藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

山姥(清元)やまんば

清元  本名題『月花茲友鳥』  紫雲庵 述 作曲者・初演年不詳

山姥(清元) 風車と鉞
風車と鉞

足柄山の山姥と、その子快童丸(のちの坂田公時)の母子の曲。本名題『月花茲友鳥』、紫雲庵 述。頼光の臣 三田の仕が山賤の姿で柴の戸を訪ねると、山姥は糸車を回しながら、猪や猿と相撲を取って遊ぶいたずら盛りの快童丸を案じている。神楽月の山里に童唄を口ずさんで駆けてくる快童、風車や鉞の馬で遊ばせる母、「お月様いくつ」の掛け合い、山家踊りの唄。母は四季の山めぐりと、嫁入りの昔を語る。三田の仕が名乗ると、母は亡き夫 坂田時行の遺言を明かし、快童は松を根こぎにし、大木をねじ切って力を示す。坂田の公時の名を許されて頼光に仕えることとなり、「山姥が子と笑はれな」と母子の別れ。討手の猪熊入道を快童が討ち果たし、山姥は山へ帰ってゆく。結びは源氏の武名と芝居の櫓の栄えを寿ぐ。当ライブラリの常磐津『山姥』・長唄『四季の山姥』とは別の曲である。

あらすじ

足柄山の奥、昼寝のまどろみに赤い雲を見た山賤は、じつは頼光の臣 三田の仕。頼光の命で、山陰に住むという母子を訪ねてゆく。柴の戸のうちでは、櫛も入れぬ髪の山姥が糸車を回している。子の快童丸は猪や猿を相手に相撲を取るいたずら盛りで、母は谷へ落ちはしないかと案じる。神楽月の笛や太鼓に浮かれ、童唄を口ずさみながら駆けてきた快童は、折ってきた花を振り立てる。母は風車を与え、鉞を馬にして遊ばせ、「お月様いくつ」と唄い交わす。乳をせがむ快童をなだめて、母は四季の山めぐりを語り、嫁入りの日の恥じらいを思い出す。三田の仕が名乗ると、母は、自分たちが坂田の蔵人時行の妻子であり、夫の遺言で胎内の子を武士に育てるため、山の神に祈って七年を過ごしたと明かす。三田の仕が力を試すと、快童は松を根こぎにし、打ち込まれた幹をねじ切ってみせる。快童は坂田の公時の名を許されて頼光に仕えることになり、母は「山姥の子と笑われるな」と言い聞かせ、影身に添って守ると誓いながらも、名残を惜しんで泣く。そこへ攻め寄せた猪熊入道を快童が討ち果たすと、山姥は望みはかなったと山へ帰り、峰の梢も白く、源氏の武名と芝居の栄えを寿いで納まる。

詞章と現代語訳

懸河けんが渺々べうべうとして巌いはほ峨々がゞたり、山又山やままたやまの大名題おほなだい、薪たきゞに花はなの山賊やまがつは

滝ははるかに遠く落ち、巌は高くそびえる——山また山の大名題。薪に花を添えた山賤は、

曲まげたる肱ひぢの高枕たかまくら、煙草たばこの煙けむり婉々ゑんゑんと、雲くもを吹ふくなる中空なかぞらに

曲げた肘を高枕に、煙草の煙をゆらゆらと、雲を吹くかのように中空へ——

アヽラ不思議ふしぎや、今いま思おもはずもまどろむ中空なかぞらに、ありあり赤色しやくしよくの雲くもの有様ありさま、目前もくぜん不思議ふしぎは此この山中さんちゆうに、人ひとこそかくれ住すむといふ知しらせなるか、何なんにもせよ奇代きたいなことを見みる物ものぢやなア、夫それはさうと頼光らいくわう公こうの仰おほせあつたは、此この山蔭やまかげの嬶衆かゝしゆと小僧こぞうめ、どれおつづれて見みべいか

