藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
常磐津

新うつぼしんうつぼ

常磐津  中村重助 述  本名題『花舞台霞の猿曳』  詞章集の題名『靭猿』  作曲者・初演年不詳

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新うつぼ 梅の梢の小猿
梅の梢の小猿

狂言『靭猿』による。大名にあたるのが女性の御代参 三芳野で、供の太郎冠者 橘平に想いを寄せているのが、この常磐津の眼目。弓始めの帰りに靭の皮を求めて猿を所望し、猿曳の嘆きと猿の無心な所作に打たれて命を助ける。後半は三芳野の恋の口説きと、狂言の曲名を詠みこんだ滑稽の踊りに移る。初春の祝儀曲。

あらすじ

新玉の春と告げる人来鳥、睦月の名にふさわしい正月である。一陽来復の弓始め、弓矢八幡を頼む大名の代参として、花靭を背負った太郎冠者が鳴瀧の八幡宮へ参る。梅は紅白の色を争い、源平の争いも遠い昔、都のうちは穏やかで、弓は袋に納めたままである。御名代の三芳野は、役目が済んだからは春の野を眺めて一緒にと橘平の手を取るが、橘平は狂言の言葉づかいもかたくなに振り払う。三芳野が言うには、今年は靭が傷んだので、帰りに靭に張る皮をととのえて来いと主人から言いつかったという。話の半ばへ飼い慣らされた小猿が駆けこみ、幸いの靭にと思ううち、猿を探す猿曳が浮かれて来る。三芳野は猿を譲れと言い、猿曳は明日から商売が立たぬと断るが、上意を聞かぬかと弓を引かれてついに折れる。皮に疵をつけぬよう自分の手で打ち殺そうと鞭を振り上げれば、猿はそれを知らず船を漕ぐ真似をしてみせる。畜生でさえ物を知るのにと、三芳野は命を助けて連れて帰れと言う。喜んだ猿曳は天下太平・御武運長久の祈祷に猿を舞わせ、黄金の花盛りとことほぐ。暇を告げて去ろうとするのを三芳野が引きとめ、打ち込んで惚れた思いを室の梅から南瓜の蔓まで言い連ねて口説く。おどけ交じりの踊りとなり、焙烙割・猿座頭・二人袴・花盗人と狂言の曲名が続き、寝ずの番に忍び寄る鼠を樫の棒で追う一段に移る。舞ううちに小猿がまた梅の梢へ駆け上り、三人が手を伸ばしても届かぬ綱渡り。三筋の霞のかかる猿曳よ、橘の花の薫る花舞台にみなで笑い興じて祝したのであった。

詞章と現代語訳

新玉あらたまの春はるぞと告つげて人来鳥ひとくどり、睦むつまじ月つきの名なにしおふ、是これも歌舞伎かぶきの周しうの春はる、姿すがたも花はなの帰かへり咲ざき

新玉の春が来たと告げる人来鳥。睦月の名にふさわしく睦まじい正月である。これも歌舞伎の初春の狂言、周の代のような泰平の春で、姿も花の帰り咲きのようににぎわしい。

時ときも一陽来復いちやうらいふくの、当あたりを願ねがふ弓始ゆみはじめ、弓矢八幡ゆみやはちまん大名だいみやうの、頼たのふだ人ひとの代参だいさんに、向むかひ町まちから又また今年ことし、返かへり申まうしの願事ねがひごとの、恋こひといふ字じが花靭はなうつぼ、背中せなかに背負しよた太郎冠者たらうくわじや、傘かさをさそなら春日山かすがやま、霞かすみを分わけて梅うめ笑わらふ、春はるの野面のづらの色いろ含ふくむ、爰ここ鳴瀧なるたきの花はなの顔見世かほみせ

時もちょうど一陽来復、的の当たりを願う年初めの弓始め。弓矢八幡を頼む大名の、その主人の代参として、向かいの町からまた今年も参る。願がかなったお礼参りで、恋という字を負うような花やかな靭を背中に背負った太郎冠者。傘をさそうなら春日山、霞を分けて梅がほころび、春の野の面が色を含む。ここ鳴瀧の、花の顔見世である。

立帰たちかへり、今いまを春辺はるべと梅花ばいくわの、色香いろか争あらそふ源平げんぺいの、夫それは隔へだてし播磨潟はりまがた、都みやこの中うちは穏おだやかに、袋ふくろに弓ゆみの八幡はちまん大名だいみやう

