月しろつきしろ
作詞者・作曲者・初演年不詳 本文の題名「つきしろ」

「月しろ」は月の出る前、空がほの明るむこと。宵闇の窓辺に恋しい人の面影を思い、氏神にかけて交わした約束を頼みに、逢えぬ夜のもの思いをつづる閨怨の小品。結びの、黒髪が膝へもつれるのを恨む趣向は「黒髪」と同じ流れに立つ。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。
あらすじ
宵闇のなか、雲のほの明るみが月の出を知らせる。外の窓へ目を差し向ければ、まだあの人の面影に胸がくすぶる。よそながら静かに肌寒く、夜更けの鐘、空薫きの香。袖で隠して泣く顔を伝う涙に、白鷺の羽も濡れるよう。別れて帰ったあの夕べ、筆を取り、氏神様にかけて交わした約束。末を待つ——その待乳山の道近く、鴛鴦の番も世間にせかれ、今は割かれても後には逢いたさ見たさ。恨んでは嘆き、いじらしくも鳥のように託ちごとを繰り返して、枕に寄れば現か夢か幻か。うつむけば黒髪が膝へもつれかかるのさえ、恨めしい。
詞章と現代語訳
宵やみに雲がしらする月しろに、外面の窓へさしむけば、まだ面影に胸くゆる
宵闇のなか、雲のほの明るみが月の出を知らせる。外の窓へ目を差し向ければ、まだあの人の面影に、胸がくすぶる。
煙管にとがもとをねさす、よその静かに肌寒き、更け行く鐘の空だきに、袖で隠ししてなく顔を、つたふ涙にしら鷺ぬれて
煙管に「とがもとをねさす」——よそながら静かに肌寒く、更けゆく鐘の音、空薫きの香。袖で隠して泣く顔を伝う涙に、白鷺の羽も濡れるよう。
さりし夕べの筆とりて、うぢ神かけしかね言も、末をまつちの道ちかく、鴛の番の世にせかれ
別れて帰ったあの夕べ、筆を取って、氏神様にかけて交わした約束。末を待つ——その待乳山の道近く、鴛鴦の番も世間にせかれ。
われても後に逢いたさ見たさ、恨むこと嘆くとて、かわゆく鳥のかこちかこちて
今は割かれても、後には逢いたさ見たさ。恨んでは嘆き、いじらしくも鳥のように、託ちごとを繰り返して。
枕によれば現か夢か幻か、さしうつむけば黒髪の、膝へもつれぞ恨めしき
枕に寄れば、現か夢か幻か。うつむけば黒髪が膝へもつれかかるのさえ、恨めしい。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)による。原典の本文の題名は「つきしろ」。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「月しろ」は月の出る前に空がほの明るむこと。「外面」は建物の外側。「空だき」は空薫き、香を目立たぬように焚くこと。
「かね言」は兼言、かねて交わした約束の言葉。「まつち」は「末を待つ」に、隅田川べりの待乳山を言い掛ける。「をしの番」は鴛鴦の夫婦。
「われても後に逢いたさ」は崇徳院の歌「われても末に逢はむとぞ思ふ」を踏まえる。
「かこち」は託ち、恨みごとを言うこと。結びの、黒髪が膝へもつれるのを恨む趣向は、地歌・長唄の「黒髪」と同想の閨怨である。
「煙管にとがもとをねさす」は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。「かわゆく鳥の」も鳥に寄せた形容と見えるが、係りは定めがたい。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。