ああら不思議や。今、思わずまどろんだ中空に、ありありと赤い雲の有様。目の前のこの不思議は、この山中に人が隠れ住むという知らせか。何にもせよ、奇態なことを見るものじゃなあ。それはそうと、頼光公の仰せにあったのは、この山陰のおかみさんと小僧のこと。どれ、訪ねてみようか。

立寄たちよる軒のきの柴しばの戸とに

立ち寄る軒の柴の戸に——

蔦つたの錦にしきを織姫おりひめの、五百機いほはたならぬ糸車いとぐるま、めぐる浮世うきよを捨すてし身みは、櫛くしせぬ髪かみの〔合〕自おのづから〔合〕鬼おにとや人ひとの見みるやらん

蔦の錦を織る織姫の、五百機ならぬ糸車。めぐる浮世を捨てた身は、櫛も入れぬ髪のまま、おのずから鬼と人は見るのであろうか。

おふくろ此この頃ごろは逢あひませぬノ

おふくろ、このごろは逢いませぬのう。

オヽ誰たれかと思おもへばよき蔵ぞう殿どの

おお、誰かと思えば、よき蔵殿。

ときに小僧こぞうはどうしました

ときに、小僧はどうしました。

さつきにまでいたづらして居ゐましたが、大方おほかたまた猪しゝ猿さるを相手あひてに相撲すまふがな取とつて居ゐませうわいの

さっきまでいたずらしておりましたが、おおかたまた猪や猿を相手に相撲でも取っておりましょうわいの。

そりやまアあぶない、跡先あとさき見みずの頑是ぐわんぜなし、呼よつしやい呼よつしやい

そりゃまあ危ない。あと先見ずの頑是ない子、呼びなさい、呼びなさい。

ほんに怪我けがでもせねばよいが

ほんに、怪我でもしなければよいが。

徒いたづらな子こには目めのなき親心おやごゝろ、木この間まがくれにちらちらと、赤あかいはそれか白膠木ぬるでの紅葉もみぢ〔合〕エヽそでもない、若もしや谷間たにまへ〔合〕石鮒いしぶな取とりか、いらぬものぢやに辷すべらばなんと

いたずらな子にも甘い親心。木の間隠れにちらちらと、赤いのはあの子か——白膠木の紅葉。ええ、そうでもない。もしや谷間へ石鮒取りか。いらぬことを、滑ったらなんとしよう。

しやうどない子こと言いふ内うちに、夫それと見みつけて母はゝは立寄たちより、快童丸くわいどうまるヤアイヤアイ、手てを打うち叩たゝき招まねくにぞ

仕様のない子と言ううちに、それと見つけて母は立ち寄り、快童丸やあい、やあいと、手を打ち叩いて招くので——

神楽月かぐらづきとて片山里かたやまざとも、笛ふえや太鼓たいこで面白おもしろや〔合〕足あしのつめたに草履ざうり買かふてたもれ、子こをとろ子ことろどの子こが目めづき跡あとの子こが目めづき〔合〕かごめかごめ籠かごの中なかの鳥とりは、いついつ出でやる夜明よあけの晩ばんに、つるつるつるつゝぱいつた、木この間ま笹原さゝはらくゞりくゞり、くゞつてひよいと来きた幼児をさなご

神楽月とて片山里も、笛や太鼓で面白や。〽足が冷たいから草履を買うてたもれ。〽子をとろ子とろ、どの子が目付き、あとの子が目付き。〽かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつる、つっぱいった——と童唄を口ずさみつつ、木の間の笹原をくぐりくぐり、くぐってひょいと来た幼な子。

