将門まさかど
常磐津 宝田寿助 述 本名題『忍夜恋曲者』 作曲者・初演年不詳

滅びた平将門の遺児・滝夜叉姫が、傾城如月と偽って相馬の古御所に潜み、討手の大宅太郎光国を色仕掛けで味方に引き入れようとする。落とした錦の御旗から正体を見破られ、蝦蟇の妖術をあらわして光国と争うまで。常磐津の代表曲。
あらすじ
水の気の盛んな夜、荒れはてた将門山の古御所に、雨をついて美しい女が立つ。恋は曲者——世の人を迷わす淵瀬よ。都の島原の傾城如月と名乗るその女に、討手として遣わされた大宅太郎光国は不審を抱く。波涛を隔てたこの東国へ、都の遊女が住むいわれはない。女は、去年の春の嵯峨・御室の花盛り、嵐山であなたを見初めたのだと訴え、袖に顔を隠して取りすがる。光国はわざと打ち解けたふりをして、昔の東の内裏——相馬の将門の話を語り出す。威勢のあまり謀叛を企て、大内裏をまねて造り、驕りの振舞いが都に聞こえて朝敵の討手が向かった。二月の合戦、集まる勢は風に残る雪のように崩れ、平親王最期の一戦、鹿毛の駒に乗って向かう者を斬り伏せたが、上平太の放つ矢にこめかみを射抜かれ、馬からどうと落命した——と、今見るように物語る。無念と歯を食いしばって忍び泣く女を、光国は見咎める。女は笑って紛らわし、後朝の戯れに紛れて数え唄を唄ううち、はずみに錦の御旗を落としてしまう。これを見た光国は、将門の忘れ形見・滝夜叉姫であろうと迫る。知らぬと言い張る女に、肉芝仙より伝わる蝦蟇の妖術を習い覚え、この古御所に隠れ棲むことはすでに帝の耳に達していると告げる。残念や口惜しやと女はついに名乗り、器量あるそなたゆえ命を助けて味方にと思った心が仇となった、妖術でその命を絶つと言い放つ。柳眉を逆立て、吐く息は炎となり、さすがの勇者もたじろぐなか、魔風とともに光国の襟上をつかんで宙に争う——歌舞伎に残るその物語を、拙い筆に書き納める。
詞章と現代語訳
夫れ五行子にありといふ、彼の紹興の十四年、楽平原なる湯泉の、往昔を茲に湖水の、水気旺んに浩々と、澄るは登る天津空、雨も頻りと古御所に、解語の花の立姿
そもそも五行のうち水は子の方位にあるという。かの紹興十四年、楽平の原に湧いたという温泉——その昔をここに移して、湖水の水の気が盛んに満ちわたり、澄みのぼるのは天つ空。雨もしきりに降るその古御所に、ものいう花のような女の立ち姿がある。
恋は曲者世の人の、迷ひの淵瀬きのどくの、山より落る流れの身、うき音の琴のそれならで
恋は曲者。世の人を迷わせる淵となり瀬となる、その気の毒なこと。山から落ちる流れのようなわが身、憂き音を立てる琴——いや、そればかりではない。
妻呼交す雁金の、其玉章をかくばかり、色に手だれの傾城も、焦るる人に逢見ての、後の思ひにくらぶ山、忍ぶ涙の春雨を、傘に凌いで来りける
妻を呼び交わす雁——その雁の文字のように、これほどに思いを書き綴る。恋の道に長けた傾城とても、焦がれる人に逢って後の思いにくらべれば、と暗部山の名にひかれ、人目を忍ぶ涙のような春雨を、傘でしのいでやって来たのだった。
大宅の太郎は目を覚し、将門山の古御所に、妖怪変化棲家を求め、人倫を悩ます由、頼信公の仰を受し光国が、暫し目睡む其内に、見慣ぬ座敷の此体は、正しく変化の所為なるか
大宅太郎光国は目を覚ました。将門山の古御所に妖怪変化が棲みついて人々を悩ませているという、その頼信公の仰せを受けてやって来たのだが、しばらくまどろむうちに、見慣れぬ座敷になっているこのありさま——まさしく変化のしわざか。
