恋こひ
作詞者・作曲者・初演年不詳 目次の題名「こひ」

濡れぬ先から気を回す薄の露に始まり、風が邪魔をして分かれる二人、酒にかこつけた足掻き、十六夜の雲、屏風、筆にも煙管にも託しきれぬ思い——「みんな浮世はままならぬ」と嘆きに納める小品。「言うに言われぬ、言えば言う、ただひと口で済むことを」の一節が眼目。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。
あらすじ
濡れぬ先から、薄は露を——なんのその。妬いたが嘘なら、腹みはすまい。風が邪魔をして二人の仲を分けて、分からぬ秋の蔦。足掻きは酒にかこつけても、また恥ずかしい十六夜。雲はたがいの屏風になって、包むにあまる思いのたけを——言うに言われぬ、言えば言う。ただひと口で済むことを、筆に頼むも気がもめて、煙草盆へは届かぬ煙管。みんな浮世は、ままならぬ。
詞章と現代語訳
ぬれぬさきすゝきはつゆをなんのその、ねたがうそならはらみはせまい、風がじやましてふたりが中をわけて、わからぬ秋のつた、あがきはさけにかづけても、またはづかしき十六夜
濡れぬ先から、薄は露を——なんのその。妬いたが嘘なら、腹みはすまい。風が邪魔をして二人の仲を分けて、分からぬ秋の蔦。足掻きは酒にかこつけても、また恥ずかしい十六夜。
くもはたがひのびやうぶになりて、つゝむにあまるおもひのたけを、いふにいはれぬいへばいふ、たゞひとくちですむことを、筆にたのむもきがもめて、たばこ盆へはとゞかぬ煙管、みんなうき世はまゝならぬ
雲はたがいの屏風になって、包むにあまる思いのたけを——言うに言われぬ、言えば言う。ただひと口で済むことを、筆に頼むも気がもめて、煙草盆へは届かぬ煙管。みんな浮世は、ままならぬ。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、合方の指示は省いた。原典は目次の題名を「こひ」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「十六夜」は十六夜の月で、いざよう(ためらう)に掛ける。「雲は互いの屏風」は、雲が二人を隠す屏風になるという見立て。
「煙草盆へは届かぬ煙管」は、手が届かぬもどかしさを廓の道具に託した言いまわし。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ぬれぬさきすゝきはつゆを」の続き方、「はらみはせまい」(腹立ちの意か)、「わからぬあきのつた」「あがきはさけにかづけても」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。