乗合船のりあひぶね
常磐津 本名題『乗合船恵方万歳』 作詞者・作曲者・初演年不詳

正月の隅田川の渡し船に、蓮っ葉な姐さんとたたき大工の夫婦、白酒売、俳諧の宗匠気取りの通人、そして三河から江戸へ下ってきた万歳の太夫と才蔵が乗り合わせる、初春の風俗尽くしの一曲。前半はめいめいの芸くらべ、後半は三河万歳の柱建ての祝詞から金尽くしまでをまるごと聞かせる。太夫と才蔵の掛合には三河訛りの囃子詞が多く、語義の定めがたい語は推測で埋めず、原典のまま残して注記に挙げた。
あらすじ
にぎわいは花のお江戸の隅田川。渡し船には浮かれ同士が乗り合わせる。筑波嶺の歌を口真似する蓮っ葉な姐さんは、たたき大工と共稼ぎの世話女房で、亭主の悪性を観音さんに願掛けするかいがいしさ。白酒売の姿もある。そこへ「よい乗合」と乗り遅れてきたのは万歳の太夫。芝居を立ち見してつい遅くなったと詫び、はるばる三河から出てきた才蔵は、江戸の姉さんたちに見とれて太夫にたしなめられる。袖振り合うも他生の縁と、めいめいの芸くらべが始まる。白酒屋は「富士の白雪は朝日で解ける、娘島田は口説の半ばで寝て解ける」の地口。大工は突き鑿・差し曲尺・溝鉋と、道具尽くしの惚気話。宗匠先生は「春風や」と発句をひねり、通人めかした茶飲み話のうちに船は着岸する。いよいよ太夫の番となり、鼓を取り直して三河万歳。鶴亀の寿ぎに始まり、建て初めの柱を一本ずつ神々に数え上げる柱建ての祝詞、弥勒十年たっての後も雨は漏らさず風は宝風という予祝、「コレワイ」と受ける才蔵との掛合による後白河法皇の熊野御参詣の由来語り、大判小判がざっくざくと湧く金尽くし、「べっちゃらこ、まっちゃらこ」の囃子から「満更野暮ではあるまい」へ落とす地口まで、めでたさを尽くす。結びは一同の総踊り。初御空に百千鳥がさえずり、声も春雨と鳴り響く初雷に、人々はわが家をさして急ぎ帰るのであった。
詞章と現代語訳
賑ひは花のお江戸の隅田川、月の都も及びなき、景色を茲に都鳥、いざこさなしの乗合と、浮た同士の渡し守
にぎわいは花のお江戸の隅田川。月の都も及ばぬ景色をここに、と都鳥の飛ぶ川筋。いざこざもない乗合船と、浮かれ同士の渡し守。
筑波根の、此面彼面と口真似に、問ず語りを庵崎の、横に素顔の富士額、蓮葉者でも悪性は、観音さんへ願込めて
「筑波嶺のこのもかのも」と歌の口真似で、問わず語り。庵崎あたり、髷を横に流した素顔の富士額。蓮っ葉者でも、惚れた悪性者のことは観音さんへ願をかけて。
裸参りの子飼から、脊中に胼の出仕事を、たゝき大工の倶かせぎ
子飼いの頃からの裸参り。背中にたこのできる力仕事の、たたき大工との共稼ぎ。
そんなお方と添うなら、ほんに嬉し燗酒白酒と、その御贔屓を山川に
そんなお方と添うなら、ほんに嬉し——「嬉し」の燗酒白酒と、そのご贔屓のほどは、白酒の銘の山川さながら、山と川ほど。
競べやうなき有難さ、睦み話の向ふより
くらべようもないありがたさ。睦み話をしていると、向こうから。
海上遥かに見渡せば
海上はるかに見渡せば。
五色彩る宝船、よい乗合とわせられても、乗遅れたは不審な、
五色に彩る宝船。「よい乗合」と仰せられても、乗り遅れたとは不審な。
色にや賢いそれさまなれど、なじよにさつしやれたエ恋知ず
色事には賢いあなた様なのに、どうしてそうなさんしたのえ、恋知らず。
イヽヤ悔むなそこへ気の、付ぬエヽ太夫ぢやなつけれど、何れも様へ改めて、御祝儀申入れのある
いやいや、悔やむな。そこへ気のつかぬ太夫ではないけれど、皆様へ改めて、ご祝儀の申し入れがある。
芝居を一寸立見して、ツイ遅なはる御無礼と、足を早めて来りける
芝居をちょっと立ち見して、つい遅くなったご無礼——と、足を早めてやって来た。
ヤレヤレ嬉しや嬉しや、わしは又向ふへ越る船ぢやと思つた、ヤア美しい姉へ達が是は有難い有難い
やれやれ、嬉しや嬉しや。わしはまた、向こうへ渡る船かと思った。やあ、美しい姉さんたちがおいでとは、これはありがたい、ありがたい。
