名とり川なとりがは
作詞者・作曲者・初演年不詳

糸のない三味線のように音も立てず泣き明かす恋路に始まり、盃のやりとりの睦言をはさんで、ふたりの浮名が立つ「名取川」に納める小品。名取川は歌枕で、名を取る——浮名が立つの意に掛ける。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。
あらすじ
わたしの恋路は、糸のない三味線のようなもの。何の音も立てずに泣き明かす。それじゃそれじゃ、見れば思いの雲の帯々。さすぞ盃、ならずとひとつ参れ——いやよ、とおっしゃるに、こちらはもう。それじゃそれじゃ、いや、そうさんせ、それじゃそれじゃ。しかも、よいこの情け盛りに。ちょっきりこっきり、小女房の腰もしなえて、やっくるり、くるりやくるりや、やっくるりと——ぬめりなさんすは。ふたりとふたりが、名取川。おお、それ、ふたりとふたりが、名取川。
詞章と現代語訳
われがこひぢは、糸なき三味よ、なんの音もせでなきあかす
わたしの恋路は、糸のない三味線のようなもの。何の音も立てずに泣き明かす。
それじやそれじや見ればおもひのくものをびをび、さすぞさかづき、ならずとひとつまいれ、いやよおしやるに、こちやもふ
それじゃそれじゃ、見れば思いの雲の帯々。さすぞ盃、ならずとひとつ参れ——いやよ、とおっしゃるに、こちらはもう。
それじゃそれじゃいやそふさんせそれじゃそれじゃ、しかもよいこのなさけざかりに
それじゃそれじゃ、いや、そうさんせ、それじゃそれじゃ。しかも、よいこの情け盛りに。
ちよつきりこつきり小女ばうの、こしもしなへて、やつくるり、くるりやくるりややつくるりと、ぬめりしやんすは、ふたりとふたりが名とり川、おゝそれふたりとふたりが名取川
ちょっきりこっきり、小女房の腰もしなえて、やっくるり、くるりやくるりや、やっくるりと——ぬめりなさんすは。ふたりとふたりが、名取川。おお、それ、ふたりとふたりが、名取川。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。原典は本文の頭に調子の指定「二上り」を置く。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「名取川」は陸奥の歌枕。「名を取る」——浮名が立つ意に掛けて、恋の曲によく詠まれる。曲名にあたる。
「糸なき三味」は糸を張らない三味線で、音を立てられないこと、また甲斐のないことのたとえ。
「ぬめる」はしなだれかかる、なまめかしく振る舞うこと。「ちよつきりこつきり」「やつくるり」は所作の擬態語で、踊りの手が付くところと見られる。
「くものをびをび」は雲の帯が幾重にもたなびくさまと読んだが、確かめられていない。「さすぞさかづき」は盃をさす所作。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。