子宝三番叟こだからさんばそう
常磐津 作詞者・作曲者・初演年不詳

松羽目物の三番叟。八幡大臣が太郎冠者に、自分は子福者で十二人の子を持つと語り、その子らの四季の遊びを舞ってみせる。羽子板・手毬・雛遊びから端午の幟、蛍狩り、七夕へと季をめぐり、動かぬ御代を寿いで結ぶ。
あらすじ
おおさえおおさえ、悦びありや悦びあり。この悦びをここより外へはやるまいと思う。罷り出たる者は八幡大臣である。太郎冠者はあるか——はっ、御前に。念のう早かった。太郎冠者と召されるゆえ、随分と物に立って候。太郎冠者に尋ねたいことがある。わしは福人と見えるか、それとも徳人と見えるか。どりゃどりゃ、旦那さまはあっぱれ福人とお見受けいたす。やれやれ目利きよ。わしこそ福者、なかでも子福者で、子を十二人持っている。上の六人は瑠璃のような女の子、下の六人は玉のような男の子。その十二人を車座にぐるりと直し置いて、一度に呼べるよう名をつけた——まことにめでたいこと、して、そのお名は。まつ、おつ、とり、ちがひ、おと、よ、けさ、よ、たつ松、ゐる松、だんたら、いなごに、かいつく、ひつつく、火うち袋ぶらぶらと付けてある。さてさて珍しいお名で。さればその十二人の子どもらの、四季の遊びの面白さよ。それはめでたいお楽しみ、その若子たちのお遊びをここで真似てお見せくだされ——なかなか易いこと、まず太郎冠者は元の座敷へ重々と直られよ。いやそれがしが直るより旦那さまのお真似のほうが易うござる、ひらにお学びを。ひらに直られよ。ああ、ようがましや。とうとうお始めくだされ。心得申して候。——佐保姫の霞のどかに明けそめて、今朝白々と富士の顔。映る鏡の影を添えて、松と竹との二柱。賑わう春の子どもごと。門に羽根つきの澄める代に、風吹くな、なお吹くな。金の団扇で追い羽根しようとおっしゃる。つく手毬の数え唄、一つと言って如月の、種蒔く小田の神詣り。振り分け髪のいたいけに、緋無垢は椿、白無垢は梅のつぼみの風車、くるくると廻る日の、早くも鶏合わせ雛遊び。妹背変わらぬ諸白髪。頂く軒に菖蒲を葺き、幟・兜の勇ましく、菖蒲打ち合う姿の猛きはなおも潔く。隙ゆく駒の竹の尾に、鞭をくれい、手綱かい繰りん。納涼に磯の蛍狩り、柳の水の影いそぐ。手に手を取って鵲の逢瀬を渡す天の川、笹一夜の散らし書き、さらさらささら団扇太鼓の拍子よく、みな撫子の手を揃え、優しい声の張り強く。せりやい申そ、はりやい申そ。せり合い張り合い石なごはいやよ。こちの踊りはああ花踊り。惚れたらござれござれ。惚れて「ほ」の字の文を書きそめて、似合わぬとても縁じゃもの。その着綿の菊襲、薫る袖垣、仲もよく——ほたけ祭の。とりどりに花を飾った打掛が匂う産神詣り。黒髪に置く白雪の、降れや積もれや降れや。招くや年の貢ぎ物。絶えずかからぬ童幼の、ちくま遊びの千代かけて、千代に八千代にさざれ石の、動かぬ御代こそめでたい。
詞章と現代語訳
おおさへおおさへ悦びありやよろこびありや、我悦びを此処より外へはやらじと思ふ、ハアア罷り出たる者は八幡大臣です、太郎冠者あるか
おおさえおおさえ、悦びありや、悦びありや。この悦びをここより外へはやるまいと思う。はあ、罷り出でたる者は八幡大臣である。太郎冠者はあるか。
ハアア御前に
「はあ、御前に」
念なう早かつた
「念のう早かった」
太郎冠者と召るる故、随分物に罷り立つて候
「太郎冠者とお召しになるゆえ、随分と気を張って控えておりまする」
太郎冠者に尋ね度き事のあり、身は福人と見え候か又徳人と見え候か
「太郎冠者に尋ねたいことがある。わしは福人と見えるか、それとも徳人と見えるか」
ドリヤドリヤハアア頼ふだる方は、天適福人と見受け候
「どりゃどりゃ。はあ、旦那さまは天適の福人とお見受けいたしまする」
ヤレヤレ目利かなめききかな、身共こそ福者にてある、其内にも子福者にて、子供十二人持ち候、上六人は瑠璃の様なる女子にて、下六人は玉の様なる男子にて候、其十二人の子供等を、車座にぐるりと直し置き、一度に呼ぶ様に名をつけて候
「やれやれ、目利きかな目利きかな。わしこそ福者である。なかでも子福者で、子を十二人持っている。上の六人は瑠璃のような女の子、下の六人は玉のような男の子。その十二人を車座にぐるりと直し置いて、一度に呼べるように名をつけた」
実にげにと目出たき御事かな、シテ其御名は何と御付候ぞ
「まことにまことに、めでたい御事でござる。して、そのお名は何とお付けになりましたか」
まつおつとりちがひおとよけさよたつ松ゐる松だんたらいなごにかいつくひつつく火うち袋ぶらぶらと付てあれ
「まつ、おつ、とり、ちがひ、おと、よ、けさ、よ、たつ松、ゐる松、だんたら、いなごに、かいつく、ひつつく、火うち袋ぶらぶらと付けてある」
扨々珍らしき御名にて候
「さてさて、珍しいお名でござる」
サレバ此十二人の子供等が、四季の遊びの面白さ
「さればこそ、この十二人の子どもらの、四季の遊びの面白さよ」