コレ母かゝさん、おりやこんな花はなを折をつて来きたよ

これ、母さん、おれはこんな花を折って来たよ。

花はなうちせうと振立ふりたてゝ、わやく盛ざかりぞ愛あいらしき

花打ちしようと振り立てて、やんちゃ盛りの愛らしさ。

どれマア一いつぷくやらすべいか

どれ、まあ一服やらかそうか。

母かゝさん何なんぞ下くだされ

母さん、何かくだされ。

オヽ遣やりませう遣やりませう、と言いひさま傍かたへの風車かざぐるま、見みせれば快童くわいどう手てに取とつて

おお、やりましょう、やりましょうと言いざま、そばの風車を見せれば、快童は手に取って——

こんなよい物もの誰だれにやろかにやろ、いつちいとしい奔走子ほんそごに

こんなよい物、誰にやろかにやろ——一番いとしい、大事な子に。

鈴すゞやつぼつぼでんでん太鼓だいこ〔合〕廻まはれや廻まはれ風車かざぐるま、くるりくるくるくるくると、世よをうつ蝉せみのから衣ごろも〔合〕千せんせい万声ばんせいの砧きぬたに合あはせ〔合〕鼓つゞみの拍子ひやうししで打うつや

鈴やつぼつぼ、でんでん太鼓。回れや回れ風車、くるりくるくる、くるくると。世を空蝉の唐衣、千声万声の砧に合わせ、鼓の拍子をしで打つや。

コレコレ小僧こぞう、その鉞まさかりを馬うまにして

これこれ小僧、その鉞を馬にして——

オヽコリヤよからう、サアサア快童丸くわいどうまるお馬うまがまいる

おお、こりゃよかろう。さあさあ快童丸、お馬がまいる。

ハイハイハイ

はいはいはい。

月毛つきげにあらぬ斧をのの駒こま、とるや手綱たづなもりゝしげに

月毛ならぬ斧の駒、取る手綱も凛々しげに——

先さきのけ先さきのけ先さきのけろ

先のけ、先のけ、先のけろ。

お月つき様さまいくつ

〽お月様いくつ。

十三じふさん七なゝつ

十三七つ。

御供おともはいくつ

お供はいくつ。

八十やそ八やつ

八十八つ。

ほんにそりや若わかいな

ほんに、そりゃ若いな。

山家やまが踊をどりは何なんとゆた

山家踊りは何と言うた。

〔二上り〕

『おんらが在所ざいしよはナア、奥山おくやまの爺打のでんぐりでんぐり栗くりの木きの〔合〕木きの根ねを枕まくらにこざれ抱だいて転ころび寝ね、こな小女郎こぢよらうが恋こひする山家やまがのしなもので、帯おび解といてござれ抱だいて転ころび寝ね

〽おいらの在所はなあ、奥山の「爺打」の、でんぐりでんぐり栗の木の、木の根を枕に、ござれ、抱いて転び寝。この小女郎が恋する山家の品物で、帯解いてござれ、抱いて転び寝。

母かゝさま乳ちゝ飲のまう

母さま、乳を飲もう。

またかいのう、夫それよりは山やまめぐりして、遊あそばす程ほどに機嫌きげん直なほして

またかいのう。それよりは山めぐりして遊ばせるほどに、機嫌を直して。

そんならおふくろ、山やまめぐりの話はなしを此処こゝで聞きくべいか

そんなら、おふくろ、山めぐりの話をここで聞こうか。

よし足曳あしびきの山廻やまめぐり、四季しきの眺ながめも面白おもしろや、梅うめが笑わらへば柳やなぎがまねく、風かぜのまにまに早蕨さわらびの、手てを引添ひきそふて弥生山やよひやま、つくらふ花はなの仇桜あだざくら〔合〕

