おもひ川おもひがは
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

春風に花の散る入相の鐘に、明日を知らぬ身を思い、忍ぶ逢瀬の心を紅梅の接ぎ木になぞらえて、解こうにも解けぬ思い川に納める小品。飛鳥川・小野の鏡・夕月と、古歌の景物を重ねてゆく。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
春風は、花を厭うて吹く入相の鐘——その音に、身にしみて知られる飛鳥川。忍ぶ逢瀬の心にも、言の葉草の数々は。小野の鏡に映る、妻や子の——いとしかわいと、夕月の木の間木の間に思いわびる。闇には文目もわかぬというけれど、梅が香だけは隠れもせぬ。その移り香も、さぞや。いかにしよう。手折るなら接ぎ木の紅梅の、その甲斐の内に謎をかけて——解こうにも解けぬ、思い川。
詞章と現代語訳
春風は
春風は。
花をいとふて入あいの
花を厭うて吹く、入相の鐘の。
身にぞしられてあすかがわ
その音に、身にしみて知られる——飛鳥川。
しのぶあふせのこゝろにも、ことのはぐさの
忍ぶ逢瀬の心にも、言の葉草の。
かずかずは
その数々は。
おろのかゞみにつまや子の
「おろの鏡」に映る、妻や子の。
いとし
いとし。
かわいと夕月の、木の間木の間におもひわび、やみにはあやもむめが香の
かわいと、夕月の木の間木の間に思いわびる。闇には文目もわかぬというが、梅が香ばかりは。
うつりもさぞな
その移り香も、さぞや。
いかにせん、たをらばつぎき紅梅の、かいこのうちのなぞかけて、とくにとかれぬ
いかにしよう。手折るなら接ぎ木の紅梅の、その「かいこ」の内に謎をかけて——解こうにも解けぬ。
おもひ川
思い川。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、合方の指示は省いた。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「飛鳥川」は「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」により、明日を知らぬ世のはかなさをいう歌枕。
「闇には文目も」は「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」(凡河内躬恒)を踏まえる。闇に紛れても梅の香は隠れないの意。
「思ひ川」は思いの積もる川の意で、恋の歌によく詠まれる。曲名にあたる。
「アミドガカリ」は網戸節がかりの節。「モツクル」「モツアタル」「一ノリヨ」なども原典の節の記号である。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「おろのかゞみ」(小野の鏡と読んだが確かめられていない)、「かいこのうちの」の意。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。