アコレコレ其様に女さへ見ると埒も無い事を、女の無い国から参つた様に無性に有難がる事はない、第一外聞が悪いはさ
あ、これこれ。そのように女さえ見ると埒もないことを。女のいない国から来たように無性にありがたがることはない。第一、外聞が悪いわさ。
アコレコレ太夫様、遥々三河の国から斯して来るのも、お江戸サアの美しい姉へ達を見物がてらぢやて、ヤア一服吸べいかな
あ、これこれ太夫様。はるばる三河の国からこうして来るのも、お江戸さあの美しい姉さんたちを見物がてらじゃて。やあ、一服吸うべいかな。
ホヽウ扨は足下達も頗る好色家と見へるね極うれだのハヽヽヽヽ、ヤ頼母頼母
ほほう、さてはお前さん方もすこぶる好色家と見えるね。「極うれ」だの、はははは。や、頼もし頼もし。
然し乍ら袖振合も他生の縁だ、何ぞ面白い咄を皆やつつけねへ
しかしながら、袖振り合うも他生の縁だ。何か面白い話を、みなでやっつけようじゃないか。
ほんに夫がよう御座んせう
ほんに、それがようございましょう。
先初春の事だから、白酒屋さんお前先へやつつけねへ
まず初春のことだから、白酒屋さん、お前から先にやっつけな。
左様ならばお所望にまかせ、抑々白酒の始りは、富士の白雪は朝日で解る
それならばお望みにまかせ、そもそも白酒の始まりは——富士の白雪は、朝日で解ける。
解たがどうしたへ
解けたが、どうしたえ。
娘島田はサ口説の半ばでサ寐て解る
娘島田はさ、口説の半ばでさ、寝て解ける。
ヤレヨイヨイよい評判でうかりける
やれよいよい、と良い評判に浮かれるのであった。
是は白酒の先生妙々ハヽヽヽヽ
これは白酒の先生、妙々。はははは。
サアサアこれから番匠殿、お手前の番ぢや番ぢや
さあさあ、これからは大工殿、お手前の番じゃ、番じゃ。
エヽ仕方がねへ、そんなら大工道具になぞらへて、惚気話をやつつけべい
ええ、仕方がねえ。そんなら大工道具になぞらえて、惚気話をやっつけるべい。
そも
そもそも。
番匠の始りは敲き大工のこちとらが、聞ても上のそら仕事、嘘を突鑿差曲尺を、使ひ馴たる友達と
大工の始まりは、たたき大工のこちとらが、聞いても上の空仕事。嘘を「突き鑿」、「差し曲尺」を使い慣れた友達と。
直にうら釘かへして後は、ほんに辛気な溝鉋
すぐに裏釘を返すように心変わり、その後はほんに辛気な「溝鉋」——身ぞ辛気。
互ひに二世と墨さして、誓文楔放れぬなかを
互いに二世と墨縄をさすように誓いを立て、誓文の楔で放れぬ仲を。
此頃は聞ばお前はしん手斧、また新店に廻し挽、憎や節木の性悪と
この頃聞けば、お前は「新手斧」の心変わり。また新店へ「廻し挽き」で回るとは、憎や「節木」の性悪、と。
サアサア是から宗匠先生玉句をうけたまはり度ござる
さあさあ、これからは宗匠先生の玉句を承りたくござる。
発句とやらぼつくとやら、早く聞てへねへサアサア早く早く早く早く
発句とやら「ぼっく」とやら、早く聞きてえねえ。さあさあ早く早く、早く早く。
アヽさな宣ひそ、諸事風雅の狂道は、士農工商の業道までも穿たねばならぬて、エヽ凝ては思案にあたはずと申せば、各々騒がせ給ふな給ふな、エヽコラツト春風エヽ春風や
ああ、そう言いなさるな。諸事風雅の狂歌俳諧の道は、士農工商の生業の道までもうがたねばならぬのだ。ええ、「凝っては思案にあたわず」と申せば、各々騒がせたもうな、たもうな。えいこらっと——春風、ええ、春風や。
春風や黒羽織に小脇差、さしてゆらりゆらりと船場へおりやる
「春風や 黒羽織に小脇差」——と差して、ゆらりゆらりと船着き場へ下りておいでになる。
アイヤ甚だ銘酊エ時に景色は未明の事に限りやすね、白昼は埃満々として野暮ものたつぷ、コレ恐るべだね
いや、はなはだ酩酊。時に、景色は未明のうちに限りますね。白昼は埃が満々として、野暮者がたっぷり。これ、恐るべしだね。
あとを慕ふてなまめてこへごへ、サアサヤツトヤ
