藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

正次郎船弁慶しょうじろうふなべんけい

河竹黙阿弥 作詞  三世杵屋正次郎 作曲  明治十八年(一八八五)十一月 新富座初演  新歌舞伎十八番の内  題名『船弁慶』

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正次郎船弁慶 松羽目の静の舞
松羽目の静の舞

能「船弁慶」を長唄に移した松羽目物。九世市川團十郎が静・知盛の二役を勤めて初演した新歌舞伎十八番のひとつで、二世杵屋勝三郎作曲の勝三郎船弁慶とは別の曲。前半は大物の浦での静との別れと烏帽子の舞、なかに船頭の住吉尽くしの船唄をはさみ、後半は知盛の怨霊が長刀をふるって義経に迫るのを、弁慶が数珠を揉んで祈り退ける。

あらすじ

「今日思ひ立つ旅衣、帰洛をいつと定めん」の次第で始まる。武蔵坊弁慶が名乗り、兄頼朝と仲違いした義経が西国下向のため津の国大物の浦へ急ぐ由を述べる。文治の初め、鎌倉殿の疑いも晴れぬ時雨空、一行は大物の浦に着く。弁慶は土地の船長三保太夫に宿と船を頼み、静のお供は世間の聞こえもよろしくないと言上して、義経も心ならずも静を都へ帰すことに決める。使いに立った弁慶を、静ははじめ武蔵の計らいかと恨むが、君の御諚と知って御前に参り、義経から直々に、世に出るまたの時節を待てと諭される。門出の祝儀にと烏帽子を賜わって舞う静は、陶朱公の故事を引き、「唯頼めしめぢが原のさしも草」と行く末を祈り、涙のうちに取りすがる袖を引き分けて、見返り見返り立ち帰る。折から船の用意が整い、名残を惜しむ義経に弁慶は、渡辺福島の船出の昔を引いて乗船を促す。船頭二人は上天気を祝って住吉の神事尽くしの船唄をうたうが、見慣れぬ雲が出て風が変わり、一陣の魔風に高波が立つ。海上には西国で亡びた平家の公達一門が浮かび出で、桓武天皇九代の後胤平の知盛の幽霊が、長刀をふるって義経を海に沈めようと迫る。義経は少しも騒がず現の人に向かうように戦い、弁慶は中を押し隔てて、打物わざでは叶うまいと数珠をさらさらと押し揉み、五大明王に祈り祈って悪霊を退ける。怨霊はまた引き潮にゆられ流れて、あとは白波となったのであった。

詞章と現代語訳

〔次第〕

けふ思おもひ立たつ旅衣たびごろも、けふ思ひ立つ旅衣、帰洛きらくをいつと定さだめん。

今日思い立って旅の衣に身を包む。今日思い立って旅の衣に身を包む。都へ帰る日を、いつと定めればよいのだろうか。

〔弁慶・名ノリ〕

かやうに候さふらふ者ものは、西塔さいたふの傍かたはらに住すまひする、武蔵坊弁慶むさしばうべんけいにて候さふらふ。

これに控えます者は、比叡山西塔のほとりに住まいする武蔵坊弁慶でございます。

さても我わが君きみ判官殿はうぐわんどのは、頼朝よりともの御代官おんだいくわんとして平家へいけの一門いちもん滅ほろぼしたまひ、御兄弟ごきやうだいの御中おんなか日月じつげつの如ごとく御座ござあるべきを、言いひがひなき者ものの讒言ざんげんに依より、遂つひに御仲おんなか違たがはれしこと、返かへすがへすも口惜くちをしき次第しだいなり。

さて、わが君判官義経殿は、頼朝公の御代官として平家の一門を滅ぼされ、御兄弟の仲は日と月のごとくあるべきでしたのに、取るに足らぬ者の讒言によって、ついに御仲違いなされたことは、返すがえすも口惜しい次第です。

然しかれども我わが君きみは、親兄しんけいの情じやうを重おもんじたまひ、一先ひとまづ都みやこをお開ひらきなされ、西国さいこくの方かたへ御下向ごげかうありて御身おんみに誤あやまりなきことを御歎おんなげきあるべき為ため、御乗船ごじようせんあらんとて、津つの国くに尼あまヶ崎さき大物だいもつの浦うらへと急いそぎ候さふらふ。

しかしわが君は兄君への情を重んじられ、ひとまず都を退かれ、西国へ下向して身に誤りのないことを訴えられるおつもりで、御乗船なさろうと、津の国尼ヶ崎、大物の浦へと急がれるのです。

〔唄〕

頃ころは文治ぶんぢの初はじめつかた、鎌倉殿かまくらどのの疑うたがひも、晴はれぬ時雨しぐれの両催あまもよひ、袖そでさへ重おもく都みやこをば傾かたぶく御運ごうんに落方おちかたの、月つきもろともに西にしの空そら、身みは雲水うんすゐの定さだめなく潮うしほも波なみも打寄うちよする、大物だいもつの浦うらに着つきにけり。

頃は文治の初めのこと。鎌倉殿の疑いも晴れぬまま、時雨の空模様に袖も重く、都を落ちる御運は傾く月とともに西の空へ。身は行く雲、流れる水のように定めなく、潮も波も打ち寄せる大物の浦に着いたのであった。