立ち帰れば、今を春と梅の花が咲き、紅白の色香を争う源平咲き。その源平の争いも、遠く隔たった播磨潟の昔のこと。都のうちは穏やかで、弓は袋に納めたままの八幡大名である。

頼たのうだお人ひとは北面ほくめんの、更科主水経春さらしなもんどつねはる様さま、今日けふ例年れいねんの弓始ゆみはじめ、猶なほ泰平たいへいを祈いのりの為ため、此この鳴瀧なるたきの八幡宮はちまんぐうへ御名代ごみやうだいの三芳野殿みよしのどの、お役目やくめ御苦労ごくらうに存ぞんじまする

「わたくしどもの頼うだお方は北面の武士、更科主水経春さま。今日は例年の弓始め、なおいっそう泰平を祈るため、この鳴瀧の八幡宮へお使いに立たれた御名代の三芳野どの。お役目、御苦労に存じます。」

イヱその御苦労ごくらうは橘平殿きつぺいどのも互たがひの事こと、願ねがひ叶かなふて又また今年ことし、お前まへと二人ふたり物詣ものまうで、こんな嬉うれしい事ことは御座ござんせぬ、もう御代参ごだいさんの役目やくめ仕舞しまたからは、春はるの野のもせを詠ながめながら、サアサア一緒いつしよと手てを取とるを振払ふりはらひ

「いえ、その御苦労は橘平どのも同じこと。願がかなってまた今年も、お前さまと二人でお参りができました。こんな嬉しいことはございません。もう御代参のお役目は済んだのですから、春の野一面を眺めながら、さあさあ一緒に」と手を取るのを、振り払い。

アヽ是これはしたり寄よしやりますな寄よしやりますな、狂言詞きやうげんことばも頑固ぐわんこに

「ああ、これはしたり。お寄りなされますな、お寄りなされますな」と、狂言の言葉づかいもかたくなに。

烏帽子ゑぼし素袍すはうを仮初かりそめならぬ頼たのうだ人ひとの御名代ごみやうだい、御用ごようであらば横柄わうへいに太郎冠者たらうくわじやあるかやい

「烏帽子素袍を着けた、かりそめならぬ頼うだお人の御名代でござる。御用がおありなら、大様に構えて『太郎冠者、あるかやい』と仰せられませ。」

ハア御前ごぜんにと蹲踞つくばる

「はあ、御前に」と、かしこまってうずくまる。

こちは元もとより使つかはれもの、色恋いろこひの道みち白川しらかはや、人目ひとめの関せきの袖褄そでつまならで、網引あみひき餌引ゑひき四よツ手引でひき、山やまぢやへ山やまぢやへ木きをひく麦むぎの臼うす、まはらば廻まはれ伊勢同者いせどうじや、昔むかしは車くるま今いまは銭ぜに、投なさんせ投なさんせ、縞しまさん紺こんさん花色はないろさん、コレコヲレコヲレ小紋こもんさんやてかんせと、引戻ひきもどされたアヽ長縄手ながなはて、心こころも優やさな太郎冠者たらうくわじや

こちらはもとより使われ者、色恋の道は知らぬ白川夜船。人目の関を越えて袖を引き合うのではなく、網引き、餌引き、四つ手引き。山じゃへ山じゃへと木を引く、麦の臼。回るなら回れ伊勢同者。昔は車、今は銭を投げなされ投げなされ。縞さん、紺さん、花色さん、これこれ小紋さんや、来やしゃんせと、引き戻されたああ長縄手。心も優しい太郎冠者よ。

ハヽヽヽもふ道草みちくさのおどけは取置とりおて、サアお館やかたへ

「ははは、もう道草のふざけはこれくらいにして、さあお館へ。」

イヤイヤまだめつたには帰かへらぬはいな

「いやいや、まだめったには帰りませぬわいな。」

そりや又また何故なにゆゑで御座ござりますな

「それはまた、なぜでございますな。」

サア御主人ごしゆじん経春様つねはるさま、毎年まいねんの古例これい故ゆゑ、弓矢ゆみやと靭うつぼを此様このやうに持もたせて、氏神様うぢがみさまへ参まゐらせ給たまへど、今年ことしはいかふ靭うつぼが損そんじた戻もどりに靭うつぼになる皮かはをとゝのへて来こいと、言付いひつけつて来きたはいな