あとを慕って、艶めいた声々。さあさ、ヤットヤ。
イヨイヨうつらかうつらかエ今のアノ茶を売々する翁は、アリヤ只者ぢやごぜへせぬね、浅黄の頭巾引ぬきギツク、本名あるべだねハヽヽヽヽ、サア向ふへ押出やせう
いよいよ、うららかうららか。ええ、今のあの茶を売り売りするお爺さんは、ありゃ只者ではございませんね。浅黄の頭巾に「引きぬきぎっく」、本名がおありでしょうね、はははは。さあ、向こうへ押し出しましょう。
船ばりしつかと召れた、空には帰る雁の声
船梁にしっかと掴まりなされた。空には帰る雁の声。
先月の月末か今月の月初めか、木へ往の菜飯に田楽で朝飯とこてへやした、すると未明だから豆富が一夜水中に御逗留、ヤ真平とこたへてとろとけし棹てふものにてヤイ
先月の月末か今月の月初めか、「木へ往き」の菜飯に田楽で朝飯、とこたえやした。すると未明のことだから、豆腐が一夜、水の中にご逗留。や、真っ平とこたえて、とろとけし棹というものにて、やい。
早たゞ中へ出にける
はや、川のただ中へと出た。
希冀はくは船衆急ぐべだよ
こいねがわくは、船衆、急ぐべしだよ。
こちらも急ぐ送り船、程なく着岸
こちらも急ぐ送り船、ほどなく着岸。
サア一つ聞し召せ、ところを重ねて
さあ一つ召し上がれ、と杯をところ重ねて。
かほりつんつん花に風、軽く来て吹け酒の泡
「香りつんつん花に風、軽く来て吹け酒の泡」。
ハヽヽヽヽヽハヽヽヽヽアハヽヽヽヽヲイ笑い嵩じて腹立つて、エヽエすぢをいふべや泣上戸
ははは、わははは。おい、笑いが嵩じて腹が立って——ええ、筋を言うべや、と泣き上戸。
サアサア太夫さん、是からお前の番ぢや番ぢや
さあさあ太夫さん、これからはお前の番じゃ、番じゃ。
是は又迷惑、才蔵仕方がないは、マヅ初春の事ぢやから、お目出たう寿を、さらばお祝ひ申さうと
これはまた迷惑な。才蔵、仕方がないわ。まず初春のことじゃから、おめでたく寿を。さらば、お祝い申そうと。
鼓おつとり声つくろひ
鼓をおっ取り、声をつくろい。
やんりや目出度やナア、鶴は千年の名鳥なり、亀は万年のヨ御寿命保つ、鶴にも勝れ亀にも増す、今日此お家をば長者のしんと
やんりゃ、めでたやなあ。鶴は千年の名鳥なり、亀は万年のよ、ご寿命を保つ。鶴にも勝り亀にも増して、今日このお家を長者の身にと。
祝ひ栄へましんまする
祝い栄えさせ申する。
建初の柱をばヨ、綾と錦で包ました
建て初めの柱をばよ、綾と錦で包みました。
弓と箭をばつけんさせて、是ンは火伏の柱とて
弓と矢をば付けさせて、これは火伏せの柱とて。
鬼門を守らせ候へば
鬼門を守らせ候えば。
一本の柱が一の宮ヨ
一本の柱が、一の宮よ。
二本の柱がにせんだか、三本の柱が榊の明神、四本の柱がしろくや天王、五本の柱が牛頭天王
二本の柱が「にせんだか」、三本の柱が榊の明神、四本の柱が「しろくや天王」、五本の柱が牛頭天王。
六本の柱が
六本の柱が。
六八幡とや
六八幡とや。
七本の柱がが七尾の天神、八本の柱が正八幡、九本の柱が
七本の柱が七尾の天神、八本の柱が正八幡、九本の柱が。
熊野三社の大権現とヨ、十本の柱が十羅刹、十一本の柱をばヨ十一面観世音、十二本の柱ヲンハヤ薬師の十二神とよ、千本あまりの柱ヲンハヤおつとり立て欣ばれたり
熊野三社の大権現とよ、十本の柱が十羅刹、十一本の柱をばよ、十一面観世音、十二本の柱、おんはや、薬師の十二神とよ。千本あまりの柱、おんはや、おっ取り立てて欣ばれたり。
誠に目出度う候へける
誠にめでたく候えける。
みろく十年たつての後、諸神の建てたる御家は
弥勒十年たっての後、諸神の建てたお家は。
雨が降れども雨落せず
雨が降っても、雨を漏らさず。
風が吹けどもたから風
風が吹いても、それは宝風。
ちと吹てはヨウ春風よ、こちらへ吹ては御万歳万歳楽まで祝ふて、千秋繁昌と参り栄へたんまうは
ちと吹いてはよう、春風よ。こちらへ吹いては御万歳、万歳楽まで祝うて、千秋繁昌と参り栄えたてまつろうは。
