戻駕もどりかご
常磐津 桜田治助 述 本名題『戻駕色相肩』 作曲者・初演年不詳

京の紫野、空駕籠を戻す途中の二人の駕籠舁——江戸の与四郎と難波の次郎作が、休みしなに江戸と上方の自慢をやり合う。乗せてきた禿を呼んで島原の話をさせ、新町の揚屋の景気、吉原の通いぶりと語り継ぐ。
あらすじ
新玉の年を三年も待ちわびて、待たれる顔に待つ顔を合わせ鏡——その蒲団までが色でもてるか四手駕籠。花が人を呼ぶ浮気な花、月に浮かれる浮気な月。折り込みじゃ、合点じゃ、片山じゃ、合点じゃ——下戸は酒手で萩の花、飲み込んだ。紅葉も風にやつし事、と拍子を取りながらやって来る。名乗り出るのは吾妻の与四郎、そして難波の次郎作。江戸の紫は難波にあるまいと言えば、江戸に大坂のような揚屋はあるまいと返す。仲之町の灯籠が見せたい、いや住吉天満高津の祭の仁輪加はあるまい。御殿山に飛鳥山、上野のような桜があるか。伝法院の鶴が見せたい——と際限もない。やがて山々の景色を眺めて一服。降る酒かと見れば雪ではなく、白鳩がおのれの羽をこぼしたのか。雲か煙草の薄煙が輪になる梅に、鶯もまだ笹鳴きの擦り火打ち。石より堅い相棒に、角の取れた息杖は五枚銀杏に三つ銀杏——よい相方の戻り駕籠。乗せてきた振袖は島原の傾城・小車太夫の禿だという。呼び出して郭の話を聞こうということになり、代わりにこちらも江戸の吉原、大坂の新町の話をすると約束する。次郎作は新町で花を打った昔を語り、腰巻羽織一つ前の丹前姿を見せたいと言い、息杖を大小に差して往昔に立ち帰る。振り出す花吹雪、腰巻羽織に雲の帯。上の町どっこい下の町、中の中の仲之町——さまに焦がれて柴船の、薫りゆかしき一つ前。禿は禿と侮られたのを悔しがり、やがて悪所を島原の、ませより染める藍の花、外でいじられ内では堰かれ、雨の柳の出口まで幾たび通う小夜千鳥と訴える。与四郎の番になれば、江戸町でなし二丁目でなし、角町京町小店でなし河岸でなし——恥ずかしながら河豚汁、つまり鉄砲店よと明かす。逢いたいという日には闇雲、雷神門にも柳橋にも猪牙も四手も多いけれど、日和下駄で帯を締め直して駆け出す。月待日待、田町の法印の守り札、相性も木性と火性、吸付煙草の火皿までが——短い夜半をきりぎりす、枕も床も上草履、浮気同士の仇競べ。次郎作は新町の揚屋を語る。揚屋の数は十二軒、十二因縁を表す。九品の浄土の九軒町、瓢箪町の名に浮かぶ弥陀の西口、歌三味線の音楽に虚空から花を降らせて、歌舞の菩薩の揚屋入り。恋の山口、名も高島や、色の世界に住吉や。通い馴れた新町の井筒にかけた大和歌。酒に底なき盃も素直には受けぬ横町——と続くうち、太夫の心を引いてみれば男はむっとして、この胸づくしをこのようにと涙ぐむ。私はお前に打ち込んで身を尽くした難波潟、梅よりも粋な殿ぶりにたぶらかされて咲く室の闇、昼も屏風の冬籠り、抱いて音締めの三味線もいとしい男をよそへ唄——やがて東へ行く身じゃものと、袂に露を置き炬燵。布団のうちの悪洒落が、この紫色の江戸自慢。捻ろうが叩こうが、とても邪慳な気に惚れた女心の一筋よ、と癪の手を取って懐へ引き寄せれば、うちから取り出すのは千鳥の香炉。こちらは出す連判状——それを、どっこい。錦織るという木々の色、濡れて寝る夜の色見草、時雨に染まる後朝は可愛らしいじゃないかいな。水に住むという浮寝鳥、さまと寝る夜のぬくめ鳥、別れも鴛鴦の思い羽は可愛らしいじゃないかいな。たよりは物馴れ事馴れて、煙管を時の盃と二人の中へ差し出せば、互いに我からと早くも心が解け合って、目元に含む笑いの眉。開く花の顔見世は、頼もしいことであった。
詞章と現代語訳
新玉の、年の三歳を待侘びて、待るる顔に待つ顔を、合せ鏡の蒲団さへ、色でもてるか四手駕籠
