松島まつしま
常磐津 河竹黙阿弥 述 本名題『岸漣漪常磐松島』 作曲者・初演年不詳

日本三景の松島へ旅立ち、陸奥の歌枕をたどって瑞巌寺に着く。以下は松島の島の名を春夏秋冬に配して詠み継ぎ、鶴と亀、松が浦島で寿いで結ぶ。名所尽くしの祝儀曲。
あらすじ
日本三景のひとつという陸奥の松島へ、今日思い立って旅に出る。着馴れた故郷をあとに三春の駅路をゆけば、勿来の関は名ばかりで通してくれる。信夫摺の乱れ模様のように昔をしのび、名所を書き記そうと里人に土地の名を尋ねながら、十符の菅菰、七布三布と数え、旅寝の日も浅い浅香山、憂いを白石の白露、萩の宮城野へ杖をひいて、心のままに瑞巌寺へ着いた。黄金花咲くという山を遠くに、千賀の浦辺へ立ち出でて、望む波間に朝日島。春ではないのに霞がたなびく、霞の浦の朝ぼらけ。桜の名所の塩竈も夏の茂りに社を埋める若葉の若浜、涼しい風の福浦に、ここへ寄る寄島。漁りをする海士にはもったいない女子島——と、友と語らう恋の道。磯の苫屋の苫島に汐馴れ衣を濡らしそめ、立てた筵の屏風島。隠しても浮名の立つ秋、夜の長浜も長からず、沖の千島の痴話ごとに、名残の雄島は霧に隠れ、籬が島でまたの夜を約束する堅い石の浜。網引きの唄が鄙びて聞こえる。雁金の山に便りの手紙を託し、松の黒崎に冬が来て、積もる思いが身にしみじみと、雪の白浜、小松島。あさる千鳥の大浜に、波の鼓の拍子につれて立ち舞う振りの面白さよ。まことにまことに、亀とともに鶴崎に——松が浦島、竹の浦。岸の小波が打ち寄せて昔へ返る、その常磐の松の栄えこそめでたい。
詞章と現代語訳
日の本に、三つの景色の一といふ、陸奥なる松島へ、今日思ひ立つ旅衣、著つ馴れにし古郷を、跡に三春の駅路や
日本三景のひとつというその陸奥の松島へ、今日思い立って旅衣を着る。着馴れた故郷をあとにして、三春の駅路をゆく。
忽来の関は名のみにて、古りし昔を忍ぶ摺、文字もそぞろに名所を、記すよすがに里人へ、十府の菅菰七布三布、旅寐の日さへ浅香山、憂を白石白露の、萩の宮城野杖曳きて、おのが心のまにまに、随岩寺へぞ著にける
「来る勿れ」の勿来の関も名ばかりで通してくれる。信夫摺の乱れ模様のように古い昔をしのび、書きとめる文字もそぞろに、名所を記すよすがにと里人に尋ねる。十符の菅菰、七布三布と数えながら、旅寝の日もまだ浅い浅香山、憂いを白石の白露に置き、萩の宮城野へ杖をひいて、おのが心のままに瑞巌寺へ着いたのだった。
黄金花咲く山遠く、ちがの浦辺へ立出でて、望む浪間に朝日島、春ならねども棚引きし、霞の浦の朝ぼらけ
黄金の花が咲くという山を遠くに望み、千賀の浦辺へ立ち出でる。眺める波間に朝日島。春ではないのに霞がたなびいて——霞の浦の、朝ぼらけよ。
桜の名にし塩竃も、夏の茂りに御社を、埋む若葉の若浜や、涼しき風の福浦に、爰へよる島すなどりの、海士には惜き女子島、友に語らふ恋の道
桜の名に高い塩竈も、夏の茂りが社を埋める——その若葉の若浜よ。涼しい風の福浦に、ここへ寄る寄島。漁りをする海士にはもったいない女子島——と、友と語らう恋の道。
磯の苫屋の苫島に、汐馴衣濡そめて、立し筵の屏風島、隠せど浮名立つ秋の、夜の長浜も長からで、沖の千島の痴話事に、名残雄島の霧隠れ、籬が島に又の夜の約束堅き石の浜
磯の苫屋の苫島に、汐馴れ衣を濡らしそめて、立てた筵の屏風島。隠しても浮名は立つ——その秋の、夜の長浜も長くはなく、沖の千島での痴話ごとに、名残を惜しむ雄島は霧に隠れる。籬が島でまたの夜を約束する、その約束の堅い石の浜よ。
網引の唄の鄙めきて
網を引く唄が鄙びて聞こえてきて。
雁金の山に便りの玉章を、松の黒崎冬の来て、積る思ひに身にしみじみと、雪の白浜小松島
雁金の山に託した便りの手紙。松の黒崎に冬が来て、積もる思いが身にしみじみとしみる——雪の白浜、小松島。
あさる千鳥の大浜に、波の鼓の拍子につれ立舞ふ振の面白や
餌をあさる千鳥の大浜に、波の鼓の拍子につれて立ち舞う——その振りの面白いことよ。
実にげにと亀と鶴崎に
まことにまことに、亀とともに——その鶴の名を負う鶴崎に。
松が浦島竹の浦、岸の小波打寄せて昔へ返る常磐津の、松の栄へぞ目出度けれ
松が浦島、竹の浦。岸に小波が打ち寄せて昔へ返る——その常磐の名を負う常磐津の、松の栄えこそめでたい。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
本名題は『岸漣漪常磐松島』。詞は河竹黙阿弥。作曲者・初演年は原典に記載がない。
前半は江戸から松島までの道行で、陸奥の歌枕を順に踏む。勿来の関・信夫摺・十符の菅菰・浅香山・白石・宮城野は、いずれも古歌に詠まれた陸奥の名所。
「忽来の関」は原典の表記。歌枕の勿来の関のことで「なこそ(来る勿れ)」に掛ける。
「随岩寺」も原典の表記で、松島の瑞巌寺のこと。
「黄金花咲く」は大伴家持の「すめろきの御代栄えむと東なる陸奥山に黄金花咲く」(万葉集)による。
中ほどから後は松島の島の名を並べた名所尽くし。朝日島・霞の浦・若浜・福浦・寄島・女子島・苫島・屏風島・長浜・千島・雄島・籬が島・石の浜・雁金山・黒崎・白浜・小松島・大浜・鶴崎・松が浦島・竹の浦と続き、あわせて春・夏・秋・冬の順に季をめぐる。
「籬が島」は塩竈の歌枕。「雄島」は松島の中心にある島で、西行や芭蕉も訪れている。
結びは鶴崎に亀を添え、常磐に栄える松に常磐津節の家名を掛けた祝言。曲の名所尽くしがそのまま賀の詞になる。
島の名の読みは通行の訓によった。「七布三布」は菅菰の幅を数える語と解して「ななのみの」と読んだが、原典に振り仮名がなく確かめきれていない。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。