藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

浜鵆幾世月はまちどりいくよのつき

荻江節  作詞者・作曲者・初演年不詳

浜鵆幾世月 遣り水の盃と松
遣り水の盃と松

梢の色が変わり、みな白妙に移ろう季から起こし、妹背を呼び合う村千鳥に緑を含む万代を寿ぐ。変わらぬ色は松の葉、と久しきためしを言い、昔から今の世まで絶えせぬものは恋という曲者だと転じる。中ほどは独り寝の夜寒の嵐に恋の辛さを託し、紅葉のような顔の小女郎を口説く。後半は心の解き櫛・水櫛・唐櫛と櫛に寄せた掛け合いになり、結びは花も紅葉も色添えて、幾代変わらぬ曲水の数々、めぐる盃の寿ぎで納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。

あらすじ

梢、梢も色変えて、みな白妙に移ろいて。妹背友呼ぶ村千鳥。緑を含む万代や。実に世々ごとに変わらぬ色は松の葉の。梢も茂る、枝葉も栄え、幾代久しきためしかや。昔より今の世までも絶えせぬ物は、恋という曲者。独り寝寂し、夜寒の嵐。さらに恋こそ寝られね。さりとは、さりとは辛気え。顔は紅葉の、あの初心さは口説かぬとても、惚れまいものか。ひんと、しゃんと、かわゆらし。あのや小女郎は、色よい小女郎。こちの男が、てんと、てんと、よい器量ならば、ほんに妻にもなるはずの、縁のあるのを待ち針の。なんぼ男が突き針じゃとて、よその女子にややしょ、まりものか。「よしんせ」の、なんぞいの。ままにならぬは憂き世じゃえ。恋に心はやんれ、乱れば「こかけご」言わずと、ほんに、ほんに、ほんのこと。心解き櫛。人が水櫛差すとも、ままよ。二人連れ立ち、唐櫛差して飛びてばこ、やんれ、それも恋じゃえ。しゃ、ほんに。花も紅葉も色添えて、色添えて、幾代変わらぬ曲水の数々。めぐる盃の寿ぎ祝う、君が代の千代の声々、面白や。

詞章と現代語訳

こずへこずへも〔合〕いろかへてみな白たへにうつろひて〔合〕〔ナゲブシ〕いもせともよぶ〔ナヲス〕村千鳥むらちどり〔合〕みどりをふくむばんよや

梢、梢も色変えて、みな白妙に移ろいて。妹背友呼ぶ村千鳥。緑を含む万代や。

世々よゝごとに〔合〕かはらぬいろまつのはの〔合〕こずへもしげるえだはもさかへいくよひさしきためしかや〔合〕むかしよりいまのまでもたへせぬものこひといへるくせもの〔合〕〔カン〕ひとりねさみしよさむのあらしさらにこひこそねられねさりとはさりとはしんきへ

実に世々ごとに変わらぬ色は松の葉の。梢も茂る、枝葉も栄え、幾代久しきためしかや。昔より今の世までも絶えせぬ物は、恋という曲者。独り寝寂し、夜寒の嵐。さらに恋こそ寝られね。さりとは、さりとは、辛気え。

かほはもみぢのあのしよしんさはくどかぬとてもほれまいものかひんとしやんとかわゆらし〔合〕あのや小女郎こぢよらうは〔合〕いろよい小女郎こぢよらう〔合〕こちのおとこがてんとてんとよいきりやうならばほんにつまにも〔合〕なるはづの〔合〕ゑんのあるのをまちばりの〔合〕なんぼおとこがつきはりじやとてよそのおなごにややしよまりものか〔合〕よしんせのなんぞいのまゝにならぬは〔ヲトシ〕うきよじやヘ

顔は紅葉の、あの初心さは、口説かぬとても惚れまいものか。ひんと、しゃんと、かわゆらし。あのや小女郎は、色よい小女郎。こちの男が、てんと、てんと、よい器量ならば、ほんに妻にもなるはずの、縁のあるのを待ち針の。なんぼ男が突き針じゃとて、よその女子に「ややしょ、まりものか」。「よしんせ」の、なんぞいの。ままにならぬは憂き世じゃえ。

〔ヲドリ〕

こひにこゝろはやんれみだればこかけごいはずとほんにほんにほんのこと〔合〕こゝろときぐし〔カハリ〕ひとがみづぐしさすともまゝよ〔合〕ふたりつれだちたうぐしさしてとびてばこやんれそれもこひじやゑ〔合〕〔ヲトシ〕しやほんに

恋に心はやんれ、乱れば「こかけご」言わずと、ほんに、ほんに、ほんのこと。心、解き櫛。人が水櫛差すとも、ままよ。二人連れ立ち、唐櫛差して「とびてばこ」、やんれ、それも恋じゃえ。「しゃ、ほんに」。

はなももみぢもいろそへていろそへていくかはらぬきよくすいのかずかずめぐるさかづきのことぶきいわふきみがの〔合〕ちよのこゑごゑおもしろや

花も紅葉も色添えて、色添えて、幾代変わらぬ曲水の数々。めぐる盃の寿ぎ祝う、君が代の千代の声々、面白や。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

「はまちどり」は浜千鳥。「いくよのつき」は幾夜の月に幾代を掛ける。

「まちばり」は待ち針、「つきはり」は突き針。裁縫の針の名に「待つ」「突く」を掛けてある。

「ときぐし」「水ぐし」「たうぐし」は櫛の名。解き櫛・水櫛・唐櫛と並べて、心を解く・水を差す(邪魔をする)に言い掛ける。

「きよくすい」は曲水。三月三日に水に盃を流す曲水の宴で、めでたい遊びとして寿ぎに用いる。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ややしよまりものか」、「よしんせのなんぞいの」、「こかけご」、「とびてばこ」、「しやほんに」。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。