〔弁慶〕

御急おんいそぎありし程ほどに、是これは早はや津つの国くに大物だいもつの浦うらへ御着おんちやくなり。

「お急ぎになりましたので、ここは早くも津の国大物の浦へご到着です。」

〔義経〕

弁慶べんけいには路次ろしを案あんじ、一足ひとあし先さきへ赴おもむきしが、嘸さぞ待まち久ひさしきことならん。

「弁慶には道中を案じて一足先に行かせたが、さぞ待ちくたびれたことであろう。」

〔弁慶〕

途中とちゆうで暫しばし休息きうそくなし、只今ただいまこれへ参まゐつて候さふらふ。

「途中でしばし休息をとり、ただいまこれへ参りましてございます。」

〔義盛〕

して弁慶殿べんけいどのには、此この浦うらより、

「して弁慶殿には、この浦から、」

〔有経〕

我わが君きみ西国さいこくへ御下向ごげかうの、

「わが君が西国へ御下向なさる、」

〔景光〕

御船おんふねはいづれへお頼たのみありしか、

「御船はどちらへお頼みになったのか、」

〔弘経〕

御用意ごよういよろしく候さふらふや。

「ご用意はよろしいのでございますか。」

〔弁慶〕

其儀そのぎはお案あんじなさるゝな、某それがし存ぞんぜしものあれば、それへ御船おんふねを頼たのみ申まうさん。

「その儀はご心配なさいますな。それがしに心当たりの者がありますので、そこへ御船を頼みましょう。」

〔義経〕

日ひも晩景ばんけいに及およびたれば、弁慶べんけい早はやく計はからひ候さふらへ。

「日も夕暮れに及んだゆえ、弁慶、早く取り計らってくれ。」

〔弁慶〕

心得こころえ申まうして候さふらふ。

「心得ましてございます。」

〔唄〕

所ところに古ふるき船長せんちやうの、軒端のきばの松まつをしるべにて。

この土地に古くから住む船長の、軒端の松を目じるしに。

〔弁慶〕

いかに、此家このやのうちへ案内あんない申まうし候さふらふ。

「いかに、この家のうちへご案内申す。」

〔船頭三保太夫〕

案内あんないとは、誰たれにて渡わたり候さふらふぞ。

「ご案内とは、どなたでございますか。」

〔弁慶〕

われらは武蔵むさしにて候さふらふ。

「われらは武蔵でござる。」

〔船頭三保太夫〕

いや、武蔵殿むさしどのの御下向ごげかうにて候さふらふか。

「いや、武蔵殿のお下りでございますか。」

〔弁慶〕

さん候さふらふ、我わが君きみ西国さいこく御下向ごげかうにつき、是これまで御供おんとも申まうして候さふらふ、御宿おんやどを申まうされ候さふらへ。

「さようでござる。わが君西国御下向につき、これまでお供して参った。お宿をお願い申す。」

〔船頭三保太夫〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔弁慶〕

御忍おしのびの御旅行ごりよかうなれば、万端ばんたんに心こころを附つけ、御乗船ごじようせんをも頼たのみ申まうす。

「お忍びのご旅行ゆえ、万事に心を配り、御乗船のこともお頼み申す。」

〔船頭三保太夫〕

心得こころえ申まうして候さふらふ、随分ずゐぶん足早あしばやき船ふねの候さふらへば、御用ごよう次第しだいに出いだし申まうさん。

「心得ましてございます。なかなか足の早い船がございますので、御用次第にお出しいたしましょう。」

〔唄〕

いざ先まづ是これへと船長せんちやうの、詞ことばに人々ひとびと席せきに着つき、弁慶べんけい君きみに打うち向むかひ。

「いざ、まずこれへ」という船長の言葉に、人々は席に着き、弁慶は君に向かって。

〔弁慶〕

いかに、我わが君きみへ申まうし上あげ候さふらふ。

「いかに、わが君へ申し上げます。」

〔義経〕

何事なにごとにて候さふらふぞ。

「何事であるか。」

〔弁慶〕

此度このたび西国さいこく御下向ごげかうは、御忍おしのびの旅行りよかうなり、静しづか御供おんともいたし候さふらふは、何なにとやらん似合にあはしからず、世よの人口じんこうも候さふらへば、是これより都みやこへ御返おんかへしあつて然しかるべく存ぞんじ候さふらふ。

「このたびの西国御下向はお忍びの旅でございます。静がお供いたしますのは、何とやら似合わしくなく、世間の口の端にものぼりますれば、ここから都へお帰しになるのがよろしいかと存じます。」

〔義経〕

静しづかを都みやこへかへせとや。

「静を都へ帰せと申すか。」

〔義盛〕

是これは武蔵殿むさしどのの言いはるゝ通とほり、

「これは武蔵殿の言われる通り、」

〔有経〕

御身おんみに曇くもりあらざれど、

「御身に曇りはございませぬが、」

〔景光〕

鎌倉殿かまくらどのの御疑念ごぎねん晴はれず、

「鎌倉殿のご疑念は晴れず、」

〔弘経〕

今いまは日蔭ひかげの御身おんみなり。

「いまは日陰の御身でございます。」

〔弁慶〕

御謹おんつつしみあつて静しづかをば、疾とく疾とく都みやこへ御返おんかへしあれ。

「お謹みなされて、静を疾く疾く都へお返しなされませ。」

〔義経〕

我われも左様さやう存ぞんぜしかど、慕したひ来くるが不便ふびんさに心こころならずも伴ともなふなり、今いま方々かたがたの意見いけんにつき、静しづかを都みやこへかへし申まうさん。弁慶べんけいよしなに計はからひ候さふらへ。

「わたしもそう思っていたが、慕って来るのが不憫さに、心ならずも連れて来たのだ。いま方々の意見もあることゆえ、静を都へ帰すことにしよう。弁慶、よきに計らってくれ。」

〔弁慶〕

畏かしこまつて候さふらふ。これより静しづかが旅宿りよしゆくへ参まゐり、此由このよし申まうさうずるにて候さふらふ。いかに此家このやのうちに静しづかの渡わたり候さふらふか、我わが君きみよりの御使おんつかひに、武蔵むさしがこれへ参まゐりて候さふらふ。

「かしこまってございます。これより静の旅宿へ参り、この由を申しましょう。——いかに、この家のうちに静どのはおいでか。わが君よりのお使いに、武蔵がこれへ参ってござる。」

〔唄〕

音おとなふ聲こゑに寒菊かんぎくの、替かはる姿すがたも香かは失うせぬ、判官殿はうぐわんどのの愛妾あいせふ、静しづかは門かどへ立たち出いでゝ。

訪う声に、寒菊のように姿は変わっても香は失せぬ、判官殿の愛妾静は、門へ立ち出でて。

〔静〕

あら、思おもひ寄よらずや武蔵殿むさしどの、何なんのお使つかひにて候さふらふぞ。

「あら、思いがけない武蔵殿。何のお使いでございますか。」

〔弁慶〕

されば餘よの儀ぎに候さふらはず、我わが君きみの御諚ごぢやうには、これまで遙々はるばる参まゐられしが、以前いぜんの恩おんを失うしなはず、いと神妙しんべうなる事ことながら、西国さいこく下向げかうも忍しのびの旅中りよちゆう、長ながく波濤はたうを伴ともなはんこと、世よの人口じんこう然しかるべからず、されば是これより都みやこへ、早々さうさう御帰おんかへりあれとの御事おんことなり。