申し申し光国様
「もし、もし、光国さま」
扨こそ変化ござんなれ、イザ正体をと立寄る光国、女は慌て押止め
さてこそ変化であったな、いざ正体をあらわせ——と立ち寄る光国を、女は慌てて押しとどめる。
アア申し、様子言ねばお前の疑念、私は都の島原で、如月といふ傾城で御座んすわいな
「ああ、もし。わけを申しませねばお疑いも晴れますまい。わたくしは都の島原で、如月と申す傾城でございますわいな」
ヤア心得難き其一言、波涛を隔てし此国へ、傾城遊女の身を以て、来り住べき謂れなし、よし又都の遊女にせよ、ついに見もせぬ其方が、何故我をと不審の言葉
「やあ、合点のゆかぬそのひと言。波涛を隔てたこの東国へ、傾城遊女の身で来て住むいわれはない。よしまた都の遊女だとしても、ついぞ会うたこともないそなたが、なぜわたしを——」と不審の言葉。
サア御尋ねなくともお前の胸、晴すは過し春の頃
「さあ、お尋ねくださらずとも、あなたのお胸を晴らしてさしあげましょう。それは過ぎた春のころ」
何と
「何と」
申し
「もし」
嵯峨や御室の花盛り、浮気な蝶も色かせぐ、郭の者に連られて、外珍らしき嵐山
「嵯峨や御室の花盛り、浮気な蝶も色を稼ぐころ。廓の仲間に連れられて、ほかに見たこともない珍しい嵐山へ参りました」
ソレ覚えてか君様の、袴も春の朧染、朧気ならぬ殿振りを、見染めてそめて恥かしの、森の下露思ひは胸に
「それ、覚えておいでか。あなたさまの袴も春の朧染め——その朧げならぬ立派なお姿を見初めて、染まって、恥ずかしの森の下露のように、思いは胸に秘めておりました」
光国様と言ことは、其折知りて旦暮に、女子の年が今日の今、届いて嬉しい此仰、疑念晴して下さんせ、やいのやいのと取縋り、赤らむ顔の袖屏風、光国態と打解けて
「光国さまというお名は、その折に知って明け暮れ思いつづけ、女の一念が今日の今、こうして届いたのが嬉しいこのお言葉。どうぞお疑いを晴らしてくださんせ」と、やいのやいのと取りすがり、赤らむ顔を袖で隠す。光国はわざと打ち解けて。
いかさま切なるおことが心底、左程に思ふ愛情を、捨るは却て本意ならず、疑念は薩張晴たれども、武辺修行の我身の上、望を果さば兎も角も、夫に付ても往古の、東内裡の荘厳を、思ひ出せばオオ夫よ
「なるほど切なるそなたの心底。それほどに思う愛情を捨てるのはかえって本意でない。疑いはさっぱり晴れたが、武辺修行のわが身の上、望みを果たしたうえならばとにかくも。それにつけても昔の、東の内裏のいかめしさを思い出せば——おお、それよ」
扨も相馬の将門は
さても相馬の将門は。
威勢の余り謀叛と共、企て並べし大内裡、驕者の振舞都に聞え、朝敵討手の三大将、頃は二月の百千鳥、真先かけて押寄する、数度の軍も辛島に、集り勢の悲しさは、風に残んの雪崩れ、むらむらぱつと吹散たり
威勢のあまり謀叛を起こし、あわせて大内裏をまねて造り並べた。その驕る者の振舞いが都に聞こえ、朝敵を討つ三人の大将が、ころは二月の百千鳥のさえずるころ、真っ先かけて押し寄せる。度重なる合戦もついに幸島(猿島)で、集まった軍勢の悲しさは、風に残雪が崩れるように、むらむらとぱっと吹き散らされてしまった。
平親王が最期の一戦、見よや見よやと夕月の、鹿毛なる駒に打乗りて、向ふ者をば拝み打、立割ほろ付車切、斯と見るより上平太が、放つ矢先に将門は顳顬箆深に射透され、馬よりどうと果敢なき落命、寄手は勇む勝鬨と、今見る如く物語る
