藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

廓花対編笠さとのはなついのあみがさ

清元  本文の題名『〔よしや男のむかしを今に〕廓花対編笠』  三枡屋二三治 作(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

廓花対編笠 土手の対の編笠と蛇の目
土手の対の編笠と蛇の目

家の宝を紛失した落度を負う若衆・女之助と、館を出てそれに従う姫の、吉原の大門近くの土手をゆく道行。「世の中はうき事ばかり」と起こし、闇の夜の土手の霜、見返り柳、移り香の肌と肌へ運ぶ。大門口まで来て、女之助は「宝の詮議のため、そなたは館へ帰れ」と姫を帰そうとするが、姫は「たとえいずくの果てまでも」と離れない。この春の隅田の花見に物見の幕が仲人となった馴れ初め、繻子の袴と糸取りの戯れ唄、相合傘に春雨と続き、二上りの「ぬれてぬる夜のつゆしぐれ」から、宝さえ出れば元の身と、二人は手に手を取って急いで行く。仮名書きの多い『柏葉集』の本文に漢字を当てた。

あらすじ

世の中は憂いことばかりという習いのなかを、名に橘の二人連れ。女之助の忍び路も、姫の思いはなかなかに。闇の夜、吉原近い土手の霜を踏み、見返り柳に風が誘う。大門口まで来て姫が「ここはまあ何という所です」と問えば、女之助は、むら雀の御判の紛失が自分の落度となったゆえ宝の行方を尋ねるのだ、そなたは館へ帰って父御に伝えよ、と言う。姫は、たとえいずくの果てまでもお供して詮議をと譲らない。女之助は、家の宝さえ手に入れば水も漏らさぬ仲になり家も立てたいと胸のうちに願い、それを言えずにいる。姫はこの春の隅田の花見に物見の幕が仲人をした馴れ初めを持ち出し、繻子の袴と糸取りの戯れ唄、相合傘の春雨とうたい交わす。宝さえ出れば元の身と、二人は手に手を取って土手を急いで行く。

詞章と現代語訳

世よの中なかは〔合〕うき事ことばかりはしたなき〔合〕事ことのみまさるならひとて、名なに橘たちばなの二人ふたりづれ〔長地〕女之助をんなのすけか忍しのび路ぢも、姫ひめが思おもひはなかなかに〔合〕

世の中は憂いことばかり、はしたないことばかりが増えるのが習いとて——名に橘の二人連れ。女之助の忍び路も、姫の思いはなかなかに。

心こゝろせかれて〔長地〕身みははれやらぬやみの夜よも〔合〕よし原はら近ちかき土手どての霜しも〔合〕

心せかれて、身は晴れやらぬ闇の夜も、吉原近い土手の霜。

ふみもならはぬ道芝みちしばは、手てにとりこゑを、よそに見みて〔合〕

踏み慣れぬ道芝は、手に取り、声をよそに聞いて。

〔カン〕

見みかへり柳やなぎ、風かぜさそふ、誰たがおもはくも、しらあやの〔合〕

見返り柳を風が誘う。誰の思惑も知らぬ、白綾の。

下着したぎにものを思おもへとて

下着に物を思えとて。

うつり香がさめぬ肌はだとはだ〔合〕

移り香の冷めない肌と肌。

人目ひとめ思おもはで遊行ゆぎやうに〔合〕旅人たびびとの井ゐの名などころも聞きてうれしき鶯うぐひすの、まつにゑにしの妹背いもせ事ごと初心うぶらしくも来きたりける

人目も思わず遊行の旅人の、井の名どころも聞いてうれしい鶯の——松に縁の妹背事、初々しくもやって来た。

〔姫〕

申まうし女之助をんなのすけさま、自みづからゆゑにあなたのうき難儀なんぎ、館やかたは出では出でたれど、爰こゝはマアなんといふ所ところでござんす

「申し、女之助さま。わたくしゆえにあなたは憂き難儀。館は出は出たけれど、ここはまあ、何という所でございます」。

〔女之助〕

ほんにうかうか来きごとは来きたが、こゝは名なにしおふ吉原よしはらの大門口おほもんぐち、此程このほどきびしき宝たからの詮議せんぎ、むらすゞめの御判ごはん紛失ふんしつも此身このみの落度おちどとなりし故ゆゑ

「ほんに、うかうかと来ることは来たが、ここは名に負う吉原の大門口。このごろ厳しい宝の詮議——むら雀の御判の紛失も、この身の落度となったゆえ」。

〔女之助〕

姫ひめを件ともなひ宝たからの行衛ゆくゑ尋たづねんため、そなたはこれより館やかたへ帰かへり、父御てゝごへ此事このことつたへてたも

「姫を伴って宝の行方を尋ねるため、そなたはこれより館へ帰り、父御へこの事を伝えてたもれ」。

〔姫〕

イエイエみづからはあなたと共ともに、たとへいづくの果はてなりとお供とも申まうして宝たからの詮議せんぎを

「いえいえ、わたくしはあなたと共に、たとえいずくの果てなりともお供して、宝の詮議を」。

〔女之助〕

なんの女子をなごのいらぬ事こと、こゝから先さきへかへりやかへりや

「なんの、女子のいらぬこと。ここから先は帰りや、帰りや」。

人ひとやとがめん口くちのはに、〔長地〕かゝるつらさもおちどゆゑ、家いへの宝たからも手てにいれば〔合〕水みづももらさぬ筒井筒つゝゐづゝ、家いへをも立たてたき身みの願ねがひ〔合〕

