藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

そでの露そでのつゆ

荻江節  作詞者・作曲者・初演年不詳

そでの露 秋野の鹿
秋野の鹿

秋の夜、妻恋う鹿の声に寝覚めて、飽きられたわが身を思う閨怨の小品。「秋」に「飽き」、「浅茅原」に「浅い心」を掛け、乾く間もない袖の涙を露に言い納める。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。

あらすじ

いつのまにか、わたしの寝覚めまでも誘い出して——妻を恋う鹿の声も、鳴き嗄れて。「秋に逢う」という浅茅原、飽きられた浅い心と思うのは嘘かどうか、枕に問うてごらんなさい。ほんに、答えも空吹く風。風に乱れた玉櫛笥の髪のまま逢った夜もあったのに。残る移り香のなつかしさ、ゆかしさ。袖に乾く間もない、袖の露。

詞章と現代語訳

〔三下り〕

いつしかに我わが寝覚ねざめをもさそひきて

いつのまにか、わたしの寝覚めまでも誘い出して。

妻恋つまこふ鹿しかの声こゑうはがれて

妻を恋う鹿の声も、鳴き嗄れて。

秋あきに逢あふてふ浅茅原あさぢはら、浅あさい心こゝろと思おもふは嘘うそか、枕まくらに問とはしやんせ、ほんにいらへも空吹そらふく風かぜよ

「秋に逢う」という浅茅原——飽きられた浅い心、と思うのは嘘かどうか、枕に問うてごらんなさい。ほんに、答えも空吹く風。

風かぜに乱みだれし玉櫛笥たまくしげ、はしげかみして逢あふ夜よもありし、うつりなつかしゆかしや、袖そでに乾かはく間まもなしそでの露つゆ

風に乱れた玉櫛笥の髪、「はしげかみ」のまま逢った夜もあったのに。残る移り香のなつかしさ、ゆかしさ。袖に乾く間もない、袖の露。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、合方の指示は省いた。

原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

「秋に逢ふ」の秋は「飽き」との掛詞。「浅茅原」は丈の低い茅の原で、「浅い心」を言い起こす。

「玉櫛笥」は櫛箱。髪の縁語で、風に乱れた髪へ続ける。「袖の露」は袖に置く涙の言い換え。

「うはがれて」は鳴き嗄れての意と見たが、確かめられていない。「はしげかみして」は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。