「さて、御主人経春さまは毎年の古い例ゆえ、弓矢と靭をこのように持たせて氏神さまへ参らせなさるけれど、今年はひどく靭が傷んでしまった。帰りに靭に張る皮をととのえて来いと、言いつかって来たのですわいな。」

ハテ女中ぢよちうには似合にあねことを仰有おつしやりつけで御座ござりますなア

「はて、女中がたには似合わぬことを仰せつかったものでございますなあ。」

話はなし半なかばへ向むかふより、手飼てがひの小猿こざる折をりよくも、二人ふたりが中なかへ駆込かけこめば、吃驚びつくり飛退とびのき

話の半ばへ、向こうから飼い慣らされた小猿が折よく、二人のあいだへ駆けこんできたので、驚いて飛びのき。

ヤア何なんだと思おもつたら、こりやア猿さるであつたわへ

「やあ、何かと思ったら、これは猿であったわえ。」

ヲヽ丁度ちやうどな所ところへ放はなれ猿ざる、皮かはをとつて幸さいはひの靭うつぼに

「おお、ちょうどよいところへ放れ猿。皮を取って、幸い靭にしよう。」

いへいへこりや大方おほかた主ぬしが御座ござりませふ何なんでも猿遣さるつかひなどが放はなした猿さると見みへまする

「いえいえ、これはたいてい持ち主がございましょう。どうやら猿遣いなどが放した猿と見えまする。」

そんなら其その主ぬしに断ことわらいでは悪わるいかへ

「それなら、その持ち主に断らなくてはいけないかえ。」

何なににしろ此この主ぬしに逢あひたいものだなア

「何にしろ、この持ち主に逢いたいものだなあ。」

見みやる彼方あなたへきよろきよろ目め

見やる向こうのほうへ、きょろきょろと目を配る。

こゝら在所ざいしよの得意とくい旦那だんなをくるりくるりと猿廻さるまはし

このあたりの村々の得意先の旦那衆を、くるりくるりと回って歩く猿廻し。

隣となりり村むらから今日けふ此この村むらの、葺屋町ふきやちやうへと御贔負ごひいきの、風かぜに廻まはされ真赤まつかいな赤あかかんべ、初心うぶは知した初舞台はつぶたい、罷まかり出でたらめ出放題でほうだい、酒さけのさの字じのその暇ひまに見失みうしなふたる猿丸さるまるの、迷子まいごの迷子まいごの太夫たいふやい、迷子まいごの迷子まいごのおさるやいと呼子鳥よぶこどり、紅葉もみぢにあらで咲さきまさる、まさる目出度めでたき猿曳さるひきが、紋もんもでつかり裏梅うらうめの、梅うめの林はやしをうかれ来くる

隣り村から、今日はこの村の、葺屋町へとご贔屓の——風に回されて真っ赤な赤かんべ。初心は承知の初舞台、罷り出ましたるでたらめ出放題。酒のさの字のその隙に見失うた猿丸の、迷子の迷子の太夫やい、迷子の迷子のお猿やいと呼ばう呼子鳥。紅葉ではなくて咲きまさる、その「まさる」もめでたい猿曳が、紋も大きな裏梅の、梅の林を浮かれて来る。

ヲヽ太夫たいふ此処ここに居ゐたか、サ爰ここへ来こい来こい、寄よりを隔へだてゝ

「おお、太夫、ここにいたか。さあ、ここへ来い来い。」と、間を隔てて。

すりや其その猿さるの主ぬしは貴様きさまか、コレコレ何なにと物ものは相談さうだんぢやが、その猿さるをどうぞ譲ゆづつては呉くれまいか

「すりゃ、その猿の持ち主はお前か。これこれ、何と、物は相談だが、その猿をどうぞ譲ってはくれまいか。」

滅相めつさうな此この太夫殿たいふどのを手放てばなしましては、翌あすから商売しやうばいがなりませぬ

「滅相もない。この太夫どのを手放しましては、明日から商売が成り立ちませぬ。」

なる程ほど尤もつともぢやが、アレ彼処あそこに御座ござる女中ぢよちうは、更科主水経春さらしなもんどつねはる様さまといふ、お大名だいみやうの御代参ごだいさん、今度こんど賭弓のりゆみの御遊ぎよいうに、大内おほうちで用もちゆる靭うつぼに、猿さるの皮かはが入用いりようぢや程ほどに、あなたに猿さるを売うつては呉くれまいか