「されば余の儀ではござらぬ。わが君の御諚には——これまではるばる参られたこと、以前の恩を忘れず、まことに神妙なことながら、西国下向も忍びの旅の中、長く波濤を共にすることは世間の聞こえもよろしくない。されば、これより都へ早々にお帰りあれ、との御事でござる。」

〔静〕

これは思おもひもよらぬ仰おほせかな、いづくまでも我わが君きみの、御供おんともとこそ思おもひしに。

「これは思いもよらぬ仰せです。どこまでもわが君のお供と思っておりましたのに。」

〔唄〕

頼たのみても猶なほ頼たのみなき、人ひとの心こころを如何いかにせん。

頼みにしても、なお頼みにならない人の心を、どうすればよいのだろう。

〔弁慶〕

其その仰おほせは尤もつともなれど、御返事おんへんじは何なにと申まうすべきぞ。

「その仰せはもっともながら、お返事は何と申し上げるべきか。」

〔静〕

かやうにわらは御供おんとも申まうし、御返事おんへんじは君きみの御大事おんだいじになり候さふらへば、如何いかにも留とどまり申まうすべし。

「このようにわたくしがお供を願い、お返事のことが君の御大事になりますのなら、いかようにも留まりましょう。」

〔弁慶〕

あら事々ことごとしや、御大事おんだいじまではあるまじく、唯ただ御留おんとどまりが肝要かんえうにて候さふらふ。

「あら大げさな。御大事とまではなりますまいが、ただお留まりになることが肝要でござる。」

〔唄〕

斯かくもつれなき計はからひは、武蔵むさしが業わざと思おもふより。

こうもつれない取り計らいは、武蔵のしわざと思うから。

〔静〕

此この御返事おんへんじはわらはより、直々ぢきぢき君きみへ申まうし上あげん。

「このお返事はわたくしから、直々に君へ申し上げましょう。」

〔弁慶〕

それは兎とも角かくいたされよ、さらば伴ともなひ申まうすべし。

「それはともかくもなさるがよい。さらばお連れ申そう。」

〔唄〕

いざ疾とく疾とくと弁慶べんけいは、静しづかを御前ごぜんへ伴ともなうて。

いざ早く早くと弁慶は、静を御前へ連れて行き。

〔弁慶〕

いかに申まうし上あげ候さふらふ、静しづかの御参おんまゐりにて候さふらふ。

「いかに申し上げます。静どののお越しでございます。」

〔義経〕

なに、静しづかがこれへ参まゐりしとか。

「なに、静がこれへ参ったとか。」

〔弁慶〕

いざいざ、これへ進すすまれよ。

「いざいざ、これへお進みなされ。」

〔義経〕

いかに静しづか、われ兄あにの疑うたがひ受うけ、はるばる東あづまへ下くだりしも、一度いちどの対面たいめんあらずして、腰越こしごえよりして追おひ帰かへされ。

「いかに静。わたしは兄の疑いを受け、はるばる東へ下ったが、一度の対面もかなわず、腰越から追い返され。」

〔静〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔唄〕

今いま落人おちうどの身みとなりて、指さす方かたもなく西国さいこくへ落行おちゆくわれを遙々はるばると、これまで送おくり来きたりしは。

いまは落人の身となって、あてどもなく西国へ落ちて行くわたしを、はるばるここまで送って来てくれたことは。

〔義経〕

返かへすがへすも神妙しんべうなり、いづくまでもと存ぞんずれど、是これより遠とほき波濤はたうを越こえ、伴ともなはんこと世上せじやうの聞きこえ、落人おちうどの身みに然しかるべからず、先まづ此このたびは都みやこへかへり、此この義経よしつねが世よに出いるまたの時節じせつを待まち候さふらへ。

「返すがえすも神妙である。どこまでもと思うけれど、これから遠い波濤を越えて連れて行くことは世間の聞こえもあり、落人の身にふさわしくない。まずこのたびは都へ帰り、この義経が世に出るいつかの時節を待っていてくれ。」

〔静〕

さてはわらはに此所このところより、都みやこへ帰かへれと仰おほせありしは、君きみの御諚ごぢやうで候さふらひしか、それと知しらねば、問とふも憂うし問とはぬも辛つらし武蔵殿むさしどのの、計はからひなりと思おもひしゆゑ、よしなき人ひとを恨うらみしは、面おもなき事ことにて候さふらふぞや。

「さては、わたくしにここから都へ帰れとの仰せは、君の御諚でございましたか。それと知らず、問うのも憂く問わぬのも辛い武蔵殿のお計らいと思って、いわれもない人を恨んだのは、面目ないことでございました。」

〔弁慶〕

いやいやそれは苦くるしからず、情なさけなく帰かへれと仰おほせあるも、唯ただ人口じんこうを憚はばかるゆゑ、御心おんこころまで移うつり行ゆく。

「いやいや、それは苦しゅうない。情なく帰れと仰せられるのも、ただ世間の口を憚るゆえのこと。お心まで移り変わったのではござらぬ。」

〔唄〕

秋あきとなる思おもひたまふぞと、あらきの真弓まゆみ引ひきかへて、慰なぐさむること哀あはれなり。

お心が飽きに変わったのだと思いなさるなと、荒木の真弓を引きかえるように思い直させて、慰めるさまもあわれである。

〔唄〕

野邊のべに残のこりし穂芒ほすすきの、露つゆ重おもげなる風情ふぜいなり。

野辺に残った穂すすきが、露に濡れて重たげにうなだれる、そのような風情である。

〔静〕

いや、兎とに角かくに数かずならぬ、身みには恨うらみのなけれども。

「いえ、とにかく物の数にも入らぬこの身には、恨みなどございませぬが。」

〔唄〕

これは船路ふなぢの門出かどでに、餘所よそに心こころは波風なみかぜの、静しづかを止とどめたまふかと、涙なみだを流ながしゆふ幣しでの、かけて變かはらじと契ちぎりしことも定さだめなや、誠まことにこれは別わかれよりまさる憂うき身みの悲かなしさを、歎なげく心こころのやるせなき。

これは船路の門出に心を波風にたとえ、静を留めなさるのかと涙を流す。木綿幣にかけて変わるまいと契ったことも定めないもの。まことにこれは別れにもまさる憂き身の悲しさを、嘆く心のやるせなさよ。