平親王最期の一戦、見よや見よやと夕月のもと、鹿毛の駒に打ち乗って、向かう者を拝み打ち、立ち割り、ほろ突き、車切りと斬りまくる。それと見るや上平太の放つ矢先に、将門はこめかみを箆深く射透され、馬からどうと落ちてはかない最期。寄手は勇んで勝鬨をあげた——と、今それを見ているかのように物語る。
思へば無念と如月が、歯を喰しばる忍び泣き、さこそと光国詰寄りて
思えば無念と、如月は歯を食いしばって忍び泣く。さてこそと光国は詰め寄って。
合点のゆかぬ女が振舞、今合戦の様子を聞き、頻りに催す落涙は、と見咎められてそらさぬ顔
「合点のゆかぬそなたの振舞い。いま合戦の様子を聞いて、しきりに催すその涙は」——と見咎められて、女はそらさぬ顔で。
ホホホホホホ何の私が泣もので、泣たと言はオオソレソレ、可愛男に別れの鶏鐘、後朝告る朝雀、雀が鳴たと言こといなあ
「ほほほほほ、何でわたくしが泣くものですか。泣いたというのは、おお、それそれ——可愛い男との別れを告げる鶏の声、後朝を告げる朝雀。その雀が鳴いたということですわいなあ」
ほのぼのと雀囀る奥座敷、灯火しめる男ども
ほのぼのと明けて雀のさえずる奥座敷、灯火を消してゆく男たち。
屏風一重の彼方には、まだ睦言の聞ゆれど
屏風ひとえの向こうには、まだ睦言が聞こえてくるけれど。
我は見足らぬ夢をさき、早後朝と引締むる
こちらは見足りない夢を先に断ち切って、もう後朝よと帯を引き締める。
帯隠さるる戯動も
その帯を隠されるという戯れごとも。
憎うはあらぬ移香に、又盃盞の数ふれて、三の切たる三味線も、弾るる程は弾て見ん、仇し心の仇枕
憎からぬ移り香のうちに、また盃の数も重なって。三の糸の切れた三味線も、弾けるだけは弾いてみよう——移ろいやすい心の、その仇枕よ。
交さぬ先もあるものを、往なば往なんせよしや只、独浮身を数へ唄、郭の手管に紛らかす、はづみに落せし錦の御旗
契りを交わさぬ先というものもあったものを。帰るなら帰りゃんせ、よしやただ、ひとり浮き身を数える数え唄——と廓の手管に紛らわすうち、そのはずみに落としてしまった錦の御旗。
コリヤ是慥に
「こりゃ、これは確かに」
イヤ夫れは
「いや、それは」
夫れとは
「それとは」
それ
「それ」
それそれそれそつこでせい
それそれそれ、そこでせい——と囃したてる。
一つ一夜の契りさへ、二つ枕の許しなき、三つ三重四重まはり気は、いつまで解ぬ常陸帯、六つ酷いと思ひはせいで、七つの鐘の恨めしや艶めかし
ひとつ、一夜の契りさえ。ふたつ、二人枕の許しもない。みっつ、三重四重にまわる気は、いつまでも解けぬ常陸帯。むっつ、むごいと思いもせずに。ななつ、七つの鐘が恨めしや——と、艶めかしく唄う。
扨こそ扨こそ相馬錦の此旗を、所持なすからは問に及ばず、将門が忘形見、滝夜叉姫であらうがな
「さてこそさてこそ。相馬の錦のこの旗を所持するからには問うにも及ばぬ。将門の忘れ形見、滝夜叉姫であろうがな」
イイヤ知らぬ覚えはないぞ
「いいや、知らぬ。覚えはないぞ」
ヤア覚えないとは卑怯の一言、肉芝仙より伝はりし、蝦蟇の妖術習ひ覚え、此古御所に隠れ棲こと、叡聞に達せし上は、最早免れぬおことが身の上、本名名乗りて降参なせ
「やあ、覚えないとは卑怯なひと言。肉芝仙より伝わった蝦蟇の妖術を習い覚え、この古御所に隠れ棲むことは、すでに帝のお耳に達している。もはや逃れられぬそなたの身の上、本名を名乗って降参なされ」