「なるほどもっともだが、あれ、あそこにおいでの女中は、更科主水経春さまというお大名の御代参。こんどの賭弓の御遊びに、御所で用いる靭に猿の皮が入用じゃほどに、あの方に猿を売ってはくれまいか。」

イエなんぼう大内おほうちの御遊ぎよいうでも、是こればつかりは御免ごめん下くださりませ御免ごめん下くださりませ、詫わびるに

「いえ、なんぼう御所の御遊びでも、これだけはご免くださりませ、ご免くださりませ」と詫びるのに。

此方こなたはつけ上あがり

こちらはますますつけ上がり。

そんならばどうでもならぬといやるか、女をんなとあなどり上様うへさまの、上意じやういを聞ききやらねば仕様しやうがある

「それならば、どうしてもならぬと言われるか。女と侮って上様の上意を聞かぬとあれば、こちらにも仕様がある。」

素袍すはう投なげかけ大名だいみやうの、威ゐを張はりつめし弓張ゆみはりの、矢先やさき鋭するどく立たちかゝる、猿曳さるひき驚おどろき飛とびしさり

素袍を肩に投げかけ、大名の威を張りつめた弓の弦、その矢先も鋭く立ちかかれば、猿曳は驚いて飛びしさり。

アヽもし待まつて下くださりませ待まつて下くださりませ、成程なるほど斯かうなるからは猿さるの皮かはをあげませふが、射殺いころされては猿さるの皮かはに、疵きずがついて役やくに立たちますまい、ハテどうか仕様しやうがと、小首こくび傾かたむけ点頭うなづいて

「ああ、もし、待ってくださりませ、待ってくださりませ。なるほど、こうなったからは猿の皮を差し上げましょうが、射殺されては猿の皮に疵がついて役に立ちますまい。はて、どうにか仕様があろう」と、小首をかしげてうなずいて。

ヲヲよい事ことが御座ござります、猿さるの一打ひとうちと申まうして急所きふしよが御座ござります程ほどに、皮かはにも疵きずの付つかぬやうに、打殺うちころしてあげませふ

「おお、よいことがございます。猿の一打ちと申して急所がございますほどに、皮に疵のつかぬように、打ち殺して差し上げましょう。」

そんならきつと打殺うちころして、サ早はやう渡わたせ

「それならきっと打ち殺して、さあ早う渡せ。」

ハツ

「はっ。」

かしこまつて御座ござると立上たちあがり、又またあるまじきお望のぞみは只今ただいま殿様とのさま殺ころせとある、ならぬと言いへば俺おれともに、只ただ一矢ひとやにて射殺いころすと、引ひくに引ひかれぬ強弓つよゆみの、仰おほせはかなき今日けふの仕儀しぎ、コレましよ

「かしこまってござる」と立ち上がり——またとあるまじきお望みは、ただいま殿様が「殺せ」と仰せられる。ならぬと言えば俺ともども、ただ一矢で射殺すという。引くに引かれぬ強弓の、そのお言葉のはかない今日の仕儀よ。「これ、ましよ。」