新玉の年、その三年を待ちわびて、待たれる顔に待つ顔を合わせる——合わせ鏡ならぬ、その蒲団までが色でもてるのか、四手駕籠よ。
花が人呼ぶ浮気の花が、月に浮るる浮気な月に、浮に浮るるヤレ月花に
花が人を呼ぶ、その浮気な花が。月に浮かれる、その浮気な月に。浮きに浮かれる——やれ、月に花に。
折込ぢや
「折り込みじゃ」
合点ぢや
「合点じゃ」
かた山ぢや
「片山じゃ」
合点ぢや
「合点じゃ」
げこは酒手ではぎの花
下戸は酒手を——萩の花のように、ただ手にするばかり。
飲こんだ
「飲み込んだ」
さまは
「主は」
なる口こちや色しやうこ、紅葉も風にやつしごと、拍子とりどり来りける
いける口、こちらは色が証拠。紅葉も風にやつし事——と、めいめい拍子を取りながらやって来た。
罷り出たる者は吾妻の与四郎と申す駕舁にて候
「罷り出でたる者は、東の与四郎と申す駕籠舁でござる」
罷り出たる者は難波の次郎作と申す豪い駕舁にて候
「罷り出でたる者は、難波の次郎作と申すえらい駕籠舁でござる」
アコレアコレ、何ぼお主が難波難波と言ても、江戸のやうな紫色はあるまいが
「あこれあこれ、いくらお主が難波難波と言っても、江戸のような紫色はあるまいが」
イヤ何ぼこなさんが爾言んしても江戸には又大阪のやうな揚屋は厶んすまい
「いや、いくらおまえさんがそう言いなさっても、江戸には大坂のような揚屋はござんすまい」
ア仲の町の灯篭が見せたいわい
「ああ、仲之町の灯籠を見せたいわい」
そんなら又住吉天満高津の祭、あのやうな仁輪加は厶んすまい
「そんならまた、住吉・天満・高津の祭よ。あのような俄はござんすまい」
事も愚や御殿山に飛鳥山、上野のやうな桜があるか
「言うも愚かよ。御殿山に飛鳥山、上野のような桜があるか」
ア伝法院の鶴が見せたいわい
「ああ、伝法院の鶴を見せたいわい」
そんなら江戸のやうな結構なお屋敷があるか
「そんなら江戸のような結構なお屋敷があるか」
サアそれは
「さあ、それは」
しやつとでも言て見ろ
「しゃっとでも言ってみろ」
ヤ此奴はあやまつと
「や、こやつには参った」と。
ちつとさうでも厶るまい、ハアア何の役にも立たぬ事を、いかい痴な、ときに棒組、あの山々の景色を見やれ
「ちっともそうでもござるまい。はあ、何の役にも立たぬことを、えらい戯けよ。ときに相棒、あの山々の景色を見やれ」
どれどれ成程なあ、よい景色だ
「どれどれ。なるほどなあ、よい景色だ」
あれを眺めて、さらば一服致さうか
「あれを眺めて、さらば一服いたそうか」
降る酒見れば雪ならで、おのが羽こぼす白鳩や、雲か煙草の薄煙輪になる梅に黄鳥も、まだ笹鳴きの擦火打、石より堅い棒組に、角のとれたる息杖は、五枚銀杏に三ツ銀杏、よい相方の戻駕籠
降る酒かと見れば雪ではなく、おのが羽をこぼす白鳩か。雲か煙草の薄煙が輪になる梅に、鶯もまだ笹鳴き——その笹鳴きならぬ擦り火打ち。石より堅い相棒に、角の取れた息杖は五枚銀杏に三つ銀杏。よい相方の戻り駕籠よ。
何と次郎作、おいらが乗て来た振袖は何であらうな
「なんと次郎作、おれたちが乗せて来た振袖は何者であろうな」
あれは島原の傾城、小車太夫の禿さ、そんなら此処へ呼び出して、島原の郭の話を聞かうぢやあるまいか
「あれは島原の傾城、小車太夫の禿さ。そんならここへ呼び出して、島原の郭の話を聞こうではないか」
これはよからう、サアサア姉さん爰へお出お出
「これはよかろう。さあさあ姉さん、ここへお出でお出で」
谷の戸開て黄鳥の、まだ里馴れぬ風情にて、面はゆげなるその素振、申し此処はマア何といふ所で厶んすへ
谷の戸を開けて出る鶯のように、まだ里に馴れぬ風情で、きまり悪そうなその素振り。「もし、ここはまあ何という所でござんすえ」
此処は紫野といふ所さ、ときに姉さん、何と島原の郭の話を、話して聞かせる気はないか