チエエ残念や口惜しや、斯なる上は何をか包まん、真我こそ平親王将門が娘、滝夜叉なるは
「ちええ、残念や口惜しや。こうなるうえは何を包み隠そう。まことにわれこそ平親王将門の娘、滝夜叉であるぞ」
扨こそナ
「さてこそな」
一器量ある汝故、命を助け味方にと、思ふ心が仇となり、見現されし上からは、習ひ覚えし妖術にて、光国そちが命を絶つ、覚悟なせ
「ひときわ器量あるそなたゆえ、命を助けて味方にしようと思った心が仇となった。正体を見あらわされたうえは、習い覚えた妖術で、光国、そちの命を絶つ。覚悟なされ」
何を小癪な
「何を小癪な」
怒れる面色忽然に、柳眉逆立ちつく呼吸は、炎となつて焔々たる、妖術魔術の業通に、流石の勇者もたぢたぢたぢ、梢木の葉さらさらさら、魔風と俱に光国が、襟上抓んで宙宇の争闘、怪し恐ろし世に謳ふ、時をゑほんの忠義伝、歌舞伎に残す物語り、拙き筆に書納む
怒りの色がたちまち面にあらわれ、柳の眉は逆立ち、吐きつく息は炎となって燃えさかる。妖術魔術の神通力に、さすがの勇者もたじたじたじ。梢の木の葉はさらさらさら。魔風とともに光国の襟上をつかんで宙での争い。怪しく恐ろしいと世に謳われる、時を得たその絵本の忠義伝——歌舞伎に残るこの物語を、拙い筆に書き納める。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。
本名題は『忍夜恋曲者』。詞は宝田寿助。原典の資料題名は『忍夜考事寄』。作曲者・初演年は原典に記載がない。
俗に「将門」と呼ぶが、詞章の主役は将門ではなく、その遺児とされる滝夜叉姫。滅んだ父の遺志を継いで妖術を使う女として描かれる。
大宅太郎光国は源頼信の命を受けた討手。将門山の古御所(相馬の内裏)に妖怪が出るという噂を確かめに来ている。
「解語の花」はものをいう花の意で、美人をさす。玄宗が楊貴妃を評した語による。
「焦るる人に逢見ての、後の思ひにくらぶ山」は、権中納言敦忠の「逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり」(拾遺集)を踏まえ、地名の暗部山に掛ける。
「恥かしの森」は歌枕。「恥ずかしい」を掛ける。
「拝み打」「立割」「ほろ付」「車切」はいずれも立廻りの型の名。
「顳顬箆深に射透され」は、こめかみを矢の箆が深く貫くこと。
「常陸帯」は鹿島神宮の帯占い。男女の縁を占うもので、「解けぬ」に掛かる。
「肉芝仙」は仙術を授けたとされる仙人。芝居では将門の遺臣が滝夜叉姫に蝦蟇の妖術を伝えたことになっている。
後段の後朝の場は、光国が調べのために廓遊びを装う場面。数え唄に紛れて錦の御旗が落ち、正体が知れる。
冒頭の「五行子にありといふ」は、五行説で水が北(子)の方位にあたることをいうと解した。続く「紹興の十四年、楽平原なる湯泉」は中国の故事を引いたものだが、典拠を確かめられなかったため、推測で補わず原典のまま残した。
「辛島」は原典の表記のまま。将門最期の地である下総の幸嶋(猿島)郡と解して「さしま」と読んだ。
「上平太」は将門を射たとされる平貞盛(通称 平太)をさすと見たが、読みは確かめられていない。
「そつこでせい」は囃子詞。語義は定めがたく、原典のまま残した。
結びの「時をゑほんの忠義伝」は、「時を得る」に「絵本」を掛けた外題めかしの句と解した。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。