小猿こざるの時ときから飼置かひおて、朝夕あさゆふの煙けぶりさへそちがかげにて楽々らくらくと暮くらせしものを情なさけない

「小猿の時から飼っておいて、朝夕の煙——その日その日の煮炊きさえ、そなたのおかげで楽々と立ててきたものを。情けない。」

畜生ちくしやうなれどもよう聞ききよ

「畜生ではあるけれど、よう聞け。」

せめて今度こんどは人間にんげんに生うまれ変かはつて来くるやうに、数かぞへ込こんだる一節ひとふしに

「せめて今度は人間に生まれ変わって来るように」と、思いを数えこめた一節に。

ヱヽさりとはさりとは、ヱヱ又また有あろかいなさんな又またあろかいな

「ええ、さりとは、さりとは。ええ、またあろうかいな、またあろうかいな。」

是非ぜひなく是非ぜひなくも立上たちあがり、振上ふりあげし鞭むちの下した廻まはる小猿こざるのいぢらしさ

是非なく是非なくも立ち上がり、振り上げた鞭の下で回る小猿の、いじらしさよ。

アレアレ今いまのを御覧ごらんなされしか、打殺うちころさるゝ鞭むちとは知しらず、船ふね漕こぐ真似まねを仕しまするわいの

「あれあれ、今のをご覧なされたか。打ち殺される鞭とも知らず、船を漕ぐ真似をいたしまするわいの。」

そんなら何なにといふ、殺ころさるゝとは知しらいで芸げいをするかや

「それなら何としたこと、殺されるとも知らずに芸をするのかや。」

畜生ちくしやうでさへ物ものを知しるに、いかに主命しゆめいなればとて

「畜生でさえ物を知るというのに、いかに主命なればとて。」

ものゝ哀あはれも顧かへりみず、どうして夫それが殺ころされう、命いのちを助たすけた連つれて帰かへりや

「物のあわれも顧みずに、どうしてそれが殺されよう。命は助けた、連れて帰りゃ。」

エヽ夫それは誠まことで御座ござりまするか

「ええ、それは誠でございまするか。」

おいのう

「おお、そうじゃとも。」

ヤレヤレヤレ嬉うれしや、お礼れいに猿さるに舞まはせませふ、天下太平てんかたいへい御武運長久ごぶうんちやうきう御祈祷ごきたうに、猿さるが参まゐつて能のう仕つかまつる

「やれやれやれ、嬉しや。お礼に猿を舞わせましょう。天下太平・御武運長久のご祈祷に、猿が参って能をつかまつる。」

御知行ごちぎやうもまさる目出度めでた、踊をどるが手元てもと面白おもしろや、ハンヤコリヤコリヤコリヤ黄金こがねの数々かずかず積揃つみそろへ、庭にはに黄金こがねの花盛はなざかり、花実はなみも栄さかふ目出度めでたさよ

御知行もいよいよまさってめでたく、踊る手つきの面白さよ。はんやこりゃこりゃこりゃ、黄金の数々を積みそろえ、庭に黄金の花盛り。花も実も栄えるめでたさよ。

さらば我われらはお暇いとまと、行ゆくを引ひきとめ

「さらば、我らはおいとま」と行くのを引きとめ。

これ待また

「これ、待ちゃ。」

そりやまあなんの事ことぢやいな、私わたくしやお前まへに打込うちこで誑たらされて咲さくコレハ何なんぢやい室むろの梅うめ、笹鳴ささなかける黄鳥うぐひす菜ななと納豆なつとうの朝毎あさごとに飛とんで行ゆきたや主ぬしの側そば、見みれば見みる程ほどくつきりと、水際みづぎはのたつよい男をとこ、男をとこやもめと南瓜かぼちやの蔓つるは何処どこまでも、さいかち原はらの中なか迄までも、こちやお前まへならば関せきやせぬ、お前まへと一生いつしやう添そうなら、お薯いもや好すきな団子だんごを、断物たちものしたが憎にくいかヘ

「それはまあ、何のことじゃいな。わたしゃお前に打ち込んで、たらしこまれて——咲く、これは何じゃい、室の梅。笹鳴きをかける鶯、菜なと納豆の朝ごとに、飛んで行きたや主のそば。見れば見るほどくっきりと、水際の立つよい男。男やもめと南瓜の蔓はどこまでも、さいかち原の中までも。こちゃお前ならば関はせぬ。お前と一生添えるものなら、と好きな芋や団子を断ち物までしたのが、憎いかえ。」

ヱゝ女子をなごには何なにがなる、焦こがれ焦こがれしお姿すがたを

「ええ、女子にはかなわぬ」——焦がれに焦がれたそのお姿を。

絵ゑには書かかせはせぬものを、蕩気とろけざ惚ほれたが分わかるまい、まいまい廻まはる煤払すすはらひ、枝えだも栄さかへて葉はも茂しげる、お目出めでたや千代ちよの子こお目出めでたやお目出めでたや、おきよ所どころの笑わらひ草ぐさ

「絵には描かせもせぬものを。とろけるほど惚れたのが分かるまい」——まいまい回る煤払い、枝も栄えて葉も茂る。お目出たや千代の子、お目出たや、お目出たや。おきよ所の笑い草である。

おどけ雑まじりに小垣こがきの小影こかげの、小暗をぐらい所ところで夜よるのおとゞのねんねこエヽ念ねんが届とどいてばつちりと、焙烙割はうろくわりとは大胆だいたんな、亭主ていしゆをよくもさる座頭ざとう、二人袴ふたりばかまの綻ほころびし、中なかを押おさへて

おどけ交じりに、小垣の小陰の小暗いところで、夜の御殿のねんねこ。ええ、念が届いてばっちりと。焙烙割とは大胆な、亭主をよくも——猿座頭、二人袴のほころびた、その仲を押さえて。