「ここは紫野という所さ。ときに姉さん、島原の郭の話を聞かせてくれる気はないか」
サアそれは
「さあ、それは」
これその代りに俺も江戸の吉原の情事を、あとで話して聞かせるは、コレ棒組お主も新町の話をする気はないか、どうだどうだ
「これ、その代わりにおれも江戸の吉原の色事をあとで話して聞かせる。これ相棒、お主も新町の話をする気はないか。どうだどうだ」
さう言ば俺も又新町では花をやつたものよ、此駕舁に引換へて、紋日物日の扮装は、腰巻羽織一つ前、よしや男の丹前姿、ゆりかけゆりかけ寛濶出立ナ見せたいわい
「そう言えばおれもまた、新町では花を打ったものよ。この駕籠舁とは打って変わって、紋日物日の出で立ちは腰巻羽織の一つ前。よしや男の丹前姿、ゆりかけゆりかけ、その伊達な出で立ちを見せたいわい」
さうであらうよ、迚もの事に其話が、聞きたいわいなわいな
「そうであろうよ。どうせのことにその話が聞きたいわいな、わいな」
成程話して聞かさうが、肝心の大小がない
「なるほど話して聞かせようが、肝心の大小がない」
おつとそこらは合点と、息杖取りて差出せば
「おっと、そこらは合点」と息杖を取って差し出せば。
これも新し風俗と、其儘とつてつかみ差し
これも新しい風俗よと、そのまま取ってつかみ差しにする。
又往昔に
またも昔に。
立帰り
立ち帰り。
振て振出す花吹雪、振出す振出す花の雪よの、腰巻羽織雲の帯
振って振り出す花吹雪。振り出す振り出す、花の雪よの。腰巻羽織に雲の帯。
上の町どつこい下の町
上の町、どっこい下の町。
どつこい
「どっこい」
中のなかのなかの仲の町、さまに焦れて柴船の、薫り床しき一つ前、どつと褒てとうした流石東の男山
中の中の中の仲之町。主に焦がれて焼く柴船——その薫りもゆかしい一つ前。どっと褒めて、どうした、さすがは東の男山よ。
コイヨ
「こいよ」
コイ
「こい」
おらは元来つかはれ者よ、今度此度めされた気転きかせて智恵の輪出して、やるぞ白紙ふみばこちさう衆生済度にいろがの、晩に御座らば窓から御座れ、窓は広かれ身は細かれ、忍び来る夜の其風俗は、恋の奴の通り者
おれはもともと使われ者よ。このたび召された気転をきかせ、知恵の輪を出してやるぞ——白紙、文箱、ちそう、衆生済度に色がの。晩においでなら窓からおいで。窓は広かれ、身は細かれ。忍んで来る夜のその姿は、恋の奴の通り者よ。
サアこれからは相方の女郎がなければ話されぬ
「さあ、これからは相方の女郎がなければ話せぬ」
コレ此子が禿でなくばなあ
「これ、この子が禿でなければなあ」
そんなら私が禿故、その相手にはならぬかへ、ヲヲしんき
「そんなら私が禿ゆえ、その相手にはならぬのかえ。ああ、辛気な」
禿かむろとたくさんさうに、言ておくれな訳見習ふて、軈て悪所を島原の、ませよりそむる藍の花、外で弄られ内では堰れ、ほんに身もよも霰ふる、雨の柳の出口まで、幾度通ふ小夜千鳥、鳴きやしよさいか味気なや
「禿、禿とたくさんそうに言っておくれな」——わけを見習って、やがて悪所を知る島原の、ませたうちから染まる藍の花。外ではいじられ、内では堰かれ。ほんに身もよも霰が降る、雨の柳の出口まで、幾たび通う小夜千鳥。鳴いてもしょうがないのか、味気ないことよ。
やんややんやどうもいへぬ、是でまあ京大坂の話は済だといふものだ、サアサアこれから江戸の吉原話を、与四郎頼むはたのむは
「やんややんや、なんとも言えぬ。これでまあ京大坂の話は済んだというものだ。さあさあ、これから江戸の吉原話を。与四郎、頼むは頼むは」
先おれが情事と言は、江戸町でなし二丁目でなし角町京町小店でなし河岸でなし
「まずおれの色事というのは、江戸町でなし、二丁目でなし、角町、京町、小店でなし、河岸でなし」
そして何処ぢや
「そしてどこじゃ」
恥かしながら河豚汁よ
