藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

子守こもり

清元  変化物としての題『大和い手向五字』  増山金八 述 作曲者・初演年不詳

子守 縁先の土人形と手鞠
縁先の土人形と手鞠

赤子を背負った子守娘の一日を描く、愛らしい小品。五変化の一段である。鳶に油揚をさらわれて転び、膝を擦りむいて泣く赤子をあやす場から起こし、「お月様いくつ、十三七つ」の子守唄になる。まだ年若い山出しの娘の口から、思う人を諦めきれない胸の内、金比羅様への願掛けと、恋心がこぼれる。人形店の見立て売りをはさみ、後半は聞き覚えの唄尽くし——甚句、有松の藍絞りと鳴海の地口、盆踊り、越後の新潟の唄、松前の名産づくし。結びはまた鳶奴にとろろを狙われて、子を引きかたげて豆腐屋へ急ぐ。子どもと子守娘のいる、暮らしのなかの一場面をそのまま写した曲。

あらすじ

おやっ、かな。何としょえ。あいたたたた。膝頭を擦りむいた。憎い鳶め、油揚をさらった。ああ、ああ、泣くな、よい子じゃ。こんな物やろうな。お月様いくつ、十三七つ。まだ年やいかぬ、山出しが。私やどうでもこうでも、あの人ばかりは諦められぬ。じゃによって、讃岐の金比羅さんへ、願でも掛けましょうか。仇口の花さえ咲かぬ生娘の、枝なり振りもぶっきら棒。鼻緒切らして片々提げて、かっくりそっくり幼子おろして、これからは。並べ立てたる人形店。さあさあ、さあ、安売りじゃ。何でもかでも選り取りじゃ。緑は禿、紅は花の姿の姉様を。口説き文句は浄瑠璃で、聞き覚えたをそのままに。ほんに思えば後の月、宵庚申の日待ちの夜。甚句踊りや小唄節、数ある中にこなさんの、お江戸で言わば勇み肌。好いた風じゃと背戸やから、見かじり申して、なまなかに、気も有松の藍絞り。色に鳴海と打ち明けて、晩げ忍んで来なさるならば、これな、うれしかろうではないかいな。なぜと浮かれて座頭の坊。冴えた月夜に闇市ではないかいなあ。闇市なりゃこそ真っ黒な、炭屋のお客と行くわいな。座敷で何を弾んすえ。盆の踊りになまめかし。お前越後か、私も越後。お国訛が出てならぬ。新潟出る時、涙で出たが、今は新潟の夢も見ぬ。おおい船頭さんよ、手漕がんせの。戻りに鯨でも積んでごんせの。踊り踊らば品よく踊れ。品のよいのを嫁に取ろ。松前殿様持ち物は、烏賊、蛸、海鼠、ちんの魚。寄らしゃんせ、面白や。またも鳶奴、とろろとは。太い奴と豆腐屋へ、子を引きかたげて急ぎ行く。

詞章と現代語訳

オヤツかな、何なにとしよへ、アイタヽヽヽ〔合〕膝頭ひざがしらをすりむいた〔合〕につくい鳶面とんびめ、油揚あぶらげさらふた、アヽアヽ泣なくなよい子こぢや、こんな物ものやろな〔合〕

おやっ、かな。何としょえ。あいたたたた。膝頭を擦りむいた。憎い鳶め、油揚をさらった。ああ、ああ、泣くな、よい子じゃ。こんな物やろうな。

お月様つきさまいくつ、十三七じふさんなゝつ〔合〕まだ歳としやいかぬ〔合〕山やまだしが〔合〕

お月様いくつ、十三七つ。まだ年やいかぬ、山出しが。

私わたしやどうでもかうでも、あの人許ひとばかりはあきらめられぬ、ぢやに由よつて、讃岐さぬきの金比羅こんぴらさんへ、願ぐわんでも掛かけませうか

私やどうでもこうでも、あの人ばかりは諦められぬ。じゃによって、讃岐の金比羅さんへ、願でも掛けましょうか。

仇口あだくちの花はなさへ咲さかぬ生娘きむすめの、枝えだなりふりもぶつきら棒ぼう〔合〕鼻緒切はなをきらして片々かたかたさげて、かつくりそつくり幼児をさなごおろしてこれからは〔合〕

仇口の花さえ咲かぬ生娘の、枝なり振りもぶっきら棒。鼻緒切らして片々提げて、かっくりそっくり幼子おろして、これからは。

並ならべたてたる人形店にんぎやうみせ、サアサアサア安売やすうりぢや、何なんでも彼かでも選取えりどりぢや〔合〕緑みどりは禿紅かむろべには〔合〕花はなの姿すがたの〔合〕姉あねさまを〔合〕口説文句くどきもんくは浄瑠璃じやうるりで、聞覚きゝおぼえたを其儘そのまゝに