やるまいぞやるまいぞ、花盗人はなぬすびとをやるまひぞ

「やるまいぞ、やるまいぞ。花盗人をやるまいぞ。」

おのれ逃にげぎよとておいそれと、やつちやしてこい不寐ねずみの番ばん

「おのれ、逃げようとしてもおいそれとは行かぬ。やっちゃしてこい、寝ずの番。」

棒ばうと手拭てぬぐひ枕まくらもと、つかれにたわい転寐うたたねの寐息ねいき窺うかがひ寄よる鼠ねずみ、そろそろ這出はひだしちよつかいに、はし箱ばこ膳棚ぜんだなを踏荒ふみあらしたる畜生ちくしやうめ、これもくらはす樫かしの棒ばう、すぢつてもぢつてかぎやりやヱイヱイトウトウ、やつとふの納太刀をさめだち、豊ゆたかの御代みよの一踊ひとをどり

棒と手拭いを枕もとに、疲れにたわいなくうたた寝の、その寝息をうかがって寄って来る鼠。そろそろと這い出してちょっかいを出し、箸箱や膳棚を踏み荒らしたる畜生め。これにも食らわす樫の棒。すじってもじってかぎやりゃ、えいえい、とうとう。やっとうの納め太刀、豊かな御代の一踊りである。

立舞たちまふうちに以前いぜんの小猿こざる、あたりの梅うめへ駆上かけあがれば、見みるより吃驚びつくり

立ち舞ううちに、さきほどの小猿があたりの梅の木へ駆け上ったので、見るより驚き。

アレアレ猿さるが梅うめの梢こずゑへ、コレ太夫たいふおりて呉くれ

「あれあれ、猿が梅の梢へ。これ太夫、下りてくれ。」

そうに三人さんにん立たちかゝり、届とどかぬ梢こずゑの綱渡つなわたり、三筋みすぢの霞かすみ猿曳さるひきや、橘花きつくわ薫かをる花舞台はなぶたい、笑わらひ興きようじて祝しゆくしける

そうにと三人が立ちかかり、手の届かぬ梢を猿は綱渡り。三筋の霞のかかる猿曳よ、橘の花の薫る花舞台に、みなで笑い興じて祝したのであった。

この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。

詞は中村重助。本名題は『花舞台霞の猿曳』で、原典もこの題名で載る。作曲者・初演年は原典に記載がない。

原典の題名は「靭猿」だが、長唄の「靭猿」と同名になってしまうため、当ライブラリでは原典が併記する別題『新うつぼ』を曲名に採った。長唄の「靭猿」とは別の曲である。

「靭」は矢を入れて背に負う筒で、獣の皮を張る。曲の発端はこの皮を求めるところにある。

「人来鳥」は鶯の異称。「周の春」は中国の周の代になぞらえた泰平の春をいう。

「弓始め」は年の初めに射初めをする行事。「賭弓」は的中を競う宮中の行事。

「白川」は白川夜船で、何も知らぬことをいう。以下「網引き」「餌引き」「四つ手引き」「木をひく」「引き戻された」「長縄手」と、引くことばを続けた地口になっている。

「葺屋町」は江戸の芝居町。猿曳の名乗りに、芝居の口上の言いまわしを取り込んでいる。

「まさる」は猿の異称で、「勝る」を掛ける。猿曳の舞の「御知行もまさる目出度」も同じ掛けかた。

後半のおどけの一段は、狂言の曲名を詠みこんだ尽くしになっている。焙烙割・猿座頭・二人袴・花盗人・棒縛・鼠のたぐいが読み取れる。結びの「やるまいぞやるまいぞ」も狂言の留めの型。

「御贔負」は原典の当て字で、御贔屓のこと。改めずそのままにした。

「コレコヲレ/\」の繰り返し記号は、どこまでを繰り返すのかが定めがたい。ここでは「コレコヲレコヲレ」と読んだが、原典の切り方は確かめられなかった。

次の語は意味の定まらないところで、推測で埋めず原典のまま残した。「伊勢同者」「真赤いな赤かんべ」「寄を隔てて」「コレましよ」(猿への呼びかけらしい)「蕩気ざ惚た」「おきよ所」「やつちやしてこい」「すぢつてもぢつてかぎやりや」「やつとふの納太刀」。

「さんな」「又あろかいな」は囃子詞で、同じ常磐津の「三人生酔」にも出る。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。