藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
常磐津

五人囃子ごにんばやし

常磐津  中村重助 述  本名題『内裡模様源氏紫』  作曲者・初演年不詳

A4一枚に印刷できる詞章(PDF)開く・印刷・保存お稽古や舞台の予習に。A4横一枚にまとめてあります。
五人囃子 弥生の雛壇
弥生の雛壇

弥生の雛祭り。光氏の別荘へ紫を迎える祝いの日、あとを慕って来た娘と芸者が鉢合わせし、義尚を間に立てて張り合う。源氏五十四帖の巻の名を恋のことばに詠みこみ、争いを収めて三人の春遊びに落ちつく。

あらすじ

三千歳になるという桃の節会の花見月。弥生の花のほかにも、綻びかかる生娘と、よい道連れの艶男。先を揃えて花やかに、振り込め振り込む鳥毛槍。奴島田に引きかえておぼこ娘の振袖、浮かれてふいと乗物に——背負う重荷も恋の道。石ごき酒の色上戸、酔いにはなるまい女の身空、茶瓶の役とはおや馬鹿らしい取り合わせ。花の行列、花道を色香をこぼして歩んで来る。やれやれ二人とも大儀であった、今日は弟の光氏がこの別荘で雛祭りを幸いに、紫を迎えての女夫事である——いえ、そのお目出たいことでこの御所へあなたもお出でと聞いて、わたしもわざわざあとを慕って来たのじゃわいな。いやもう思いがけない二人の出合いで、送りの者を手伝ってもらったが、二人ともわしのあとを慕って来たというのは偽り。大方は光氏を見ようと思うて、あのここな浮気者めが——背中を打たれて二人はにっこり。いえいえ、実はこの美しい大内を写す模様を拝もうと。そんならそれゆえ二人とも。あいな、それにしても光氏さまを、蛍でもあるまいし、なぜ光る君と言うのじゃえ。それそれ、その謂れを言うて聞かせてくださんせ。なるほど、それは古の光る源氏にならって付けた弟光氏。そのあらましを話そうか、えへん。そもそも五十四帖の巻の始めを桐壺と名づけたのは、源氏の母君が住まわれた御所のこと。その箒木より清らかに光り輝く玉の御子を、高麗国から渡った博士が相して光る源氏と言い伝えたのである。何と、これで謂れが解けたであろうが——それは解けても解けぬのはあなたの心。それそれ、わたしが先に心の丈を、もし。恋の手習いいつ書きそめて、文をして、そしてその末の末摘花の返す書き。愚痴な繰り言、あどけなさに、食い裂き紙の縁結び。解けて逢う夜を神さんに、無理な願いも恋の意地。粋な、浮世じゃ、なあ、いい、かい、なあ。ええ、まんがちな何じゃいな。つい紅筆で鼻紙へ、用事をつけて送り船。浮かれ浮舟、佃沖。吹けよ川風、簾を揚げて、新地の端の夕涼み。それ夏痩せと引き寄せて、癪がほだしの仮枕、膝を枕の爪弾きに。淀の車は水ゆえ廻る、わたしは悋気で気が廻る、ほんに遣る瀬がないぞえ。番い離れぬあの鴛鴦を見るにつけても思い出す、早く夫婦になるならば、それこそよいぞえ。ええ、およしやんせ、厚皮な。調子を合わせて男には、合わせ鏡の芸者の身。女庭訓や今川に、それよもや書いてはありはすまい。お師匠さんの教えにも、ほんに女は一生に、殿御というのはただ一人。眉を落とし鉄漿をつけて、みな男ゆえ——男へみな心中立て。あくしょうな、気が知れぬ。都育ちは見目も姿もよい八重桜。八重が笑えば一重も笑う。あれ、鐘の音に宵の雨、やれしおしお、一人戸口へとんと夜一夜を立ち明かす。恋じゃえ、恋は仕勝ちと照れ葉して、いつしか顔に紅葉の賀。こなたも胸は篝火と、悋気の角の橋姫や、葵の上も今ここに花を散らして争っている。義尚はなおも押し隔てて——これはしたり、二人ながら訳もないその争い。中に立った私も迷惑。しかし差し詰め源氏の葵の上、後妻打ちを写し絵にすれば、おお幸い弥生の鶏合わせ、さらりと海へ須磨明石。それはいな、三人これから睦まし月。こぼれた花を追い羽根に、時に取っての春遊び。一つ二つ三つ四つ、五つも口説の無理酒に、七つ梅見の移り香とめて、憎い奴をば心に隠す。ここの辛さにまた嘘ばかり、問うにや落いで語るに悟る。ええ、あんまりなと、ひぞり言。梅と桜と柳の緑、賑わう弥生の花舞台。花の色幕、曙色は江戸紫の艶源氏——わずかな筆に書きとどめる。