並べ立てたる人形店。さあさあ、さあ、安売りじゃ。何でもかでも選り取りじゃ。緑は禿、紅は花の姿の姉様を。口説き文句は浄瑠璃で、聞き覚えたをそのままに。

ほんに思おもへばあとの月つき、宵庚申よひかうしんの日待ひまちの夜よ、甚句踊じんくをどりや小唄節こうたぶし、数かずある中なかにこなさんの、お江戸えどで言いはゞ勇いさみ肌はだ、好すいた風ふうぢやと背戸せどやから、見みかじり申まをしてなま中なかに〔合〕気きも有松ありまつの藍絞あゐしぼり〔合〕

ほんに思えば後の月、宵庚申の日待ちの夜。甚句踊りや小唄節、数ある中にこなさんの、お江戸で言わば勇み肌。好いた風じゃと背戸やから、見かじり申して、なまなかに、気も有松の藍絞り。

色いろに鳴海なるみとうち明あけて〔合〕晩ばんげ忍しのんで来きめさるならば、コレナ嬉うれかろでは〔合〕ないかいな〔合〕

色に鳴海と打ち明けて、晩げ忍んで来なさるならば、これな、うれしかろうではないかいな。

何故なぜと浮うかれて座頭ざとうの坊ばう〔合〕

なぜと浮かれて座頭の坊。

冴さえた月夜つきよにやみ市いちではないかいなア〔合〕やみ市いちなりやこそ真黒まつくろな〔合〕炭屋すみやのお客きやくとゆくわいな〔合〕座敷ざしきで何なにを弾ひんすへ、盆ぼんの踊をどりになまめかし

冴えた月夜に闇市ではないかいなあ。闇市なりゃこそ真っ黒な、炭屋のお客と行くわいな。座敷で何を弾んすえ。盆の踊りになまめかし。

お前越後まへゑちごか私わたしも越後ゑちご、お国訛くになまりが出でてならぬ

お前越後か、私も越後。お国訛が出てならぬ。

新潟出にひがたでる時涙ときなみだで出でたが〔合〕今いまは新潟にひがたの夢ゆめも見みぬ〔合〕オヽイ船頭せんどうさんよてかんせの、戻もどりに鯨くぢらでも積つんでごんせの〔合〕

新潟出る時、涙で出たが、今は新潟の夢も見ぬ。おおい船頭さんよ、手漕がんせの。戻りに鯨でも積んでごんせの。

踊をどりをどらば品しなよく踊をどれ〔合〕品しなのよいのを嫁よめにとろ〔合〕

踊り踊らば品よく踊れ。品のよいのを嫁に取ろ。

松前殿様持物まつまへとのさまもちものは、烏賊蛸海鼠いかたこなまこちんの魚うを〔合〕

松前殿様持ち物は、烏賊、蛸、海鼠、ちんの魚。

寄よらしやんせ面白おもしろや

寄らしゃんせ、面白や。

またも鳶奴とんびめとろゝとは、太ふとい奴やつと豆腐屋とうふやへ、子こを引ひかたげて急いそぎ行ゆく

またも鳶奴、とろろとは。太い奴と豆腐屋へ、子を引きかたげて急ぎ行く。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。

変化物としての題は『大和い手向五字』(やまとがなたむけのいつもじ)。原典の本文には「〔五変化の内〕子守」とある。増山金八 述。作曲者・初演年は原典に記載がない。

「お月様いくつ、十三七つ」は子守唄の定型。当ライブラリでは玉兎にも同じ文句が出る。

「山だし」は在所から出てきたばかりの奉公人。子守は年少の娘が勤める奉公で、この曲の主人公もまだ年若い。

「気も有松の藍絞」「色に鳴海と」は、尾張の有松絞り・鳴海絞りの名産に「あり」「鳴る」を掛けた地口。

後半は聞き覚えの唄尽くし。甚句、盆踊り唄、越後の新潟の船唄、松前の名産づくしと、諸国の俗謡を続けて取り込む。娘が奉公先で耳にした唄をそのまま口ずさむ、という趣向である。

「鳶に油揚をさらわれる」は不意に大事なものを横取りされることの譬え。冒頭と結びの二か所に出て、曲を結ぶ枠になっている。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「かつくりそつくり」、「見かじり申して」、「ちんの魚」、「とろゝとは」(とろろと、鳶が狙う「取ろ」を掛けるか)。「てかんせ」は手漕がんせの意と解した。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。