人が咎めもしようかと口の端に。このつらさも落度ゆえ。家の宝さえ手に入れば、水も漏らさぬ筒井筒の仲となり、家をも立てたいわが身の願い。

姫ひめにはなんといはばしの、渡わたる思おもひを打うちつけに、言いはぬ心こゝろは恋こひのふち〔合〕

姫には何と言おうか——胸を渡る思いを打ち明けずにいる心は、恋の淵。

それとさとりて悋気りんき坊ばう、そりやマア何なんの事ことじやら

それと察して悋気坊——「そりゃまあ、何の事じゃら」。

今いまさらそんな謎なぞかけて、一人ひとりこゝから帰かへれとは〔長地〕あの清元きよもとの浄瑠璃じやうるりかなんぞのやうにいふたとて

「今さらそんな謎をかけて、一人ここから帰れとは。あの清元の浄瑠璃か何ぞのように言うたとて」。

ほんに思おもへば此春このはるの、隅田すみだのさくらの花見時はなみどき〔合〕物見ものみの幕まくが仲人なかうどして

ほんに思えば、この春の隅田の桜の花見時。物見の幕が仲人をして。

〔カン〕

互たがひに人目ひとめつゝましく、忍しのぶ其目そのめのうれしさか

互いに人目をつつしみ、忍んで見交わすその目のうれしさか。

わたしに船ふねのかぢ枕まくら、ぬれて寝ねよとのはんじものかたい、此手このてがすてられぬいたづら者ものじや〔二ノナガシ〕ないかいな〔合〕

わたしに船の楫枕、濡れて寝よとの判じ物か——固いこの手が捨てられぬ、いたずら者じゃないかいな。

其そのお心こゝろにほだされて、はなれがたなき風情ふぜいなり

そのお心にほだされて、離れがたい風情である。

風かぜにきこゆる一ひとふしも、どこかゆかしきよそのりやう〔合〕

風に聞こえるひと節も、どこかゆかしい、よその「りやう」。

しゆすの袴はかまのひだとるよりも〔合〕君きみの心こゝろがとりにくい、さりとはさりとは

繻子の袴の襞を取るよりも、あなたの心が取りにくい。さりとは、さりとは。

しづが伏屋ふせやで糸いととるよりも、主ぬしの心こゝろがとりにくい、さりとはさりとは、実じつに誠まことと思おもはんせ、さてもにぎはし面白おもしろや〔合〕

賤の伏屋で糸を取るよりも、主の心が取りにくい。さりとは、さりとは。実に誠と思いなされ。さても賑やかで面白いことよ。

土手どてを通とほるは〔合〕たしかあいつにやあるまいか、いやいや違ちがふた、しぶ蛇じやの目め〔合〕相合傘あひあひがさの、しつぽりとアレ春雨はるさめが降ふるはいな〔合〕

土手を通るのは、たしかにあいつではあるまいか。いやいや違うた——渋の蛇の目、相合傘のしっぽりと。あれ、春雨が降るわいな。

ふらくるさりとは気短きみじかかなちよつちよつと咄はなして行ゆしやんせ、さりとは気短きみじかな

「ふらくる、さりとは気短かな。ちょっと、ちょっと話して行きなされ」。さりとは気短かな。

〔長地〕その古事ふるごとのたはれうた、これもあたらしかしのうへ

その古い戯れ唄も、これも新しい、しかしのうえ。

〔二上り〕

ぬれてぬる夜よのつゆしぐれ〔合〕おもや恋路こひぢはぬれによる〔合〕よいこのよいこの縁えん結むすびの、かぬゑにしの縁えんじやもの

濡れて寝る夜の露時雨。思えば恋路は濡れによるもの。よいこの、よいこの縁結び——叶わぬ縁も縁じゃもの。

〔ナヲル〕

宝たから出いでなば元もとの身みと、女之助をんなのすけは姫ひめ諸共もろともいざと手てに手てを、上手かみてづたひたどりたどりて急いそぎ行ゆく

宝さえ出れば元の身と、女之助は姫もろとも、いざと手に手を取って、上手づたいにたどりたどって急いで行く。

この曲は詞章の出典が他の清元と異なる。国書刊行会『徳川文芸類聚』第九 俗曲上所収『柏葉集』の本文(著作権消滅)による。本文の題名は『〔よしや男のむかしを今に〕廓花対編笠』。原典に「作者 三枡屋二三治」とある。

原典は仮名書きが多いので、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。原典が漢字で書いている字はそのまま残した。原典の長い行は、読みやすさのため句読点や合方の切れ目で段に分けた(字句は同じ)。

台詞の話し手は、原典では役者の名で〔粂三郎〕〔羽左衛門〕〔粂〕〔羽〕と記されているので、内容から〔姫〕〔女之助〕に置き換えた。ただし冒頭の出の注記は〔羽左衛門/栄三郎出〕とあって、台詞の〔粂三郎〕と食い違う。どちらがどの役を勤めたかは原典からは確かめられない。

「むらすゞめの御判」は、紛失した家の宝の名と見られるが、どの狂言によるかは原典からは確かめられない。「筒井筒」は伊勢物語の幼馴染の仲、「見返り柳」は吉原の大門の手前の柳。「あの清元の浄瑠璃かなんぞのやうに」と、曲中で清元の名を出しておどける。

繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(なか/\、うか/\、イエ/\、かへりや/\、さりとは/\、いや/\、ちよつ/\、よいこの/\、たどり/\)。

原典の用字「はれやらぬ」「件ひ」(伴ひの意と見た)「行衛」「悋気坊」「いはばし」はそのまま残した。

語義や切り方を定めがたい箇所は原典のまま残した。「名に橘の二人づれ」、「手にとりこゑを」、「しらあやの下着」、「旅人の井の名どころ」、「まつにゑにし」、「いはばしの渡る思ひ」、「よそのりやう」、「ふらくる」、「あたらしかしのうへ」、「かぬゑにし」。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。