助六すけろく
作詞者・作曲者・初演年不詳 変化物としての題「花翫暦色所八景」(はなごよみいろのしょわけ)

江戸一番の男伊達、花川戸助六の出端を写した曲。蛇の目傘に紫の鉢巻、尺八と鮫鞘という出立ちで吉原の大門を潜る。曽我物として作られ、助六の実は曽我五郎時致とされる。
あらすじ
傘をさして、濡れながら廓の夜の雨のなかを行く。店清掻の三味線に声を添えて、鐘は上野か浅草か——その名も伊達な花川戸。この鉢巻の紫は由縁のかかる藤波の色、洗えば千代に色まさる。松の刷毛先の付き額、日本堤の八丁から衣紋坂へ通い馴れた塗り鼻緒、印籠ひとつを前にひとつ、二重廻りの雲の帯、差した尺八に鮫鞘——これがご存じの出立ちばえ。急くな急きなさるな、浮世は車のようにめぐるもの。めぐる月日が縁となる。恋の夜桜を浮気で通う、間夫の名を取る通り者。喧嘩じかけに色じかけ、力ずくでも手管でも、流儀流儀で立ち向かう。ただでは通さぬ大門を、また潜るとは命がけ。土堤節をやめよ、編笠を取って投げるのは芸がない、蹴込んで見せよう——これがまた何のことだ、江戸の花。富士と筑波の山あいのような袖姿もゆかしく、君もゆかしい。ほんに命を賭けた揚巻の——これが助六の前渡り、風情ある次第であった。
詞章と現代語訳
傘さして
傘をさして。
濡れに廓の夜の雨
濡れながら行く、廓の夜の雨のなかを。
店清掻に声添ふる、鐘は上野か浅草に、其の名も伊達な花川戸
店先の清掻の三味線に声を添えて。鐘の音は上野か浅草か——その名も伊達な、花川戸。
此の鉢巻の紫は、由縁ぞかかる藤波の、洗ふて千代の色まさる
この鉢巻の紫は、由縁のかかる藤波の色。洗えば千代に色まさる江戸紫。
松の刷毛先つき額、堤八丁衣紋坂通ひ馴れたる塗鼻緒、ひとつ印籠ひとつ前、二重廻りの雲の帯、さした尺八鮫鞘は、これ御存知の出立ちばえ
松の刷毛先のような付き額、日本堤の八丁から衣紋坂へと通い馴れた塗り鼻緒。印籠をひとつ前に下げ、二重に巻いた雲の帯、差した尺八に鮫鞘の刀——これがご存じの、あの出立ちばえ。
せくなせきやるな浮世は車さよへ
急くな、急きなさるな。浮世は車のようにめぐるものよ。
めぐる月日が縁となる、めぐる月日が縁となる
めぐる月日が縁となる、めぐる月日が縁となる。
恋の夜桜浮気で通ふ
恋の夜桜を、浮気ごころで通う。
間夫の名とりの通り者、喧嘩じかけや色じかけ、力づくならなに手管なら、流儀流儀で向ふづら
間夫として名を取る通り者。喧嘩じかけでも色じかけでも、力ずくならそれもよし、手管ならそれもよし、それぞれの流儀で向かい合う。
ただは通さぬ大門を
ただでは通さぬという大門を。
また潜るとは命がけ
それでもまた潜るとは、命がけのことよ。
土堤節をやめよ編笠を、とつて投げるは曲がない、蹴込んで見せう楼船、こりや又なんのこつた江戸の花
土堤節はもうやめよ。編笠を取って投げるのは芸がない、蹴込んで見せようその楼船——これはまた何のことだ、これぞ江戸の花。
富士と筑波の山間の袖なりゆかし君ゆかし
富士と筑波の山あいのような袖姿もゆかしく、その君もゆかしい。
しんぞ命をあげ巻の、これ助六がまへわたり、風情なりける次第なり
ほんに命を賭けた——その名も揚巻の。これが助六の前渡り、風情ある次第であった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。
歌舞伎十八番『助六由縁江戸桜』の主人公、花川戸助六の出端を写した曲。助六の実は曽我五郎時致で、兄の仇 工藤祐経の持つ名刀 友切丸を探すために吉原に通うという趣向。原典は変化物に分類し、その題を『花翫暦色所八景』とする。
「店清掻」は遊女屋の店先で弾く三味線の調べ。
「花川戸」は浅草の地名で、助六の名乗り。
「鉢巻の紫」は助六の象徴である江戸紫の鉢巻。「由縁」は外題の『助六由縁江戸桜』に掛ける。
「堤八丁」は吉原へ通う日本堤。「衣紋坂」はそこから大門へ下る坂で、身なりを整えたことによる名という。
「尺八鮫鞘」は助六が差す尺八と、鮫皮を巻いた鞘の刀。
「間夫」は遊女が金でなく情を通わせる相手。
「土堤節」は日本堤のあたりで唄われた俗謡。
「富士と筑波」は江戸から望む二つの名山。その山あいのような袖の形をいう。
「あげ巻」は三浦屋の遊女 揚巻。助六の相手で、「命を上げる」に名を掛ける。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。