誠にめでたう
誠にめでたく。
候へけるとは是からそろそろ万歳
「候えける」とは——これからそろそろ万歳。
ヲヤ万歳
おや、万歳。
ヱ万歳
え、万歳。
ヲヤ万歳ヱ万歳万歳万歳万歳万歳楽でお欣びだハヽヽヽヽヽヽ
おや万歳、え万歳、万歳万歳万歳、万歳楽でお欣びだ。ははははは。
さん度なさん度な三度するが舞にて
さんどな、さんどな——三度するのが舞であって。
あだな舞には候はず
あだな舞ではございません。
昔又後白川の法皇の御時に
昔、また、後白河の法皇の御時に。
コレワイ
これわい——と、才蔵が受ける。
熊野山へ御参第の折柄に
熊野山へご参詣の折から。
コレワイ
これわい。
諸太夫の装束で
諸太夫の装束で。
左折の烏帽子にて
左折れの烏帽子にて。
コレワイ
これわい。
その時京都までのぼりては、コレ大内の御門かや
その時、京都までのぼっては、これ、大内の御門かや。
コレワイ
これわい。
お江戸サアへ下りては、コレ将軍様の御門かや
お江戸さあへ下っては、これ、将軍様の御門かや。
コレワイ
これわい。
旦那さんの御門と三幅は一対にて
旦那さんの御門と、三幅一対にて。
コレワイ
これわい。
元日に潔よく開かアヤレきりゝやきりゝやきりゝや
元日に潔く開くように——やれ、きりりや、きりりや、きりりや。
ヲヤさらり
おや、さらり。
ヱさらりヲヤさらりさらりさらりさらり
え、さらり。おや、さらり、さらり、さらり、さらり。
さらりさつと才蔵開いたハヽヽヽヽヽヽ
さらりさっと、才蔵、開いた。ははははは。
開いた
開いた。
コレいたりはだけたり、是様の御身代は大きな者だでつかいものだに
これ、開いたりはだけたり。この家のご身代は大きなものだ、でっかいものだに。
コレワイ
これわい。
又も取ては目出たきものが参る
またも取り上げては、めでたいものが参る。
何が何が参る
何が、何が参る。
お欣びの大判や小判が
お欣びの大判や小判が。
コレワイ
これわい。
佐渡で湧た金かや
佐渡で湧いた金かや。
お江戸で出来た金かや
お江戸で出来た金かや。
旦那さんへは、ヤレざつくざつくにやアざくら
旦那さんへは、やれ、ざっくざっく、にゃあ、ざくら。
ヲヤざくら
おや、ざくら。
ヱざくら
え、ざくら。
ヲヤざくら
おや、ざくら。
ヱざくらざつくらざつと湧て来たハヽヽヽヽヽヽ
え、ざくら、ざっくらざっと湧いて来た。ははははは。
太夫さんあらけねヱ
太夫さん、荒けないぞえ。
コレ銭や金の湧やうだに
これ、銭や金の湧きようだに。
コレハイ是様の御座敷につかみどりが始まる
これはい、この家のお座敷で、つかみ取りが始まる。
子供等も油断するな
子供らも油断するな。
もつこ持たらしよこないこめだに
畚を持ったら「しょこないこめ」だに。
コレワイ
これわい。
木鉢を持たらすくひ込め
木鉢を持ったら、すくい込め。
枡を持たら斗り込め
枡を持ったら、量り込め。
美しい姉さんにやア、才蔵なんぞは内証づくなら、五両や三両はさつくれべいに
美しい姉さんには、才蔵なんぞは内緒ずくなら、五両や三両はさっとくれてやるべいに。
コレワイ
これわい。
そこらの姉さまのほうほうの廻り、お鼻の廻りおてゞらんでんの出臍の近所の、ヘヽヽヽヽべつちやらこ
そこらの姉さまの頬々のまわり、お鼻のまわり、「おてでらんでん」の出臍の近所の——へへへへ、べっちゃらこ。
まつちやらこ
まっちゃらこ。
べつちやらこや
べっちゃらこや。
まつちやらこヨイホヽヤレヤレまんしやらこにまんざらこ、万更野暮ではどうした才蔵ありやせまい、
まっちゃらこ、ヨイホホ。やれやれ、まんしゃらこに、まんざらこ——満更野暮では、どうして才蔵、あるまいよ。
代々栄へて
代々栄えて。
御万の長者よ、尚万歳楽までもやら
御万の長者よ。なお万歳楽までも、やら。
ヱお目出度う
え、おめでとう。
サアサア是からは総踊総踊
