北州ほくしう
清元 本名題『北州千歳寿』 作詞者・作曲者・初演年不詳

吉原(江戸の北にあるので「北州」)の一年の年中行事を、正月から歳の暮れまで詠み継ぐ祝儀曲。清元の品格をいう代表曲のひとつである。千年の鶴・万代の亀の寿ぎから起こし、初買いの霞の衣紋坂、江戸町京町の松飾り、仲の町の桜、五月のあやめと時鳥、文月の玉菊灯籠と七夕、八朔の白無垢、九月の菊、酉の市の千鳥足、浅草の歳の市の戻りには吉原女郎衆の手鞠唄——と、廓の四季折々の風景はげに仙境もかくやらん。結びは隅田の流れに流儀の名「清元」と太夫の寿を詠み込み、国安国と舞い納める。梅の春と同じ家元の祝儀の型で、新春の席に向く。
あらすじ
おおよそ千年の鶴は万歳楽と歌った。また万代の池の亀の甲は三曲に曲がって、その廓を露わさず——新玉の。霞の衣、衣紋坂。衣紋つくろう初買いの、袂ゆたかに大門の、花の江戸町京町や、背中合わせの松飾り。松の位を見返りの、柳桜の仲の町。いつしか花も散りて、つとんと見世清掻の風薫る。簾かかげて時鳥、鳴くや皐月のあやめ草。黒白もわかぬ単衣。いよし御見の文月の、亡き玉章の灯籠に、星の痴話事、私事。銀河と聞けば白々と、白帷子の袖にそよそよ。はや八朔の白無垢の、雪白妙に降りあがり、馴染み重ねて、二度の月見に、逢うとて見とて。合わせ鏡の姿見に。露、打掛の菊襲、菊のませたる禿菊。いつか引込、突出しの。約束かたき神無月に、誰が誠より本立ての、山鳥の尾の酉の市、妹がり行けば千鳥足。日本堤を土手馬の、千里も一里、通い来る。浅草市の戻りには、吉原女郎衆が手鞠つく。ちょいと百ついた浅草寺。筑波の山の此面彼面、葉山茂山おしげりの、繁き御蔭に栄えゆく。四季折々の風景は、げに仙境もかくやらん。隅田の流れ、清元の、寿延ぶる太夫殿。君は千代ませ、千代ませと悦びを、祝う天櫃和合神。日々に太平の足を進むる芦原の、国安国と、舞い納める。
詞章と現代語訳
凡千年の鶴は、万歳楽と諷ふたり、また万代の池の亀の甲は、三曲にまがりて、廓を露はさず〔合〕新玉の〔合〕
おおよそ千年の鶴は万歳楽と歌った。また万代の池の亀の甲は三曲に曲がって、その廓を露わさず——新玉の。
霞の衣ゑもん坂〔合〕衣紋つくらふ初買の、袂ゆたかに大門の〔合〕花の江戸町京町や〔合〕背中合せの松飾〔合〕
霞の衣、衣紋坂。衣紋つくろう初買いの、袂ゆたかに大門の、花の江戸町京町や、背中合わせの松飾り。
松の位を見返りの〔合〕柳桜の仲の町〔合〕いつしか花も、ちりてつとんと〔合〕見世清掻の風薫る、簾かゝげて時鳥、鳴くや皐月のあやめ草
松の位を見返りの、柳桜の仲の町。いつしか花も散りて、つとんと見世清掻の風薫る。簾かかげて時鳥、鳴くや皐月のあやめ草。
黒白もわかぬ単衣
あやめ——黒白もわかぬ単衣。
いよし御見の文月の、亡き玉章の〔合〕灯籠に、星の痴話事私事〔合〕銀河と聞けば白々と、白帷衣の袖にそよそよ
いよし御見の文月の、亡き人への玉章の灯籠に、星の痴話事、私事。銀河と聞けば白々と、白帷子の袖にそよそよ。
『はや八朔の白無垢の〔合〕雪白妙に降りあがり、馴染重ねて、二度の月見に逢とて見とて〔合〕
はや八朔の白無垢の、雪白妙に降りあがり、馴染み重ねて、二度の月見に、逢うとて見とて。
合せ鏡の姿見に
合わせ鏡の姿見に。
露うちかけの菊襲、菊のませたる禿菊
露——打掛の菊襲、菊のませたる禿菊。
いつか引込突出の〔合〕
いつか引込、突出しの。
約束かたき神無月に、誰が誠より本立の、山鳥の尾の酉の市、妹許往けば千鳥足〔合〕
約束かたき神無月に、誰が誠より本立ての、山鳥の尾の酉の市。妹がり行けば千鳥足。
日本堤を土手馬の
日本堤を土手馬の。
千里も一里通ひ来る〔合〕浅草市の戻りには、吉原女郎衆が手鞠つく
千里も一里、通い来る。浅草の歳の市の戻りには、吉原女郎衆が手鞠つく。
ちよと百ついた浅草寺〔合〕筑波の山の此面彼面〔合〕葉山茂山おしげりの、繁き御蔭に栄へゆく〔合〕四季折々の風景は、実に仙境も斯くやらん
ちょいと百ついた浅草寺。筑波の山の此面彼面、葉山茂山おしげりの、繁き御蔭に栄えゆく。四季折々の風景は、げに仙境もかくやらん。
隅田の流清元の、寿延る太夫殿、君は千代ませ千代ませと悦びを、祝ふ天櫃和合神〔合〕日々に太平の足をすゝむる芦原の、国安国と
隅田の流れ、清元の、寿延ぶる太夫殿。君は千代ませ、千代ませと悦びを、祝う天櫃和合神。日々に太平の足を進むる芦原の、国安国と。
舞納む
舞い納める。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。「千代ませ」の繰り返しは直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
本名題は『北州千歳寿』(ほくしうせんねんのことぶき。資料の本文題名は『北州千年寿』)。「北州」は江戸の北にあった新吉原の異名。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない(一般に文政期の作で、狂歌師大田南畝ら文人の関わりが伝えられるが、原典によっては確かめられないのでここには記さない)。
吉原の一年の行事尽くし。初買い・松飾り(正月)、仲の町の桜(春)、見世清掻・あやめ・時鳥(五月)、単衣の衣替え、玉菊灯籠と七夕(文月)、八朔の白無垢(八月朔日に遊女が白無垢を着る仕来り)、二度の月見(八月十五夜と九月十三夜)、菊襲(九月)、酉の市(十一月)、浅草の歳の市(十二月)と詠み継ぐ。
「衣紋坂」は日本堤から大門へ下る吉原の入口の坂。「江戸町京町」は廓内の町名。「引込」「突出し」は禿が新造・遊女に出る仕来りの言葉。「妹がり往けば」は百人一首の「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」の縁で、山鳥の尾から酉の市へ言い掛ける。
「ちよと百ついた浅草寺」は手鞠唄の文句。「筑波の山の此面彼面」は万葉集の「筑波嶺のをてもこのもに」による。
結びの「隅田の流清元の、寿延る太夫殿」は流儀の名と家元(清元延寿太夫)の名を詠み込んだもの。「国安国と舞納む」は謡曲の留めの型。梅の春と同じ、家元の祝儀曲の納めである。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「いよし御見の文月」(切り方が定めがたい)、「天櫃和合神」(読みも定めがたい。和合神は夫婦和合の神)、「本立の」(誠から本が立つの意か)。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。