よし、あしびきの山めぐり。四季の眺めも面白や。梅が笑えば柳が招く。風のまにまに早蕨の手を引き添うて弥生の山へ、装う花の仇桜。

桃ももは気儘きまゝに山吹やまぶきも、見みはてぬ内うちに〔合〕春はる過すぎて、早はや卯うの花はなと花はながつみ

桃は気ままに咲き、山吹も見果てぬうちに春は過ぎて、はや卯の花と花がつみ。

そして〔合〕あやめ菖蒲しやうぶや杜若かきつばた、ほつそりと時鳥ほとゝぎす、アレ夕立ゆふだちに濡ぬれ忍しのぶ、涼風すゞかぜがへ〔合〕

そして、あやめ・菖蒲や杜若、ほっそりと時鳥。あれ、夕立に濡れた忍草に、涼風が——

雁かりが届とゞけし玉章たまづさは〔合〕小萩こはぎの袂たもと刈萱かるかやに、返事へんじ紫苑しをんも朝顔あさがほの

雁が届けた文は、小萩の袂に刈萱。返事をしようか(紫苑)、朝顔の——

遅おくれ咲ざきなる恨うらみ侘わび、露つゆにも濡ぬれてしつぽりと、伏猪ふすゐの床とこの菊襲きくがさね〔合〕よいよいよいよいよいやさ

遅れ咲きの恨みを侘び、露にも濡れてしっぽりと、伏猪の床の菊襲。よいよい、よいよい、よいやさ。

よいや冴さえ行ゆく初時雨はつしぐれ、松まつも杖つゑつく老おいの坂さか

よいや、冴えゆく初時雨。松も杖つく老いの坂。

〔二上り〕

『あらも嫁入よめいつてナア〔合〕来きた時ときやほんにサア〔合〕爺様ぢいさま上下かみしもわしや丸綿まるわたで、顔かほに茜あかねも恥はづかしかつた盃さかづき、今いまは朝茶あさちやに念仏ねんぶつ拝をがんで、御おありがた衣ぎぬ角つのかくし〔合〕女夫めをとと参まゐるお朝路あさぢや、我われは小こ故ゆゑに室咲むろざきの、花はなを尋たづねて山やまめぐり

〽わたしも嫁入ってなあ、来た時はほんにさあ、爺様は裃、わしは丸綿で、顔を茜に染めて恥ずかしかった盃。今は朝茶に念仏を拝んで……角隠し、夫婦と参るお朝路(?)や。われは子ゆえに、室咲きの花を尋ねて山めぐり。

如何いかさま親おやといふもの有難ありがたいものだ、しかし女をんなの身みにて此この山中さんちゆうに引ひきこもり仔細しさいぞあらん、我われこそは源家げんけの長臣ちやうしん三田みたの仕つかふといふ者もの、願ねがひによつて力ちからとなつて得えさせん様子やうすは何なんと

いかにも、親というものはありがたいものだ。しかし女の身でこの山中に引きこもるのは、仔細があろう。われこそは源氏の家の長臣、三田の仕という者。願いによっては力になってやろう。様子はどうじゃ。

そんならあなたが三田みたの仕つかふ様さまとや、此この上うへは何なにをか隠かくし申まをさん、我々われわれこそは坂田さかたの蔵人くらんど時行ときゆきが妻子さいしの者ものでござります

そんならあなたが三田の仕様か。この上は何を隠し申しましょう。私どもこそ、坂田の蔵人時行の妻子の者でございます。

扨さてこそなア

さてこそなあ。

願ねがひは夫つま時行ときゆき殿どの、すぎ去さる折をりから胎内たいないに宿やどせし一子いつし、武士ぶしに育そだて一天下いつてんかに名なを上あげさせよとの遺言ゆいごん、此この足柄あしがらの山神さんじんに祈誓きせいをかけ、はや七年しちねんの歳月さいげつをおくる或ある夜よのうち、神かみの御告おつげに成長せいちやうなした此この快童くわいどう

願いは、夫の時行殿が亡くなった折に胎内に宿していた一子を、武士に育てて天下に名を上げさせよとの遺言。この足柄の山の神に祈誓をかけ、はや七年の歳月を送るうち、ある夜の神のお告げのままに育てたこの快童。

