに、よもや過ぎまい。獅子団乱旋の舞楽のみぎん、牡丹の花房匂い満ち、大巾利巾の獅子頭。打てや囃せや、牡丹芳、牡丹芳。黄金の蕊現れて、花に戯れ、枝に臥し転びて、げにも上ない獅子王の勢い。靡かぬ草木もない時なれや。万歳千秋と舞い納め、舞い納め、獅子の座にこそ直ったのである。
詞章と現代語訳
「天地のひらけていもせ国。とつじをしらすせきもいや。
天地の開けて妹背の国。とつじをしらす関もいや。
「いざなみよればいざなぎさ道をおしへの神の国さんせんさうもく海山も。ほこのしたゞり恋のたねまよふりんゑも恋ぞかしはまのまさごにひらりひらりさつとひくなみうきすの岩に羽をやすめ。ひよくの鳥のいもせごと
いざなみ——いざ波が寄れば、いざなぎ——いざ渚。道を教えの神の国、山川草木、海山も。鉾の滴りは恋の種、迷う輪廻も恋ぞかし。浜の真砂にひらりひらり、さっと引く波、浮洲の岩に羽を休める、比翼の鳥の妹背ごと。
げにやうき世のわざながらことにつたなきあまをぶねわたり兼たる夢の世にすむとやいはんうたかたのしほくみ車よるべなき身は海士人の袖ともに思ひをほさん心かなよしそれとても女ぐるまの灘の潮くむうき身ぞと人にはたれかつげのくしたしくるしほをくみ分て〔上〕みれば月こそおけにあれ是にも月の入たるやうれしやこれも月の有
げにや、浮世の業ながら、ことに拙い海人小舟。渡りかねる夢の世に住むと言おうか。泡沫の汐汲み車、寄る辺ない身は海人の袖、ともに思いを干そうよ、この心。よしそれとても、女車で灘の潮を汲む憂き身よと、人には誰か——黄楊の小櫛、さし来る潮を汲み分けて、見れば月こそ桶にある。これにも月が入っているよ。うれしや、これにも月がある。
「月は一つかげは二つみつしほのよるの車に月をのせて
月は一つ、影は二つ、満つ潮の。夜の車に月を載せて。
うしともいはぬしほぢかなこれはなつかしきみこゝに
憂しとも言わぬ潮路であるよ。これは、なつかしい君がここに。
「すまのうらはの松の行平立かへりこばわれもこかげにいざ立寄てそなれまつのなつかしや
須磨の浦曲の松の行平。立ち帰って来たなら、わたしも木蔭に。いざ立ち寄って、磯馴松のなつかしや。
「所は難波のひがし堀聞てうはさもその昔ひとり娘におそめとて年も二八の細まゆに内のこがひの久松と忍び忍びのねあぶらにおやたち夢にもしらしぼりけふ生玉へまいるのもそなたに咄すことが有るわしもよめりがはらが立つこれ人がきかふに気をしづみや思ひあふたる星のふち
所は難波の東堀。聞いて噂もその昔。一人娘にお染とて、年も二八の細眉に、店の子飼いの久松と、忍び忍びの「ねあぶら」に、親たちは夢にも「しらしぼり」。今日生玉へ参るのも、そなたに話すことがあるから。わしも嫁入りが腹が立つ。これ、人が聞こうに、気を静めや。思い合うた星のふち。
「おれとそなたは忍び車や松風車風に香の有る梅見の車くんくんくん車井戸どちらもふかいつんつんつるべのぬれぬれそめしやるかたもなき小車のへ
おれとそなたは忍び車や松風車。風に香のある梅見の車。くんくんくん、車井戸。どちらも深い、つんつん釣瓶の、濡れ濡れ初めし、やるかたもない小車の。
こよひ扇のナアかなめのちぎり手にくるくると日でりがさ。笠をめそならばかゞのあふぎ笠あふぎ車やはん女が閨の花扇風にひらひら散かさくらの嵐木枯よきてふけひごろはよそに見てややみなんかづらきの神のちかひや見ごと見ごとへ
今宵、扇のナア、要の契り。手にくるくると日照り傘。笠を召そうなら加賀の扇笠。扇車や、班女が閨の花扇。風にひらひら散るか、桜の嵐。木枯らしは避けて吹け。日ごろはよそに見たまま止むのだろうか、葛城の神の誓いよ。見事見事へ。
「すいたけんくわにや夜も日もわかぬ。あわざがらすの声もろ共に。わたるかりがね文七こそは。きよ川つれて出をぶね出入する気もいろにはつなぐ。一どしんだらまゝよさア〔清川フウ〕まうしふみさまいつぞはわしが。いはふいはふとおもふてゐたが〔文七フウ〕はてかしましい。そりやなんじや〔清川〕そもやけんくわはにんげんわざか〔文七〕またくどくどときゝともない
好いた喧嘩にゃ夜も日も分かぬ。阿波座烏の声もろともに、渡る雁金文七こそは。清川を連れて出小舟、出入りする気も、色には繋ぐ。一度死んだらままよ、さあ。(清川)申し、文様。いつぞはわしが、祝おう祝おうと思うていたが。(文七)はて、かしましい。そりゃ何じゃ。(清川)そもそも、喧嘩は人間のする業か。(文七)また、くどくどと、聞きとうもない。
「やめてくだんせふみさまと女ごころのはかなさは。つれそふおつとの身のゆくゑあんじわづらふきくばりは。ながれの身にはたぐひなき
