藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

夜半の鶏よはのとり

作詞者・作曲者・初演年不詳  目次の題名「よはの鳥」

夜半の鶏 葦間の捨小舟
葦間の捨小舟

同じ世に住む甲斐もない濁り水、流れ流れの憂き勤め——深い仲を引き分けられ、つらさを語る友さえない身を嘆く。飛鳥川、捨小舟、涙の時雨と重ねて、ひとり焦がれる宵の鶏の声、訪れて吹く小夜嵐に納める小品。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。

あらすじ

同じ世に住む甲斐もない濁り水——流れ流れの憂き勤め。深い仲をも引き分けられ、つらさを語る友さえなくて、誰にとも遠近の便りもない。どうかこうかと思い過ごして、今日も暮らした——飛鳥川。言うてかいない捨小舟。憂きに堪えぬは涙の時雨。定めなき世とかねては知れど、ええ、悟られぬは、ほんに因果な因果もの。ひとり焦がれる宵の鶏。訪れて吹く、小夜嵐。

詞章と現代語訳

おなじにすむかひもなき濁水にごりみづ、ながれながれのうきつとめ

同じ世に住む甲斐もない濁り水——流れ流れの憂き勤め。

ふかなかをもひきわかれ、つらさかたらんともさへなくて、たれにをちこち便たよりのないは、どふかかふかとおもすごして、けふもくらしつ飛烏川あすかがは、いふてかいなき捨小舟すてをぶね

深い仲をも引き分けられ、つらさを語る友さえなくて、誰にとも遠近の便りもない。どうかこうかと思い過ごして、今日も暮らした——飛鳥川。言うてかいない捨小舟。

うきにたへぬはなみだのしぐれ、さだめなきとかねてはしれど、ゑゝさとられぬはほんにゐんぐわなゐんぐわもの、一人ひとりこがるゝよいのとりおとづれてふくさよあらし

憂きに堪えぬは涙の時雨。定めなき世とかねては知れど、ええ、悟られぬは、ほんに因果な因果もの。ひとり焦がれる宵の鶏。訪れて吹く、小夜嵐。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。原典は目次の題名を「よはの鳥」とする。

原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

「濁水」は遊女勤めの身の上をいう泥水稼業のこと。「流れ」もその縁語。

「飛鳥川」は「世の中は何か常なる飛鳥川」の歌により、明日を知らぬはかなさをいう歌枕。「捨小舟」は寄る辺のない身のたとえ。

結びの「訪れて吹く小夜嵐」は、当ライブラリの「小夜あらし」と同じ言いまわし。夜の嵐を訪れる人の代わりとする閨怨の型である。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。