詞章と現代語訳

三千歳みちとせになるてふものよ、もも節会せちゑ花見月はなみづき弥生やよひはなのまたほかに、ほころびかかる生娘きむすめと、よい道連みちづれ艶男あだをとこ

三千年に一度実るという桃——その桃の節会の花見月。弥生の花のほかにも、綻びかかる生娘と、よい道連れの艶男よ。

さきそろへてはなやかに、鳥毛槍とりげやり奴島田やつこしまだきかへて、おぼこむすめ振袖ふりそでに、うかれてふいと乗物のりものを、背負せお重荷おもにこひみち、おれこやぢや合点がつてんぢや

先払いを揃えて花やかに、振り込め振り込む鳥毛槍。奴島田に引きかえて、おぼこ娘の振袖姿。浮かれてふいと乗物を——背負う重荷も恋の道よ。おれこじゃ、合点じゃ。

いしごきざけ色上戸いろじやうごゑひにやなるまい女子をなごそら、ちやびんのやくとはオヤ馬鹿ばからしい取合とりあはせ、はな行列ぎやうれつ花道はなみちを、色香いろかこぼしてあゆ

石ごき酒の色上戸。酔いにはなるまい女の身空。茶瓶の役とは、おや、馬鹿らしい取り合わせよ。花の行列が花道を、色香をこぼしながら歩んで来る。

やれやれ二人ふたりとも、太義たいぎことであつたわいの、今日けふおとうと光氏みつうぢが、この別荘べつさうにて雛祭ひなまつりさいはひむらさきむかへての女夫事めをとごと

「やれやれ二人とも大儀であったわいの。今日は弟の光氏が、この別荘で雛祭りを幸いに、紫を呼び迎えての夫婦事じゃ」

それはいな、そののお目出めでたにこの御所ごしよへ、あなたもおいで様子やうす

「それはいな。そのお目出たでこの御所へ、あなたもお出でだと聞きまして」

わたし態々わざわざおあとしたふてたのぢやわいな

「わたしもわざわざ、おあとを慕って来たのじゃわいな」

イヤもうおもひがけない二人ふたり出合であるひで、おくりのもの手伝てつだふてもらふたが、二人ふたりともにわしがあとを、したふてたといふはいつはり、大方おほかた光氏みつうぢやうとおもふて、アノココな浮気者うはきものめが

「いやもう、思いがけない二人の出合いで、送りの者を手伝ってもらったが。二人ともわしのあとを慕って来たというのは偽り。大方は光氏を見ようと思うてのこと。あの、ここな浮気者めが」

脊中せなかうたれて二人ふたり莞爾につこり

背中を打たれて、二人はにっこり。

否々いやいやありやうはこのうつくしい大内おほうちを、うつす模様もやうおがまうと

「いえいえ、ありようは、この美しい内裏を写した模様を拝もうと思いまして」

そんならそれゆゑ二人ふたりとも

「そんなら、それゆえ二人とも」

あいな、さうしてまた光氏みつうぢさまほたるではあるまいし、なんでマアひかきみいふのぢやへ

「あいな。それにしても光氏さまを、蛍でもあるまいし、なぜまあ光る君と言うのじゃえ」

それれそれそのいはいうててかしてくださんせいな

「それそれ、その謂れを言うて聞かせてくださんせいな」

成程なるほどそりやいにしへひか源氏げんじならふてつけたおとうと光氏みつうぢ、そのあらましをはなさうか、ヱヘンヱヘン

「なるほど。それは古の光る源氏にならって付けた、弟の光氏じゃ。そのあらましを話そうか。えへん、えへん」

そもそも五十四帖ごじふしでふまきはじめの桐壷きりつぼづけしは、源氏げんじ母君ははぎみませたまひし御所ごしよにして、その箒木ははきぎよりきよらかに、ひかかがやたま御子みこ高麗国かうらいこくよりわたりたる、博士はかせさうしてこのきみを、ひか源氏げんじ言伝いひつた

