藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

とうがねとうがね

作詞者・作曲者・初演年不詳

とうがね 筑波の横雲
筑波の横雲

逢うは別れと知りながら、今朝の後朝はいつよりつらい——結びの神に見捨てられたかと嘆く前半に対し、後半は「とうがねの茂右衛門女房はよい女房」と里の唄をそのまま取り込む。筑波の横雲の下がわが親里、と望郷を述べ、勤めを離れて心のままに暮らす日を思う。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の『歌撰集』による。

あらすじ

逢うは別れと、かねては知れど、今朝の後朝はいつよりつらい。たまに逢う夜は飛び立つばかり、どうかこうかと心のたけを、言おう言おうと思っていたのに——結びの神に見捨てられたか、わけもないことよ。今は命も、絶えなば絶えよ。生きていれば恨めしい、同じ世に。「とうがねの茂右衛門、女房はよい女房。あれ見さいな」——筑波の山の横雲、その横雲の下こそ、わたしの親里。里の勤めをいつか離れて、心のままに——末の落葉を、誰が知ろう。

詞章と現代語訳

あふはわかれとかねてはしれど、けさのきぬぎぬいつよりつらい、たまに逢夜あふよはとびたつばかり、どふかかふかとこころのたけを

逢うは別れと、かねては知れど、今朝の後朝はいつよりつらい。たまに逢う夜は飛び立つばかり、どうかこうかと心のたけを。

いはふいはふおもふてゐたに、むすぶのかみ見捨みすてられたか、わけもなや、いまはいのちもたへなばたへよ、すめばうらめしおなじ

言おう言おうと思っていたのに——結びの神に見捨てられたか。わけもないことよ。今は命も、絶えなば絶えよ。生きていれば恨めしい、同じ世に。

とうがねのな茂右衛門もえもん女房にようぼうはよいによぼう、あれさいナ、つくばのやまの横雲よこぐも、よこぐものナしたこそわしがおやざと、さとのつとめをいつかはなれて、こころのまゝに、すへの落葉おちばたれかしる

「とうがねのな、茂右衛門。女房はよい女房。あれ見さいな」——筑波の山の横雲、その横雲のな、下こそ、わたしの親里。里の勤めをいつか離れて、心のままに。末の落葉を、誰が知ろう。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。

原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

「とうがね」は上総の東金かと見られるが、確かめられていない。後半の「とうがねの茂右衛門女房はよい女房」以下は、里で歌われた唄をそのまま取り込んだものと見られる。

「きぬぎぬ」は後朝、共寝した男女が別れる朝。「結ぶの神」は縁結びの神。

「筑波の山の横雲」は常陸の筑波山にかかる雲。その下が親里だという望郷の言いまわしである。

「末の落葉を誰か知る」は、行く末のわが身を誰も知るまいという嘆きと読んだ。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「いつよりつらいたまに逢夜は」の切れ方、「わけもなや」。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。