玉櫛笥寝よとの鐘たまくしげねよとのかね
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

髪を取り上げて解き櫛を入れる手もとから起こし、千々に乱れる涙の梳き櫛、結うに言われぬ根無し草と、髪と心のもつれを重ねる。暮れの鐘を四つ五つと惜しみ、「むべ山風を嵐といふらむ」を引いて、散らば散れかし花ならば、雪の梢は恨むまじと言い切る。後半は絶えぬ涙の遣る方もなく、波に揺らるる淡路島——須磨に通う千鳥の歌を踏んで、胸に迫る別れを言い残し、尽きぬ心を返す返すもと納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
髪取り上げて、解き櫛の。千々に涙の梳き櫛も、結うに言われぬ根無し草。解けぬ思いを、後や先。鏡は「ちゝ」の顔と顔。かわい、かわいと夕暮れの。鐘は惜しみて四つ五つ。むべ山風を嵐とも。散らば散れかし、花ならば。雪の梢は恨むまじ。絶えぬ涙の遣る方も、波に揺らるる淡路島。通うこの身の憂き別れ。胸に迫るを言い残す。尽きぬ心を、返す返すも。
詞章と現代語訳
かみとり
髪、取り——
あげてときぐしの〔合〕
上げて、解き櫛の。
ちぢに涙のすきぐしも、ゆふにいはれぬ
千々に涙の梳き櫛も。結うに言われぬ——
ねなしぐさ〔合〕
根無し草。
とけぬ思ひを
解けぬ思いを。
あとやさき
後や先。
かゞみはちゝのかほとかほ、かわい〔合〕かわいと夕ぐれの
鏡は「ちゝ」の顔と顔。かわい、かわいと夕暮れの。
かねはおしみて
鐘は惜しみて——
四つ五つ、むべやまかぜをあらしとも〔合〕ちらばちれかし花ならば
四つ五つ。むべ山風を嵐とも。散らば散れかし、花ならば。
ゆきのこずゑはうらむまじ
雪の梢は、恨むまじ。
たえぬなみだのやるかたもなみに。ゆらるゝあはぢしま
絶えぬ涙の遣る方も、波に揺らるる淡路島。
かよふこの身のうきわかれ。むねにせまるをいひのこす
通うこの身の憂き別れ。胸に迫るを、言い残す。
つきぬこゝろを。かへすがへすも
尽きぬ心を——返す返すも。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。
原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「玉櫛笥」は櫛を入れる箱。「開く」「蓋」「身」「二上り」などにかかる枕詞でもある。「寝よとの鐘」は寝よと告げる夜の鐘。
「むべやまかぜをあらしとも」は文屋康秀の「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ」(古今集)による。
「あはぢしま」「かよふ」は源兼昌の「淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守」(金葉集)を踏む。
「ねなしぐさ」は根のない浮草。よるべのない身のたとえ。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「かゞみはちゝのかほとかほ」の「ちゝ」(父とも読めるが、前の「ちぢに涙」と重なるため断じきれない)。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。