〔唄〕

名残なごりを惜をしむ愛情あいじやうの、深ふかきを君きみも察さつしたまひ。

名残を惜しむ愛情の深さを、君も察しなされて。

〔義経〕

暫しばしなりとも別わかれゆゑ、静しづかに盃さかづきすゝめ候さふらへ。

「しばしとはいえ別れゆえ、静に盃をすすめてくれ。」

〔四人〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔唄〕

従者じゆうしやは心得こころえ取とりあへず、千代ちよも替かはらぬ土器かはらけに、妹脊いもせはなれぬ一対いつつゐの、瓶子へいじを添そへて捧ささぐれば。

従者は心得て、とりあえず千代も変わらぬ土器の盃に、妹背の離れぬ一対の瓶子を添えて捧げれば。

〔弁慶〕

実げに実げにこれは御門出おんかどでの行末ゆくすゑ千代ちよぞと、菊きくの盃さかづき、静しづかにこそはすゝめけり。

「げにげに、これは御門出の行く末千代までも」と、菊の盃を静にすすめるのであった。

〔静〕

わらはは君きみの御別おんわかれ、やる方かたなさにかき暮くれて、涙なみだに咽むせぶばかりなり。

「わたくしは君とのお別れの、やる方なさに心もかき暮れて、涙にむせぶばかりでございます。」

〔弁慶〕

御歎おんなげきは理ことわりなれど、旅たびの船路ふなぢの門出かどでの和歌わか、これにて一指ひとさし御舞おんまひ候さふらへ。

「お嘆きはごもっともながら、旅の船路の門出の和歌、これにてひと差しお舞いなされ。」

〔静〕

さては拙つたなき静しづかが舞まひを、

「さては、つたない静の舞を、」

〔義経〕

門出かどでの祝儀しうぎ所望しよまういたす。

「門出の祝儀に所望いたす。」

〔義盛〕

我わが君きみよりの御諚ごぢやうなれば、

「わが君よりの御諚なれば、」

〔有経〕

猶豫いうよあらせず此場このばにて、

「猶予なさらず、この場にて、」

〔景光〕

静しづかどのには門出かどでを祝しゆくし、

「静どのには門出を祝し、」

〔弘経〕

疾とく疾とく一指ひとさし、

「早く早く、ひと差し、」

〔四人〕

御舞おんまひ候さふらへ。

「お舞いなされませ。」

〔静〕

我わが君きみよりの御所望ごしよまうなれば、いかで違背ゐはい申まうすべき。

「わが君よりのご所望とあれば、どうして背きましょう。」

〔弁慶〕

幸さいはひ烏帽子えぼしの候さふらへば、静しづかはこれを召めされ候さふらへ。

「幸い烏帽子がございますので、静どのはこれをお召しなされ。」

〔唄〕

静しづかは賜たまはる烏帽子えぼしをつけ、扇あふぎを取とりて立たちあがり、時ときの調子てうしを取とりあへず。

静は賜わった烏帽子をつけ、扇を取って立ち上がり、折にかなった調子を取るや否や。

〔朗詠〕

渡江とかうの郵船いうせんは風かぜ静しづまつて出いづ、波濤はたうの謫所たくしよは日ひ晴はれて見みゆ。

江を渡る便りの船は、風が静まって出てゆく。波濤のかなたの流謫の地は、日が晴れて見える。

〔唄〕

立たち舞まふべくもあらぬ身みの、袖そで打うちふるも恥はづかしや。

立って舞えるような心地でもないこの身が、袖を打ち振るのも恥ずかしいこと。

〔唄〕

かこつ涙なみだに思おもはずも、烏帽子えぼしを落おとし打うち沈しづめば。

かこつ涙に思わず烏帽子を落とし、打ち沈んでしまえば。

〔義経〕

過すぎし折をり堀川ほりかはにて、そちが謡うたひし都名所みやこめいしよ、あの今様いまやうを舞まひ候さふらへ。

「過ぎし折、堀川でそちが謡った都名所、あの今様を舞ってくれ。」

〔静〕

君きみの御諚ごぢやうに候さふらへば。

「君の御諚でございますれば。」

〔弁慶〕

猶豫いうよいたさず、

「猶予なさらず、」

〔四人〕

御舞おんまひ候さふらへ。

「お舞いなされませ。」

〔今様〕

春はるの曙あけぼの白々しらじらと雪ゆきと御室おむろや地主ぢしゆ初瀬はつせ、花はなの色香いろかに引ひかされて盛さかりを惜をしむ諸人もろびとが、散ちるをば厭いとふ嵐山あらしやま、花はなも青葉あをばの夏木立なつこだち、茂しげる鞍馬くらまの山越やまごえて、鳴ないて北野きたのの時鳥ほととぎす。

春の曙は白々と、雪かと見える花の御室や地主の桜、初瀬の山。花の色香に引かれて盛りを惜しむ人々が、散るのを厭う嵐山。花も青葉の夏木立となり、茂る鞍馬の山を越えて、鳴くのは北野の時鳥。

〔今様〕

糺ただすの森もりに秋立あきたちて涼すずしき風かぜに乙女子をとめごが、手振てぶりやさしき七夕たなばたの都踊みやこをどりのとりなりは、其名そのな高雄たかをや通天つうてんの紅葉もみぢ恥はづかし紅模様べにもやう、野邊のべの錦にしきも冬枯ふゆがれて、竹たけも伏見ふしみの白雪しらゆきに、宇治うぢの網代あじろの川かは寒さむみ、あさる千鳥ちどりの音ねを鳴なきつれて、吹雪ふぶきに交まじり立舞たちまふも、あしたまばゆき朝日山影あさひやまかげ。

糺の森に秋が立ち、涼しい風に乙女らが手ぶりもやさしく舞う七夕の都踊りの装いは、その名も高雄や通天の紅葉も恥じらう紅模様。野辺の錦も冬枯れて、竹も伏見の白雪に、宇治の網代の川は寒く、餌をあさる千鳥が声を鳴き交わし、吹雪に交じって立ち舞うのも、朝まばゆい朝日山の影。

〔静〕

静しづかは別わかれの惜をしまれて。

静は別れが惜しまれて。

〔唄〕

思おもへば昔むかし陶朱公たうしゆこうが会稽山くわいけいざんに立籠たてこもり、呉王ごわうを亡ほろぼし勾践こうせんの恥辱ちじよくを雪すすぎ本望ほんまう遂とげ、天てんの道みちを心得こころえて小船をぶねに棹さをさし五湖ごこを渡わたり、遠とほき島根しまねに楽たのしみしとか。