さあさあ、これからは総踊り、総踊り。
初御空、霞彩る春の山、鶸や駒鳥歌よみ鳥の、囀り囀り梅の梢の、下清水姿うつして、我影法師と舞ひ狂ふ、声もしほらし百千鳥
初御空、霞の彩る春の山。鶸や駒鳥、歌よみ鳥の鶯が、囀り囀り、梅の梢の下の清水に姿をうつして、わが影法師と舞い狂う。声もしおらしい百千鳥。
ともに嬉しき乗合に、声春雨と鳴響く、初雷神に人々は、我家をさしてぞ急ぎ行く
ともに嬉しい乗合に、声も春雨と鳴り響く初雷に、人々はわが家をさして急ぎ行くのであった。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
本名題は『乗合船恵方万歳』で、原典もこの題名で載る。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。当ライブラリの常磐津は、この曲で詞章集の立項二十七曲が全曲そろった。
万歳は、太夫と才蔵が二人一組で家々を祝って回る正月の門付け芸。三河万歳の芸人は正月に江戸へ下って祝って歩いた。この曲の後半は、鶴亀の寿ぎ、柱建ての祝詞、「コレワイ」と受ける才蔵との掛合、金尽くしと、その万歳の芸をまるごと舞台に写している。
冒頭の「都鳥」は隅田川の縁語で、在原業平の「いざ言問はん都鳥」を響かせる。「いざこさなし」は「いざこざなし」への言い掛けと見られる。「筑波根の此面彼面」は古歌「筑波嶺のこのもかのもに」の口真似。庵崎は隅田川べり、向島の地名。
白酒売の一段は「富士の白雪は朝日で解ける」の俗謡に「娘島田は口説の半ばで寝て解ける」と付けた地口。「燗酒白酒」は白酒売の売り声、「山川」は白酒の銘で、山と川ほどのご贔屓に言い掛けている。
大工の一段は道具尽くしの惚気話。空言の「上のそら仕事」、嘘を「突き鑿」、「差し曲尺」、心変わりの「裏釘返し」、「身ぞ辛気」の「溝鉋」、誓いの「墨さし」「楔」、新しい「手斧」、よそへ回る「廻し挽き」、「節木の性悪」と、道具の名に恋の文句を言い掛けてある。
宗匠先生は「恐るべだね」「あるべだね」ときどった通人口調。「凝っては思案にあたわず」はことわざ。茶を売り歩く翁を「只者ではない、本名がおありだろう」とはやすのは、煎茶の売茶翁めかした見立てか。
柱建ての祝詞は、一の宮から十一面観世音・薬師の十二神まで、数の縁で神仏の名を数え上げる万歳の型。「みろく十年」は万歳の文句に見える弥勒の世の予祝で、「雨落せず」「たから風」も同じ型の文句。大内の御門・将軍様の御門・旦那さんの御門を「三幅一対」と持ち上げるのも祝いの口上である。
「後白川」(後白河)「御参第」(御参詣)は原典の当て字。「七本の柱がが」の重なった「が」も原典のままにした。
「コレワイ」は才蔵の受けの囃子。「やんりや」「ヲンハヤ」「さん度な」「きりゝや」「さらり」「ざくら」「ヨイホヽ」も掛合の囃子詞で、語義を求めるより調子の言葉と見るのがよい。
「べつちやらこ」「まつちやらこ」「まんしやらこ」「まんざらこ」は三河訛りの囃子詞で、終いに「満更野暮ではあるまい」の地口へ落とす。語義はいずれも定めがたい。
「なじよに」(どうして)、「あらけない」(荒っぽい)、「〜べい」「〜だに」「お江戸サア」などは東国・三河の在所ことばの写し。字句は原典のまま残した。
「なまめてこへ」の繰り返しは「声々」と読んだ。ほかに語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「極うれだの」「引ぬきギツク」「木へ往の菜飯」「とろとけし棹」「すぢをいふべや」「にせんだか」「しろくや天王」「六八幡」「七尾の天神」「長者のしんと」「ましんまする」「つけんさせて」「たんまうは」「しよこないこめ」「おてゞらんでんの」「御万の長者」。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。