やめてくだんせ、文様と、女心のはかなさは。連れ添う夫の身の行方、案じわずらう気配りは、流れの身には類のない。
つよいつよいほめそやされて。さいたしやくはち大わきざしのおとこいちりうかりがね文七。いかな夜もひもかみなりしやう九郎。いつのけんくわもあいづちうちのせん右衛門。あんの二わうが平ゑもん。わらふゑがほは。ほていぢゑもん。五にんおとこと名のたつにサア
強い強いと褒めそやされて。差した尺八、大脇差の男一流、雁金文七。いかな夜も日も雷庄九郎。いつの喧嘩も相槌打ちの千右衛門。安の仁王が平右衛門。笑う笑顔は布袋次右衛門。五人男と名の立つに、さあ。
あやとるなあやとるなみぶやせんぼんのはなのさかりはござんせ。はなのさかりはナアさかりは花のおてひきよふて。あらしやまかざいとはできたやま。よし野はつ瀬のはなのふゞがちるはちるはちりくるの。きさらぎやよひもはなのそでそでをつらねて。おせおせよいよいよいさせんとひ。いろめくはなのおもしろや
綾取るな、綾取るな。壬生や千本の花の盛りはござんせ。花の盛りはナア、盛りは花の、おてひきようて。嵐山、かざいとはできた山。吉野初瀬の花の吹雪が、散るは散るは、散り来るの。如月弥生も花の袖、袖を連ねて。押せ押せ、よいよいよい、させんとひ。色めく花の面白や。
しばらくまたせたまゑや。ゑうがうのじせつもいまいくほどによもすぎじしゝとらでんのぶがくのみぎん。ぼたんのはなぶさにほひみち。たいきんりきんのしゝがしら。うてやはやせやぼたんぼうぼたんぼうこうきのずいきあらわれて花にたはむれゑだにふしまろびてげにもうへなきしゝ王のいきほひなぴかぬくさ木もなき時なれや萬歳千秋とまひおさめまひおさめしゝのざにこそなをりけれ。
しばらく待たせ給えや。影向の時節も今幾ほどに、よもや過ぎまい。獅子団乱旋の舞楽のみぎん、牡丹の花房匂い満ち、大巾利巾の獅子頭。打てや囃せや、牡丹芳、牡丹芳。黄金の蕊現れて、花に戯れ、枝に臥し転びて、げにも上ない獅子王の勢い。靡かぬ草木もない時なれや。万歳千秋と舞い納め、舞い納め、獅子の座にこそ直ったのである。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。とくに「くん」に付く二連の繰り返し記号は「くんくんくん」、「よい」に付く二連の繰り返し記号は「よいよいよい」、「ぼたんぼう」に付く記号は謡曲『石橋』の「牡丹芳牡丹芳」の言い回しに合わせて「ぼたんぼうぼたんぼう」と展開した。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
曲名の「粂太郎」は役者の名を冠したものと見られるが、原典に記載がなく確かめられない。
前半は謡曲『松風』の汐汲みの段による。「人にはたれかつげのくし」は同曲の「人には誰か黄楊の小櫛」の文句、「たしくる」は同曲の「さし来る汐」の言い回しにあたると見られるが、字は原典のまま残した。汐汲みの桶に月を汲む趣向、「月は一つ影は二つ」、須磨の行平の件もみな同曲による。
祭文の段はお染久松もの。所は難波の東堀、油屋の一人娘お染と店の子飼いの久松。「ねあぶら」「しらしぼり」は、油屋にちなんだ油の名を「寝る」「知らぬ」に言い掛けた地口と見られる。お染久松ものは当ライブラリでは常磐津「お光狂乱」にも出る。
文七節以下は上方の侠客、雁金五人男。雁金文七・雷庄九郎・相槌打ちの千右衛門・安の仁王が平右衛門・布袋次右衛門と名を寄せる(名の書き方は原典のまま)。清川は文七と馴染みの傾城。雁金五人男は当ライブラリの「里の雁金」「虚無僧」にも出る。「あわざがらす」は大坂阿波座の烏のことか。「班女が閨の花扇」は捨てられた班女の秋の扇の故事、「かづらきの神」は顔を見せぬ葛城の神の故事による。
結びは謡曲『石橋』の文句による。「ゑうがうのじせつ」は影向の時節、「しゝとらでん」は舞楽の獅子団乱旋、「ぼたんぼう」は牡丹芳、「こうきのずいき」は黄金の蕊。「みぎん」「たいきんりきん」は獅子の舞楽に伴う定型句で、当ライブラリの「望月」「勝三郎連獅子」「正次郎連獅子」にも出る。
「なぴかぬ」は原典の表記のまま(靡かぬの意)。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「とつじをしらすせきもいや」「思ひあふたる星のふち」「はなのおてひきよふて」「かざいとはできたやま」「させんとひ」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。