思えば昔、陶朱公は会稽山に立て籠もり、呉王を亡ぼして勾践の恥辱をすすいで本望を遂げ、天の道をわきまえて小船に棹さし五湖を渡り、遠い島で楽しんだという。

〔唄〕

かゝる例ためしも有明ありあけの、月つきの都みやこをふり捨すて、御身おんみの科とがのなきよしを歎なげきたまはゞ、兄あにも遂つひには靡なびく青柳あをやぎの、枝えだを連つらぬる御契おんちぎり、などかは朽くちし果はつべきぞ。

このような先例もあるのだから、有明の月の都をふり捨てて、御身に科のないことを訴えなされば、兄君もついには靡く青柳のように、枝を連ねる御契り、どうして朽ち果てることがありましょう。

〔唄〕

唯ただ頼たのめ唯ただ頼たのめ、しめぢが原はらのさしも草ぐさ、我わが世よの中なかにあらん限かぎりは。

「ただ頼め、ただ頼め。しめじが原のさしも草、わが世の中にあらん限りは」——ただひたすらに頼みなさいと。

〔唄〕

斯かく尊詠そんえいの徧たよりならば、やがてぞ御代みよに出船いでふねの、時刻じこくに立出たちいる船長せんちやうが。

このように尊い歌のお告げならば、やがて世に出る——その出船の時刻に立ち出た船長が。

〔船頭三保太夫〕

御船おんふねの用意ようい整ととのひ候さふらふ。

「御船の用意が整いましてございます。」

〔義経〕

用意よういよくば乗船じようせんなさん。

「用意がよければ乗船しよう。」

〔弁慶〕

いづれも御供おんともなし候さふらへ。

「方々、お供なされませ。」

〔唄〕

早はや纜ともづなをとくとくと、進すすめ申まうせば判官はうぐわんも。

早く纜を解け解けと促し申せば、判官も。

〔四人〕

心得こころえて候さふらふ。

「心得てございます。」

〔唄〕

旅たびの宿やどりを出いでたまへば。

旅の宿りを出なされば。

〔唄〕

静しづかはたよりなくなくも、また取縋とりすがる君きみが袖そで、さこそと知しれど引分ひきわくる、袂たもとに餘あまる露雫つゆしづく。

静はたよりなく、泣く泣くまた取りすがる君の袖。さぞやと知りながらも引き分ける、袂にあまる涙の露しずく。

〔弁慶〕

名残なごりを惜をしむ静しづかの心中しんちゆう、実げにもと推察すゐさついたせども、最早もはや時刻じこくの移うつりて候さふらふ。

「名残を惜しむ静どのの心中、げにもっともと推察いたすが、もはや時刻が移ってござる。」

〔義盛〕

遅到ちたういたせば出船でふねおくれ、

「遅れれば出船がおくれ、」

〔有経〕

君きみの御為おんためよろしからず、

「君の御為によろしくない、」

〔景光〕

やがて都みやこへ帰かへらせたまへば、

「やがて都へお帰りになるのだから、」

〔弘経〕

再度さいどのお目見得めみえ楽たのしみに、

「再びお目にかかるのを楽しみに、」

〔弁慶〕

とくとく宿やどへ帰かへり候さふらへ。

「早く早く、宿へお帰りなされ。」

〔静〕

あら、是非ぜひもなき事ことにて候さふらふ。

「ああ、是非もないことでございます。」

〔唄〕

翼つばさがはせし妹背鳥いもせどり、枝えだをはなるゝ思おもひにて、名残なごり惜をしげに旅たびの宿やど、見返みかへり見返みかへり立帰たちかへる。

翼を交わした妹背の鳥が、枝を離れるような思いで、名残惜しげに旅の宿へ、見返り見返り立ち帰る。

〔唄〕

跡あと見送みおくりて船長せんちやうが、涙なみだを拭ぬぐひ立出たちいでて。

その後ろ姿を見送って、船長が涙をぬぐって立ち出でて。

〔船頭三保太夫〕

さてもさても、静しづかの御有様おんありさまを見申みまうして、思おもはず落涙らくるゐいたして候さふらふ。我わが君きみ西国さいこく御下向ごげかうを、いづくまでも御供おんともなさんと申まうさるゝも御尤ごもつとも、また世上せじやうの人口じんこうを思召おぼしめされ、御帰おんかへしあるも御尤ごもつとも、双方さうはうともに御尤ごもつともに候さふらふ。如何いかに武蔵殿むさしどのへ申まうし候さふらふ。

「さてもさても、静どののご様子を拝見して、思わず落涙いたしました。わが君の西国御下向をどこまでもお供したいと申されるのもごもっとも、また世間の口をお考えになってお帰しになるのもごもっとも、双方ともにごもっともでございます。——いかに、武蔵殿へ申し上げます。」

〔弁慶〕

何事なにごとにて候さふらふぞ。

「何事でござるか。」

〔船頭三保太夫〕

只今ただいま静しづかの御歎おんなげきに、我等われらも落涙らくるゐいたして候さふらふ。

「ただいまの静どののお嘆きに、われらも落涙いたしましてございます。」

〔弁慶〕

さては、其方そのはうも見申みまうされしか、誠まことに哀あはれなることにて候さふらふ。されども同道どうだうなりがたければ、静しづかを帰かへし候さふらひて、君きみには一先ひとまづ西国さいこくへ、御下向ごげかうあらせらるゝなり。用意よういはよろしく候さふらふや。

「さては、そのほうも見ておられたか。まことに哀れなことでござる。されども同道はなりがたいゆえ、静を帰して、君にはひとまず西国へ御下向あそばされるのだ。用意はよろしいか。」