「恥ずかしながら、河豚汁よ」
ハアア鉄砲か
「はあ、鉄砲か」
あやまるの
「参るの」
サア其話が聞きたいききたい
「さあ、その話が聞きたい、聞きたい」
問はれて言も恥かしいが、広袖であらうが細帯であらうが、逢たいといふ日にやア闇雲よ、雷神門にも柳橋にも、猪牙も四手も多けれど、奴を思へば日和下駄で帯を締直して、ずつと駆出すせうがにやア
「問われて言うのも恥ずかしいが、広袖であろうが細帯であろうが、逢いたいという日には闇雲よ。雷神門にも柳橋にも、猪牙も四手も多いけれど、あいつを思えば日和下駄で帯を締め直し、ずっと駆け出すしょうがないのよ」
地廻り節に声絞る、つい手拭の頬冠り
地廻り節に声を絞って、つい手拭いの頬かむり。
月待日待だいまちや、田町に御座る法印さんの、守りお札や占やさん、よく相性も木性と火性、吸付煙草の火皿さへ、鉄砲店の気散じは、短き夜半をきりぎりす、枕も床も上草履、浮気同士の仇競べ、廻らば廻れ女気の、口説せぬ日も茶碗酒、コハ馬鹿らしいぢやないかいな
月待、日待、だいまちや。田町にござる法印さんの守り札や占い。相性もよく木性と火性。吸付煙草の火皿までが——その鉄砲店の気晴らしは、短い夜半をきりぎりす。枕も床も上草履。浮気同士の仇競べ。廻らば廻れ女気の、口説かぬ日も茶碗酒。こりゃ馬鹿らしいじゃないかいな。
ア成程きついものだ、イヤまた新町の揚屋といふは別なものよ、太夫天神引舟鹿恋、限りの太鼓をうつまでは、それはそれは賑かな事、何と話して聞かさうか
「ああ、なるほどきついものだ。いやまた新町の揚屋というのは格別なものよ。太夫、天神、引舟、鹿恋——仕舞いの太鼓を打つまでは、それはそれは賑やかなこと。なんと話して聞かせようか」
こりや面白からう、サアサア所望ぢやしよまうぢや
「こりゃ面白かろう。さあさあ、所望じゃ、所望じゃ」
先揚屋の数は十二軒、十二因縁を表したり、九品の浄土の九軒町、瓢箪町の名にうかむ、弥陀の西口継節の、歌三味線の音楽に、虚空に花を降らせつつ、歌舞の菩薩の揚屋入
「まず揚屋の数は十二軒。十二因縁を表したもの。九品の浄土の九軒町、瓢箪町の名に浮かぶ弥陀の西口、その継節。歌三味線の音楽に、虚空から花を降らせつつ——歌舞の菩薩の揚屋入りよ」
恋の山口名も高島や、色の世界に住吉や、通ひ馴れたる新町の、井筒にかけし大和歌、由縁の端の兼好が、酒に底なき盃盞も、直にはうけぬ横町の、童子と聞けば茨木や、手元みやこと捻上戸、あれ暁方の明星が、西の扇や東にも、ちらりちらりちらりと千鳥足
「恋の山口、名も高島や。色の世界に住吉や。通い馴れた新町の井筒にかけた大和歌。ゆかりの端の兼好が、酒に底なき盃も、すぐには受けぬ横町の。童子と聞けば茨木や。手元は都と、捻り上戸。あれ、暁方の明星が西の扇や東にも、ちらりちらりちらりと千鳥足」
生野暮薄鈍情なし手なしの癖として、悪洒落いふたり大通仕打はあるまいが、どうい理屈か気が知れぬと、太夫が心をひいたれば、其処で彼奴めもむつとして
「生野暮の薄のろ、情なしの手なしの癖として、悪洒落を言ったり大通ぶった仕打ちはあるまいが、どういう理屈か気が知れぬ」——と太夫が心を引いてみれば、そこであいつめもむっとして。
コレコレ此胸づくしを此様にとつたほうから涙ぐみ、そりやマアなんの事ぢやいな、私やお前に打込んで、身をつくしたる難波潟、梅よりすいな殿振りに、誑されて咲く室の闇、昼も屏風の冬籠り、抱て音締の三味線も、いとし男をよそへ歌
「これこれ、この胸づくしをこのように」と、取ったほうから涙ぐみ。「そりゃまあ何のことじゃいな。私はお前に打ち込んで、身を尽くした難波潟。梅よりも粋な殿ぶりにたぶらかされて咲く室の闇。昼も屏風の冬籠り。抱いて音締めする三味線も、いとしい男をよそへの唄」