「そもそも五十四帖の巻の始めを桐壺と名づけたのは、源氏の母君がお住まいになった御所の名。その箒木の巻よりも清らかに光り輝く玉の御子を、高麗国から渡って来た博士が人相を見て、光る源氏と言い伝えたのである」

なんとこれでいはれがけたでらうが

「なんと、これで謂れが解けたであろうが」

そりやくれどもけらぬはあなたのこころ

「それは解けても、解けぬのはあなたのお心」

それれそれわたしさきこころたけを、モシ

「それそれ、わたしが先に心の丈を。もし」

こひ手習てならいつ書初かきそめて、ふみしてそしてそのすゑ

恋の手習いをいつ書きそめて、文をやりとりして、そしてその末の。

末摘花すゑつむはなかへがき愚痴ぐち繰言くりごとあどなさに、喰裂紙くひさきがみ縁結えんむす

末摘花の返す書き。愚痴な繰り言も、あどけなさゆえ。食い裂き紙の縁結び。

とけてかみさんに、無理むりねがひこひ意地いぢ

打ち解けて逢う夜をと神さんに祈る、その無理な願いも恋の意地。

すゐ

「粋な」

浮世うきよぢや

「浮世じゃ」

なあ

「なあ」

いい

「いい」

かい

「かい」

なあ

「なあ」

エエまんがちななんぢやいナ

「ええ、まんがちな。何じゃいな」

つい紅筆べにふで鼻紙はながみへ、よふじをつけておくぶねうか浮船うきふね佃沖つくだおきけよ川風かはかぜすだれげて、新地しんちはし夕納涼ゆふすずみ

つい紅筆で鼻紙へ、用事をつけて送り船。浮かれ浮舟、佃沖。吹けよ川風、簾を揚げて、新地のはずれの夕涼み。

それ夏痩なつやせ引寄ひきよせて、しやくがほだしの仮枕かりまくらひざまくら爪弾つまびき

それ、夏痩せよと引き寄せて、癪がほだしの仮枕。膝を枕の爪弾きに。

よどくるまみづゆゑまはる、わたし悋気りんきまはる、ほんに遣瀬やるせがないぞへ

淀の水車は水ゆえに廻る。わたしは悋気で気が廻る。ほんに遣る瀬がないぞえ。

つがはなれぬアノ鴛鴦をしどりを、るにつけてもおもす、はや女夫めをとになるならば、それこそよいよいよいぞへ

番いの離れぬあの鴛鴦を見るにつけても思い出す。早く夫婦になれるなら、それこそよい、よい、よいぞえ。

エエおかしやんせ厚皮あつかはな、調子てうしあはせてをとこには、あはかがみ芸者げいしや

「ええ、およしやんせ、厚皮な」——調子を合わせて男には、合わせ鏡のような芸者の身。

女庭訓をんなていきん今川いまがはに、それよもやかいてはありやせまい、お師匠ししやうさんのをしへにも

女庭訓や今川状に、それはよもや書いてはあるまい。お師匠さんの教えにも。

ほんに女子をなご一生いつしやうに、殿御とのごといふはただ一人ひとり眉毛まゆげおとしてべに鉄漿かねつけて、みなをとこゆゑエエエエ

ほんに女は一生に、殿御というのはただ一人。眉を落とし、紅も鉄漿もつけて、みな男ゆえ。ええ、ええ。

をとこみな心中立しんぢゆうだて

男へみな、心中立て。

あくしやうなあくしやうなれぬ

「あくしょうな、あくしょうな。気が知れぬ」

都育みやこそだちは見目みめ姿すがたもよい八重桜やへざくら

都育ちは見目も姿もよい、八重桜。

八重やへわらへば一重ひとへわらふ、アレかね

八重が笑えば一重も笑う。あれ、鐘の音に。

よひあめやれしほれしほしほ、一人ひとり戸口とぐちへとんと夜一夜よひとよ

宵の雨、やれしおしお。一人戸口へとんと寄って、夜もすがら。