〔船頭三保太夫〕

足強あしづよき船ふねを用意よういいたし、我等われら楫取かぢとり仕つかまつり候さふらふ。

「足の強い船を用意いたし、われらが楫を取ってございます。」

〔弁慶〕

それは近頃ちかごろの事ことにて候さふらふ、急いそぎ船ふねを出いださうづるにて候さふらふ。

「それは何よりのことでござる。急ぎ船を出そうぞ。」

〔船頭三保太夫〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔義盛〕

武蔵殿むさしどのへ申まうし候さふらふ、只今ただいま君きみの御諚ごぢやうには、

「武蔵殿へ申し上げる。ただいま君の御諚には、」

〔有経〕

先刻せんこくより空合そらあひ変かはり、

「先刻より空模様が変わり、」

〔景光〕

風波ふうは荒あらく候さふらふほどに、

「風波が荒うございますほどに、」

〔弘経〕

御逗留ごとうりう遊あそばされんと

「ご逗留あそばされたいと、」

〔四人〕

仰おほせ出いだされて候さふらふ。

「仰せ出されてございます。」

〔弁慶〕

なに、御逗留ごとうりう遊あそばされんとや、察さつする所ところ我わが君きみには、静しづかに名残なごり惜をしませられ、左様さやうな事ことを仰おほせらるゝか。さりとては言いひ甲斐がひなし、御運ごうんの末すゑと存ぞんじ候さふらふ。一歳ひととせ平家へいけ追討つゐたうに摂州せつしう渡辺わたなべ福島ふくしまより、乗船じようせんありし其折そのをりは、

「なに、ご逗留あそばされたいと。察するところわが君には、静に名残を惜しまれて、そのようなことを仰せられるのか。さりとては言い甲斐がない、御運の末かと存ずる。ひととせ平家追討のため、摂州渡辺・福島から乗船なされたその折は、」

〔唄〕

しかも如月きさらぎ半なかばにして、武庫山むこやまおろしの風かぜ烈はげしく、逆浪さかなみ立たちて御船おんふねのいとも危あやふく候さふらへば。

しかも如月の半ばのこと、武庫山おろしの風は烈しく、逆巻く浪が立って御船はいかにも危うくございましたので。

〔弁慶〕

漕こぎ返かへさんとなしたりしを、今いまこの海うみを越こえ行ゆくも、天下てんかの為ために候さふらへば、此この義経よしつねの運うんあれば必かならず神かみの加護かごあらん、臆おくせず進すすみ候さふらへと、

「漕ぎ返そうとしたところ、『いまこの海を越えて行くのも天下のため。この義経に運があれば必ず神の加護があろう。臆せず進め』と、」

〔唄〕

仰おほせに人々ひとびと力ちからを得え、矢聲やごゑを掛かけてエイエイエイ、念ねんなう四国しこくへ押渡おしわたり、平家へいけの一門いちもん討亡うちほろぼし、名なをば雲井くもゐへあげたまひ。

その仰せに人々は力を得て、矢声をかけてえいえいえい、みごと四国へ押し渡り、平家の一門を討ち亡ぼして、名を雲居へあげなされた。

〔弁慶〕

鬼神きじんとはいはれし我わが君きみが、僅わづかの風波ふうはに臆おくしたまふは、女々めめしき事ことに候さふらふなり。これより御心おんこころ騒さわがされず、御乗船ごじようせんあつて然しかるべし。

「鬼神とまで言われたわが君が、わずかの風波に臆しなさるのは女々しいことでございます。これよりはお心を騒がされず、御乗船なさるのがよろしゅうございます。」

〔義経〕

実げに実げにこれは理ことわりなり、逗留とうりうなさんと申まうせしは、我わが誤あやまりに候さふらふぞ。

「げにげに、これは道理である。逗留しようと申したのは、わたしの誤りであったぞ。」

〔義盛〕

武蔵殿むさしどのの仰おほせの如ごとく、

「武蔵殿の仰せのごとく、」

〔有経〕

片時かたときも早はやく御乗船ごじようせん、

「片時も早く御乗船を、」

〔景光〕

風波ふうはも静しづまり候さふらへば、

「風波も静まりましたので、」

〔弘経〕

急いそぎ御船おんふねを出いだし候さふらへ。

「急ぎ御船をお出しなされ。」

〔唄〕

いづくを敵かたきと立浪たつなみの、立たち騒さわぎつゝ船子ふなこども、えいやえいやと夕汐ゆふしほに連つれて船ふねをぞ出いだしける。

どこを敵と立つ浪の、立ち騒ぎながら船子どもは、えいやえいやと夕汐に乗せて船を出したのであった。

〔船頭三保太夫〕

皆々みなみな御船おんふねへ、

「皆々、御船へ、」

〔船頭岩作〕

御乗おんのり候さふらへ。

「お乗りなされませ。」

〔船頭三保太夫〕

さてさて目出めでたい御吉相ごきつさうかな、此中こなひだまで海上かいじやうが、毎日まいにち毎日まいにち荒あれましたが、

「さてさて、めでたい御吉相かな。この間まで海の上が毎日毎日荒れましたが、」

〔船頭岩作〕

今日けふのやうなよい日和ひよりは、またとございますまい。

「今日のようなよい日和は、またとございますまい。」

〔弁慶〕

実げに一段いちだんの天気てんきになり、此上このうへもない事ことなれば、御出船ごしゆつせんを目出度めでたく祝しゆくし、船唄ふなうたをうたひ候さふらへ。

「げに一段の天気になり、この上もないことゆえ、御出船をめでたく祝って船唄をうたいなされ。」

〔両人〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔船頭三保太夫〕

さらば目出度めでたく、

「さらば、めでたく、」

〔船頭岩作〕

唄うたひ申まうすべし。

「うたい申しましょう。」

〔船唄〕

やんれ目出度めでたや、天照あまてらす神かみの皇国みくには榊葉さかきばの、栄さかえさかゆく秋津洲あきつすの、八隅やすみ輝かがやく御鏡みかがみの、曇くもらぬ御代みよの時津風ときつかぜ、枝えだをならさぬ住すみの江えの、岸邊きしべの松まつの袖垣そでがきや。

やんれめでたや。天照らす神の御国は榊葉の栄えさかゆく秋津洲の、八隅に輝く御鏡の、曇らぬ御代の時つ風。枝も鳴らさぬ住の江の、岸辺の松の袖垣よ。

〔船唄〕

先まづ住吉すみよしの一歳ひととせの神事しんじと申まうすは御手洗みたらしの、若水わかみづ汲くむを初はじめとして、五穀ごこくの祈いのり種卸たねおろし、梅うめと桜さくらに紅白こうはくのけぢめをなせし鶏合とりあはせ。

まず住吉の一年の神事と申せば、御手洗の若水汲みを初めとして、五穀の祈りの種おろし、梅と桜に紅白のけじめをつけた鶏合わせ。

〔船唄〕

その勝負しようぶの菖蒲月しやうぶづき、遅速ちそくを競きそふ競馬くらべうま、輪乗わのりに廻まはる勇いさましき、猛たけき心こころをやはらぐる乳守ちもりが里さとの遊あそび女めが、鄙唄ひなうたうたふ御田植おんたうゑ。