軈て東へ行身ぢやものと、袂に露を置炬燵、布団のうちの悪洒落が、この紫色の江戸自慢、捻らしやんしよが、叩かんしよが、とても邪慳な気に惚れた、女子心の一筋は、コレこの癪の手を取りて、引寄せ入るる懐中の、うちより取出す千鳥の香炉、此方は出す連判状、それを、どつこい
「やがて東へ行く身じゃもの」と、袂に露を置く——その置炬燵。布団のうちの悪洒落が、この紫色の江戸自慢。捻ろうがお叩きになろうが、それでも邪慳な気に惚れた、女心の一筋は。これ、この癪の手を取って引き寄せる懐——そのうちから取り出すのは千鳥の香炉。こちらが出すのは連判状。それを、どっこい。
錦織るてふ木々の色、濡れてぬる夜の色見草、時雨にそむる後朝は、可愛らしいぢやないかいな、アア可愛らし
錦を織るという木々の色。濡れて寝る夜の色見草。時雨に染まる後朝は、可愛らしいじゃないかいな。ああ、可愛らし。
水に住むてふ浮寐鳥、さまとぬる夜のぬくめ鳥、別れも鴛鴦の思ひ羽は、可愛らしいぢやないかいな、アア可愛らし、可愛らしさと夕日ばへ
水に住むという浮寝鳥。主と寝る夜のぬくめ鳥。別れも鴛鴦の思い羽は、可愛らしいじゃないかいな。ああ、可愛らし。その可愛らしさと、夕日映え。
たよりは物馴れ事馴れて、煙管を時の盃盞と、二人が中へ差出せば、互ひに我からわれからと、早くも心解け合ふて、目元に含む笑の眉、開くや花の顔見世は頼もしかりける次第なり
たよりは物馴れ事馴れて、煙管をその場の盃代わりに二人の中へ差し出せば、互いに我から我からと早くも心が解け合って、目元に含む笑いの眉。開く花のような顔見世は、まことに頼もしいことであった。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
本名題は『戻駕色相肩』。原典は読みを「もどりかごいろのあいかた」とする。詞は桜田治助。作曲者・初演年は原典に記載がない。
場は京の紫野。客を送り届けた帰りの空駕籠を戻す途中の二人の駕籠舁が、江戸と上方を張り合う趣向。芝居では二人はのちに石川五右衛門と真柴久吉と知れるが、この詞章では正体は明かされない。
「四手駕籠」は四本の竹を四隅に立てた辻駕籠。「息杖」は駕籠舁が突く杖で、これを大小の刀に見立てて丹前姿の物真似をする。
「紫色」は江戸紫。江戸の自慢の代名詞として使い、末尾でも「この紫色の江戸自慢」と繰り返す。
「仲の町の灯篭」は吉原の玉菊灯籠。「伝法院の鶴」は浅草寺伝法院の庭に飼われていた鶴。いずれも江戸の名物。
「住吉天満高津の祭」「仁輪加」は大坂の祭と俄狂言。
「五枚銀杏に三ッ銀杏」は息杖の握りの形をいったもの。
「江戸町・二丁目・角町・京町・小店・河岸」はいずれも吉原の町名と見世の格。それを全部否定したうえで「河豚汁(鉄砲)」と落とすのは、鉄砲店すなわち最下級の女郎屋を指す洒落。
「太夫・天神・引舟・鹿恋」は上方の遊女の位。
「揚屋の数は十二軒、十二因縁」以下は、新町の町名や屋号を仏語に掛けて連ねる地口。九軒町に九品の浄土、瓢箪町に弥陀の西口、高島屋・住吉屋・井筒屋・兼好・茨木屋・都屋などの揚屋の名を詠みこむ。
結びの「顔見世」は芝居の顔見世興行にかけ、二人が打ち解けた首尾を寿ぐ。
次の語は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。「折込ぢや」「かた山ぢや」「げこは酒手ではぎの花」「しやつとでも言て見ろ」「白紙ふみばこちさう」「月待日待だいまちや」「ませよりそむるあいの花」「駆出すせうがにやア」。いずれも駕籠舁の掛け合いや当時の流行り言葉と思われる。
廓の内輪の言葉が多く、他の曲より読みの定まらない箇所が残る。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。