ホヽウ驚おどろき入いつたる物語ものがたり、母はゝが丹精たんせい山神さんじんの加護かご、勇力ゆうりき嘸さぞかし思おもはるゝ、快童くわいどう此この場ばで某それがしと、コリヤ力ちからを試ためして見みるか

ほほう、驚き入った物語。母の丹精と山の神の加護で、勇力はさぞかしと思われる。快童、この場でそれがしと、こりゃ力を試してみるか。

コレコレ快童くわいどう負まけまいぞ

これこれ快童、負けまいぞ。

サア来こい快童くわいどう

さあ来い、快童。

合点がつてんだ

合点だ。

神変じんぺん不思議ふしぎの快童丸くわいどうまる〔合〕こなたはあしらふ勇力士ゆうりきし〔合〕快童くわいどういらつてかたへなる、松まつを根ねこぎに引抜ひきぬいて、ふんぢかつたる有様ありさまは、人ひとも恐おそるゝ許ばかりなり

神変不思議の快童丸、こなたはあしらう勇力の士。快童はいらだって、かたわらの松を根こぎに引き抜き、踏ん張った有様は、人も恐れるばかりである。

其その松まつの根ねこぎ面白おもしろい、サア打うつて来こい

その松の根こぎ、面白い。さあ打って来い。

合点がつてんだ

合点だ。

勝負しようぶ勝負しようぶと打うちかくるを、すかさぬ強気がうぎの力瘤ちからこぶ〔合〕幹みきより腕うでの節ふしくれて、しつかと握つかめばめりめりめり

勝負勝負と打ちかかるのを、すかさず強気の力こぶ。幹より腕の節が太く、しっかとつかめば、めりめりめり。

ゑいやゑいやと捻ねじ切きつて〔合〕左右さいうへ別わかれて立たつたりしは、目覚めざましかりける次第しだいなり

えいやえいやとねじ切って、左右に分かれて立ったのは、目覚ましい次第である。

オヽ力ちからの程ほどは試ためし見みた、今いまより頼光らいくわう公こうの家臣かしんとなさん

おお、力のほどは試してみた。今より頼光公の家臣としよう。

何なにがさて母はゝが悦よろこび此この上うへなし

何がさて、母の喜びはこの上もありません。

然しからば今いまより父ちゝが其その名なを坂田さかたの公時きんときと名乗なのらせん

しからば今より、父の名を継いで坂田の公時と名乗らせよう。

そんならおれは侍さむらひになるのか

そんなら、おれは侍になるのか。

オヽ嬉うれしかろ嬉うれしかろ去さりながら、今いま別わかるれば母はゝに逢あふことはならぬぞや、快童くわいどうこゝへおじや

おお、うれしかろう、うれしかろう。さりながら、今別れれば、母には逢えぬぞや。快童、ここへおいで。

夫つまの形見かたみと見みるにつけ、そなたの大事だいじさ大切たいせつさ、今日けふ別わかるれば、今宵こよひより、母はゝ一人ひとり寐ねの閨ねやの内うち〔合〕さぞ面影おもかげの懐なつかしからう〔合〕頼光らいくわう公こうへ御ご奉公ほうこう、勤つとめる隙ひまの旦暮あけくれに

夫の形見と見るにつけ、そなたの大事さ、大切さ。今日別れれば、今宵から母はひとり寝の閨の内で、さぞ面影がなつかしかろう。頼光公へご奉公し、勤めの暇の明け暮れに——

武術ぶじゆつを励はげみ奉公ほうこうせよ、必かならず必かならず人様ひとさまに

武術に励んで奉公せよ。必ず必ず、人様に——

山姥やまうばが子こと笑わらはれな

山姥の子と笑われるな。

今いま別わかるゝとも此この母はゝが

今別れても、この母が——

そなたの影身かげみに附添つきそて、猶なほ行末ゆくすゑを守まもるべし〔合〕とは言いふものゝこれがまあ、名残なごり惜をしやいとをしやと〔合〕抱だき上あげ抱だき付つきわつと一声ひとこゑは、梢こずゑに響ひゞきて哀あはれなり