その勝負にちなむ菖蒲月には、遅速を競う競馬。輪乗りに廻る勇ましさ、猛き心をやわらげる乳守の里の遊女が、ひな唄うたう御田植。

〔船唄〕

田楽舞でんがくまひや住吉すみよしの賤しづが手振てぶりも拍子ひやうしよく、実げに面白おもしろき神祭かみまつり。

田楽舞や住吉の、里人の手ぶりも拍子よく、げに面白い神祭りである。

〔唄〕

折をりしも空そらに一点いつてんの、雲くもの出いでしを打うち見みやり。

折しも空に一点の雲が出たのを、じっと見やって。

〔船頭三保太夫〕

いや、あれへ見慣みなれぬ雲くもが出でた。

「いや、あれへ見なれぬ雲が出た。」

〔船頭岩作〕

見みる間まに段々だんだん広ひろがつて来きた、あの雲くもが出でると、風かぜが替かはるが、そりやこそ風かぜ替かはつて来きた。

「見る間にだんだん広がって来た。あの雲が出ると風が変わるが——そりゃこそ、風が変わって来た。」

〔船頭三保太夫〕

我等われらが楫かぢを取とりますれば、お気遣きづかひございませぬ。最前さいぜんから漕こぐ漕こぐと思おもふたに、船ふねは元もとの所ところにある、えいえい。皆々みなみな精せいを出だしませ。

「われらが楫を取りますれば、お気遣いございませぬ。——先ほどから漕いでいるつもりが、船は元の所にある。えい、えい。皆々、精を出しなされ。」

〔大薩摩〕

それ一陣いちぢんの魔風まかぜおこり、一天いつてん俄にはかに磨墨するすみを流ながせる如ごとく打曇うちくもり、数丈すぢやうの高浪たかなみ忽たちまちに、御船おんふねの危あやふく見みえければ。

それ、一陣の魔風が起こり、空はにわかに磨った墨を流したように掻き曇り、数丈の高波がたちまちに御船を危うく見せたので。

〔弁慶〕

やあ見みる間まに風かぜが替かはつて候さふらふ、後うしろに聳そびえし武庫山颪むこやまおろし、弓弦羽ゆづるはヶ嶽だけより吹ふきおろす山風やまかぜ烈はげしく、此この御船おんふね陸地りくちへ着つくべきやうぞなし、皆々みなみな心中しんちゆうに御祈念ごきねん候さふらへ。

「やあ、見る間に風が変わってござる。後ろにそびえる武庫山おろし、弓弦羽ヶ嶽から吹きおろす山風は烈しく、この御船が陸に着けるすべもない。皆々、心中にご祈念なされよ。」

〔四人〕

畏かしこまつて候さふらふ。

「かしこまってございます。」

〔船頭岩作〕

今日けふばかりはと思おもひしに、俄にはかに悪風あくふう吹ふき来きたり、

「今日ばかりはと思ったのに、にわかに悪風が吹いて来た。」

〔船頭三保太夫〕

如何いかにも浪なみが高たかうなつて来きた、浪なみよ浪なみよ越こせ越こせ、これは凌しのぎ難がたし。

「いかにも波が高くなって来た。波よ波よ、越せ越せ——これはしのぎ難い。」

〔義経〕

今いま船頭せんどうが浪なみを拂はらへば、浪なみも心こころあるかして、

「いま船頭が波を払えば、波にも心があるのか、」

〔有経〕

少すこし静しづまり候さふらふぞ、猶なほも精せいを、

「少し静まりましたぞ。なおも精を、」

〔四人〕

入いれ候さふらへ。

「入れなされ。」

〔船頭三保太夫〕

心得こころえて候さふらふ、アリヤアリヤアリヤ、浪なみよくよくよく、越こせ越こせ。

「心得てございます。ありゃありゃありゃ、波よくよくよく、越せ越せ。」

〔義盛〕

いかに、武蔵殿むさしどのに申まうすべきことの候さふらふ。

「いかに、武蔵殿に申すべきことがございます。」

〔弁慶〕

何事なにごとにて候さふらふぞ。

「何事でござるか。」

〔義盛〕

此この御船おんふねにはあやかしの附ついて候さふらふ。

「この御船には、あやかしが付いてございます。」

〔弁慶〕

やあ、左様さやうなことは船中せんちゆうにて、暫しばらく申まうさぬ事ことにて候さふらふ。

「やあ、さようなことは船の中では、決して申さぬものでござる。」

〔船頭岩作〕

いや、こな人ひとは麁忽千萬そこつせんばん、船中せんちゆうにて左様さやうな事ことは申まうさぬ事ことにて候さふらふ。

「いや、こなたはそこつ千万。船の中でさようなことは申さぬものでございます。」

〔弁慶〕

不案内ふあんないの者ものなれば、某それがしに免めんじ、許ゆるし候さふらへ。

「不案内の者ゆえ、それがしに免じて許しなされ。」

〔船頭三保太夫〕

あれあれ又また浪なみが打うつて来くる、アリヤアリヤアリヤ、浪なみよくよくよく越こせ越こせ。

「あれあれ、また波が打って来る。ありゃありゃありゃ、波よくよくよく、越せ越せ。」

〔唄〕

棹さをにて浪なみを追おひ拂はらへば、弁慶べんけい向むかふを打うち見みやり。

棹で波を追い払えば、弁慶は沖のかなたをじっと見やって。

〔弁慶〕

あゝら不思議ふしぎや、海上かいじやうを見みれば、西国さいこくにて亡ほろびたる、平家へいけの公達きんだち一門いちもん、銘々めいめい浮うかび出いでたるぞ、斯かかる時節じせつを窺うかがひて、恨うらみをなすも理ことわりなり。

「あら不思議や、海の上を見れば、西国で亡びた平家の公達一門が、めいめいに浮かび出たぞ。かかる時節をうかがって恨みをなすのも道理である。」

〔義経〕

いかに弁慶べんけい。

「いかに弁慶。」

〔弁慶〕

御前ごぜんに候さふらふ。

「御前にございます。」

〔義経〕

今更いまさら驚おどろくこと勿なかれ、假令たとひ悪霊あくりやう恨うらみをなすとも、

「いまさら驚くことはない。たとえ悪霊が恨みをなそうとも、」

〔唄〕

悪逆あくぎやく無道ぶだうの罪つみ積つもり、神明しんめい佛陀ぶつだの冥感みやうかんに背そむき、天命てんめいに依よつて沈しづみし一門いちもん、何程なにほどの事ことあるべきぞ。

