かさねづまかさねづま
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

世に嘆きがあるのは喜びがあればこそ——という理から説き起こし、浅い契りの因果、朧月に涙の露、重ねた夜の夢と、憂き身の種を嘆く小品。中ほどに文弥節がかりの節がある。曲名の重ね褄は、褄を重ねる衣の姿に、重ねた契りを掛けたもの。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
世の中に嘆きはないが、喜びがあればこそ——今、嘆きとは。何の因果に思い初めた、浅紫の契りであろうか。こうは口にもなるまいものを。知らぬ、東の杜の隙——漏れてか、月の朧げに、涙の露が袂に結ぶ。褄と褄とを重ねた夜半の夢。憂き世に、憂き身の種を、誰が蒔き添えて育てるのか。仇に吹き添う、重ね褄。
詞章と現代語訳
世の中に、なげきはなきによろこびの、あればこそ、いま、なげきとは、なんのゐんぐわに、おもひそめ、あさむらさきの、ちぎりなら
世の中に嘆きはない、喜びがあればこそ——今、嘆きとは。何の因果に思い初めた、浅紫の契りであろうか。
かふはぐちにも、なるまいものしらぬ、あづまのもりのひま
こうは口にもなるまいものを。知らぬ、東の杜の隙——。
もれてや、月のおぼろ気に、なみだの、つゆの、たもとにむすぶ
漏れてか、月の朧げに、涙の露が、袂に結ぶ。
つまと、つまとの、かさねし夜半の、ゆめの、うきよに、うき身のたねを、たがまきそへて、そだつかや仇にふきそふ重ねづま
褄と褄とを重ねた夜半の夢の、憂き世に。憂き身の種を、誰が蒔き添えて育てるのか。仇に吹き添う、重ね褄。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残した。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「重ね褄」は着物の褄を重ねること。褄を重ねる姿に、契りを重ねる意を掛けた曲名である。
「浅紫」は薄い紫で、色の浅さから契りの浅さに掛ける。
「文弥」は文弥節がかりの節を指す原典の記号。哀切な語り口を借りるところである。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「かふはぐちにもなるまいもの」「しらぬあづまのもりのひま」の続き方、「仇にふきそふ」の意。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。