立明たちあかす、こひぢやへこひ仕勝しかち照葉てればして、いつしかかほ紅葉もみぢこなたもむね篝火かがりびと、悋気りんきつの橋姫はしひめや、あふひうへいまここに、はならしてあらそへり、義尚よしひさなほも押隔おしへだ

立ち明かす。恋じゃえ、恋は仕勝ちと照れ葉して、いつしか顔に紅葉の賀。こちらも胸は篝火と、悋気の角の橋姫よ。葵の上も今ここに、花を散らして争っている。義尚はなおも押し隔てて。

これはしたり二人ふたりながら、わけもないことそのあらそひ、なかたつわたし迷惑めいわくしか差詰さしづめ源氏げんじあふひうへ後妻打うはなりうちをうつしは、ヲヲさいはひ弥生やよひ鶏合とりあはせ、さらりとうみ須磨すま明石あかし

「これはしたり。二人ながら訳もないその争い。中に立った私も迷惑。しかし差し詰め源氏の葵の上、その後妻打ちを写し絵にすれば——おお幸い、弥生の鶏合わせ。さらりと海へ、須磨明石」

それはいな、三人さんにんこれからむつましづき

「それはいな。三人これから、睦まじ月」

こぼれたはな追羽子おひばね

こぼれた花を追い羽根に。

ときつての

時に取っての。

春遊はるあそ

春遊び。

ひとふたいつ口説くどき無理酒むりざけ

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつも口説きの無理酒に。

なな梅見うめみうつとめて、にくやつをばこころかく

ななつ、梅見の移り香をとどめて、憎いあの人を心に隠す。

ここのつらさにまたうそばかり、ふにやおちいで

ここの辛さにまた嘘ばかり。問うには落ちないで。

かたるにさとる、エエあんまりなと

語るうちに悟られる。「ええ、あんまりな」と。

ひぞりごと

ひねくれた言いよう。

うめさくらやなぎみどりにぎ弥生やよひ花舞台はなぶたいはな色幕いろまく曙色あけぼのいろ江戸紫えどむらさき艶源氏つやげんじわづかなふで

梅と桜と柳の緑。賑わう弥生の花舞台。花の色幕、曙色は江戸紫の艶源氏を——わずかな筆に。

かきとどむ

書きとどめる。

この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。

本名題は『内裡模様源氏紫』。詞は中村重助。作曲者・初演年は原典に記載がない。

『偐紫田舎源氏』にもとづく、いわゆる「にせ紫」もの。源氏物語の光源氏を足利義政の子・光氏に、紫の上を紫に置きかえた仕組みで、義尚が二人を仲裁する役にまわる。

曲名の「五人囃子」は雛壇の五人囃子。弥生の雛祭りの日を舞台とすることによる。

桐壺・箒木・末摘花・浮舟・紅葉賀・篝火・橋姫・葵・須磨・明石と、源氏五十四帖の巻の名を恋のことばに次々に詠みこんでゆく。

「後妻打」は先妻が後妻のもとへ押しかける古い風習。葵の上と六条御息所の車争いに掛ける。

「女庭訓」「今川」はいずれも女子用の教訓書。手習いの手本に使われた。

「眉毛落して紅鉄漿つけて」は、女が嫁いだしるしに眉を剃り歯を黒く染めること。

「三千歳になる」は三千年に一度実るという西王母の桃。桃の節句を導く。

次の語は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。「おれこやぢや」「石ごき酒」「まんがちな」「よふじをつけて」「あく性な」「ひぞり言」。いずれも当時の口ことば、または囃子詞と思われる。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。