悪逆無道の罪が積もり、神仏の御心に背いて、天命によって沈んだ一門が、何ほどのことがあろうか。

〔唄〕

言いふ間まあらせず雲霞くもかすみの如ごとく、浪なみに浮うかびて見みえたりける。

言う間もあらせず、雲霞のごとく浪に浮かんで見えたのであった。

〔知盛の怨霊〕

抑々そもそもこれは桓武天皇くわんむてんわう九代くだいの後胤こういん、平たひらの知盛とももりの幽霊いうれいなり。あら珍めづらしや、いかに義経よしつね、思おもひもよらぬ浦波うらなみの、

「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤、平の知盛の幽霊なり。あら珍しや、いかに義経。思いもよらぬ浦波の、」

〔唄〕

聲こゑを知邊しるべに出船いでふねの出船いでふねの、知盛とももりが沈しづみしその有ありさまに。

声をしるべに出船の出船の、知盛が沈んだその有様のままに。

〔唄〕

又また義経よしつねも此この海うみへ、沈しづめんものと夕波ゆふなみに、浮うかべる長刀なぎなた取直とりなほし廻まはる巴ともゑや波なみの紋もん、四邊あたりを拂はらひ潮うしほを踏立ふみたて、悪風あくふう烈はげしく吹ふきかけて、眼まなこも眩くらみ心こころも乱みだれ、前後ぜんごを忘わするゝばかりなり。

また義経をもこの海へ沈めてやろうと、夕波に浮かべた長刀を取り直し、渦巻く巴や波の紋。あたりを払い、潮を踏み立て、悪風を烈しく吹きかけて、眼もくらみ心も乱れ、前後を忘れるばかりである。

〔唄〕

其時そのとき義経よしつね少すこしも騒さわがず騒さわがず、打物うちもの拔持ぬきもち、現うつつの人ひとに對むかふが如ごとく、言葉ことばを交かはして戦たたかひたまへば。

その時義経は少しも騒がず騒がず、太刀を抜き持ち、生きた人に向かうがごとく、言葉を交わして戦いなされば。

〔唄〕

弁慶べんけい中なかを押隔おしへだて、打物業うちものわざにて叶かなふまじと、珠数じゆずさらさらと押おしもんで。

弁慶は中を押し隔て、太刀わざでは叶うまいと、数珠をさらさらと押しもんで。

〔祈り〕

東方とうばう降三世がうざんぜ、南方なんばう軍荼利夜叉ぐんだりやしや明王みやうわう。

「東方降三世、南方軍荼利夜叉明王。」

〔唄〕

西方さいはう大威徳だいゐとく、北方ほくばう金剛こんがう夜叉やしや明王みやうわう、索さくに掛かけて祈いのり祈いのられ悪霊あくりやう次第しだいに遠とほざかれば、弁慶べんけい船子ふなこに力ちからを合あはせ。

「西方大威徳、北方金剛夜叉明王」——索に掛けて祈り祈られ、悪霊が次第に遠ざかれば、弁慶は船子に力を合わせ。

〔唄〕

御船おんふねを漕こぎのけ汀みぎはへ寄よれば、猶なほ怨霊をんりやうの慕したひ来くるを、追おひ拂はらひ祈いのり退しりぞけ。

御船を漕ぎのけて汀へ寄れば、なお怨霊が慕い来るのを、追い払い祈り退け。

〔唄〕

また引汐ひきしほにゆられ流ながれ、また引汐ひきしほにゆられ流ながれて、あと白浪しらなみとぞなりにける。

また引き潮にゆられ流れ、また引き潮にゆられ流れて、あとは白波となったのであった。

船弁慶には作曲者違いの二曲がある。当ライブラリでは河竹黙阿弥作詞・三世杵屋正次郎作曲のこの曲を「正次郎船弁慶」、二世杵屋勝三郎作曲のものを「勝三郎船弁慶」として分けた。連獅子二曲と同じ分け方である。

詞章は『黙阿弥脚本集』第二十五巻(春陽堂刊・著作権消滅)所収の「船弁慶(新歌舞伎十八番の内)」により、台本のうち唄と台詞を採り、舞台の段取りを記したト書きは省いた。繰り返し記号は読みやすく展開した。

〔 〕で括った話者と曲節の指示は、台本の記載により補ったもの。

明治十八年十一月、作者七十歳のとき新富座で初演。九世市川團十郎が静・知盛の怨霊・武蔵坊弁慶(役割書の順)を勤め、振付は初世花柳壽輔。長唄囃子連中の名で上演された、新歌舞伎十八番のひとつである。以上は同書の解説による。

能「船弁慶」(観世小次郎信光作)にほぼ忠実に拠るが、詞章は新しく書かれている。前シテが静、後シテが知盛の怨霊で、初演では一人の役者が演じ分けた。

「大物の浦」は摂津国尼崎(現・兵庫県尼崎市大物町)。「武庫山」は六甲山の古名、「弓弦羽ヶ嶽」は六甲の峰のひとつで、いずれも大物の浦の後ろに聳える山である。

「腰越よりして追ひ帰され」は、鎌倉に入れず腰越から追い返された義経の故事(腰越状)をふまえる。

「渡江の郵船は風静まつて出づ、波濤の謫所は日晴れて見ゆ」は『和漢朗詠集』所収の朗詠の句。

「唯頼めしめぢが原のさしも草、我が世の中にあらん限りは」は清水観音の御詠歌として知られる歌。

「陶朱公」は越の范蠡。勾践を助けて呉を滅ぼしたのち、身を退いて小船で五湖に遊んだ。義経の再起を願って引かれる故事。

静の今様「春の曙白々と」は、京の名所を四季に配して詠みこんだ都名所尽くし。御室・地主・初瀬・嵐山・鞍馬・北野・糺の森・高雄・通天・伏見・宇治・朝日山と続く。

船頭の船唄は住吉の一年の神事尽くし。若水汲み・種おろし・鶏合わせ・競馬・御田植・田楽舞と続く。「乳守が里」は住吉の遊里。

船中で「あやかし」と口にするのを弁慶と船頭がたしなめるやりとりは、船霊信仰による船中の忌み言葉のならわし。

終わりの祈りは五大明王を四方に配する真言の作法による。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。