それは目出度き御楽しみ、その若子達の御遊び、爰にてまなび御見せ候へ
「それはめでたいお楽しみ。その若子たちのお遊びを、ここで真似てお見せくだされ」
なかなか易き御事、先づ太郎冠者には元の座敷へおもおもと直り候へ
「なかなか易いこと。まず太郎冠者は、元の座敷へ重々と直られよ」
某座敷へ直らうずる事、頼ふだる方の御まなびより易う候、ひらに御学び候へ
「それがしが座敷へ直りますことは、旦那さまのお真似より易うござる。ひらにお学びくだされ」
平に直り候へ
「ひらに直られよ」
ああらやうがましや、とうとう御始め候へ
「ああ、ようがましや。とうとうお始めくだされ」
心得申して候
「心得申して候」
佐保姫の霞長閑に明初めて、今朝白々と富士の顔、うつる鏡の影添へて、松と竹との二柱、賑ふ春の稚ごと、門に遣羽子すめる代に、風吹くな尚吹くな、金の団扇で追羽根せうとおしやる
佐保姫の霞ものどかに明けそめて、今朝は白々と富士の顔。映る鏡の影を添えて、松と竹との二柱。賑わう春の子どもごと。門先で羽根をつく澄める御代に、風よ吹くな、なお吹くな。金の団扇で追い羽根をしようとおっしゃる。
つくや手毬の数へ歌、一つと言ひて如月の、種蒔く小田の紙詣り、振分髪のいたいけに、緋無垢は椿白無垢は、梅の莟の風車、くるくるくると廻る日の、早鶏合雛遊び、妹脊変らぬ諸白髪
つく手毬の数え唄。「一つ」と言って如月の、種を蒔く小田の神詣り。振り分け髪のいたいけな姿で、緋無垢は椿、白無垢は梅のつぼみの風車。くるくるくると廻る日々に、早くも鶏合わせ、雛遊び。夫婦雛のように変わらぬ、ともに白髪の末までも。
頂く軒に菖蒲葺く、幟兜の勇ましく、菖蒲うち合ふ形姿の、武きは尚も潔よく、隙ゆく駒の竹の尾に、鞭をくれい手綱かい繰りんりんりん
軒に菖蒲を葺いていただき、幟や兜の勇ましく、菖蒲を打ち合う姿の猛々しさはなおも潔い。隙ゆく駒——その光陰の駒ならぬ竹馬の尾に、鞭をくれい、手綱をかい繰りん、りん、りん。
納涼にいその蛍狩、柳の水の影いそぐ、手に手を取りて鵲鳥の逢瀬を渡す天の川、笹一夜の散し書き、さらさらささら団扇太鼓の拍子よく、皆撫子の手を揃へ、優しき声の張強く
夕涼みに磯の蛍狩り、柳の映る水の影も急ぐ。手に手を取って、鵲が逢瀬を渡す天の川。七夕の笹に一夜の散らし書き。さらさら、ささら、団扇太鼓の拍子よく、みな撫子——その愛でし子らが手を揃え、優しい声を張り強く。
せりやい申そはりやい申そ、せり合ひはり合ひ石投いやよ、こちの踊りはアア花踊り、惚れたら厶れござれ、惚れてほの字の文書初めて、似合はぬとても縁ぢやもの、其着綿の菊襲、薫る袖がき中もよくほたけ祭の
せりやい申そう、はりやい申そう。せり合い張り合い、石なごはいやよ。こちらの踊りはああ花踊り。惚れたらござれござれ。惚れて「ほ」の字の文を書きそめて、似合わぬとても縁というもの。その着綿の菊襲、薫る袖垣に仲もよく——ほたけ祭の。
とりどりに花を飾りしうちかけ匂ふ産神詣、黒髪に置く白雪の、降れや積れや降れや、招くや年の貢物、たへずかからぬ童幼の、ちくま遊びの千代かけて、千代に八千代にさざれ石の、動かぬ御代こそ目出度けれ
とりどりに花を飾った打掛の匂う産神詣り。黒髪に置く白雪の、降れや積もれや、降れや。招くや年の貢ぎ物。絶えることなく病にもかからぬ子どもらの、ちくま遊びの千代をかけて——千代に八千代にさざれ石の、動かぬ御代こそめでたいことよ。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。
松羽目物の三番叟。前半は狂言の形をとった八幡大臣と太郎冠者の掛け合い、後半は十二人の子の四季の遊びを舞い、動かぬ御代を寿いで結ぶ。子孫繁栄を祝う曲で、賀の席・初春の席に向く。
原典では四季の遊びの一段が長い一続きになっている。読みやすさのため、春(正月から雛遊びまで)・端午・夏(蛍狩りから七夕)で区切って示した。字句は改めていない。
「福人」「徳人」はいずれも裕福な人。「子福者」は子だくさんの人。
「妹脊変らぬ諸白髪」は雛人形の内裏雛に、ともに白髪になるまで添うことを掛ける。
「隙ゆく駒」は光陰の速さをいう「白駒の隙を過ぐ」による。ここでは子の遊ぶ竹馬に掛けている。
「撫子」は花の名に「撫でし子」を掛け、子を愛でる意を重ねる。
「着綿の菊襲」は重陽の節句に菊に綿を着せる習わし。
「さざれ石の」以下は「君が代」の歌による祝言。
十二人の名を並べた一段は早口の名尽くしで、区切りが定めがたい。原典の仮名のまま示し、切り方は推測で補っていない。
次の語も語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。「天適」「紙詣り」(「神詣り」の当て字と見た)「せりやい申そはりやい申そ」「ほたけ祭」「ちくま遊び」。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。