そなたの影身に付き添って、なお行く末を守ろう——とは言うものの、これがまあ名残惜しい、いとおしいと、抱き上げ抱きついて、わっと泣く一声は、梢に響いて哀れである。

折をりから向むかふに聞きこゆる陣鉦ぢんがね、親王しんわうの下知げぢを受うけ、猪ゐの熊くま入道にふだう馳はせ来きたり、快童くわいどうやらぬと詰つめかくれば

折から向こうに聞こえる陣鉦。親王の下知を受けて猪熊入道が馳せ来たり、快童を逃がすものかと詰めかければ——

箆棒べらばう坊主ばうず奴め、快童丸くわいどうまるは此この仕つかふが、頼光らいくわう公こうの御ご家来けらいにして了しまつたは

べらぼう坊主め、快童丸はこの仕が、頼光公のご家来にしてしまったわ。

討手うつてはきよろり口くちあんごり、快童くわいどう捕とらへて猪ゐの熊くまが、首筋くびすぢつかんでエイエイヤツト引廻ひきまはせば、忽たちまち体からだは粉微塵こなみぢん強勇がうゆう力士りきしかくならん

討手はきょろりと口をあんぐり。快童は猪熊を捕らえ、その首筋をつかんでえいえいやっと引き回せば、たちまち体は粉微塵。強勇の力士とは、かくあるものであろう。

オヽ出来できた出来できた今いまの働はたらき見みると言いひ、望のぞみたりぬる上うへからは、輪廻りんゑを離はなれん快童丸くわいどうまる、名残なごりは尽つきじ早はやさらば

おお、できた、できた。今の働きを見たうえ、望みもかなったからは、輪廻を離れよう。快童丸、名残は尽きぬが、はや、さらば。

いとま申まをして帰かへる山やまの

いとま申して帰る山の——

峰みねの梢こずゑも白妙しろたへや〔合〕源氏げんじの武名ぶめい尽つくせなき、実みさへ花はなさへ立花たちばなの、賑にぎはふ櫓やぐらぞ久ひさしけれ、栄さかふる櫓やぐらぞ目出度めでたけれ

峰の梢も白妙に雪をかぶり、源氏の武名は尽きることなく、実も花も立花(橘)の、賑わう櫓ぞ久しけれ、栄える櫓ぞめでたけれ。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

本名題は『月花茲友鳥』(つきとはなここにともどり)。原典に「紫雲庵述」とある。当ライブラリには常磐津の『山姥』と長唄の『四季の山姥』もあるが、いずれも詞章の異なる別の曲なので、曲名に(清元)を添えて区別した。

三田の仕は頼光の臣で、山賤に身をやつして母子を訪ねる。山姥が「よき蔵殿」と呼ぶのは、その山賤としての名と見られる。「親王」が誰を指すかは原典から確かめられない。

童唄「子をとろ子とろ」「かごめかごめ」「お月様いくつ」を詞章に取り込む。「かごめかごめ」の「夜明の晩に、つるつるつるつゝぱいつた」は、今日と異なる古い形である。

語義を定めがたい語、切り方を断じきれない箇所は原典のまま残した。「山賊」(ここでは山賤=やまがつと見て読んだ)、「おつづれて」(訪ねて、と見て訳した)、「爺打」、「こざれ」、「あらも」(わたしも、と見て訳した)、「御ありがた衣」、「お朝路」、「神楽月」の片山里の祭が何を指すか。「千せい万声の砧」は謡曲『砧』を踏むか。

結びの「立花」は橘に掛け、芝居の櫓の栄えを寿ぐ。原典の用字「嬶衆」「奇代」「辷らば」「寐」はそのまま残した。